天使の顔も四度まででしてよ・短編
タイトル変更しました。
ジャンル変更しました。
イルク公爵家の長女アロンザは王太子ハインツの婚約者だった。
しかしハインツは男爵家の庶子ミアと恋に落ち、卒業パーティーでアロンザとの婚約を破棄した。
しかしミアは王太子妃の教育すら満足にこなせなかった。
国王と王妃はアロンザに頭を下げ、アロンザを正室として迎え王太子妃の仕事をしてもらい、ミアを側妃として迎え子供を生んでもらうことにした。
アロンザにとっても、イルク公爵にとってもこれほど屈辱的な話はない。
大勢の前で婚約を破棄され恥をかかされた揚げ句、王族の権力でそれをなかったことにされ、しかも仕事をするだけの人形として嫁いでこいと言うのだから。
王妃の実家であるエーダー公爵家は、アロンザが正妃になるようにあれこれと貴族に根回しした。
イルク公爵とアロンザは、王妃の実家のエーダー公爵家を滅ぼすことを誓った。
ついでにミアの実家のクッパー男爵家をつぶすことにした。
ハインツとミアが結婚したのは、アロンザとハインツの結婚式のたった半年後だった。
ハインツとミアは仕事を正妃であるアロンザに押し付けて、遊んでばかりいた。
二年後ハインツとミアとの間に男子が誕生し、デールと名付けられた。
ハインツは子供の王位継承権を確かなものにするため、アロンザの許可なくデールを正妃であるアロンザの養子にした。
アロンザとイルク公爵はこのとき完全に王家を見捨てた。ハインツを自分たちの傀儡人形にしようと決意した。
デールが生まれた五年後、国王と王妃が相次いで亡くなり、王太子であったハインツが国王になった。
ハインツは国王になっても仕事をせず、ミアと遊んでばかりいた。
ハインツとミアの息子であるデールは見た目はハインツそっくりで、中身はミアそっくりだった。
ハインツは学園の成績だけは良かったが、デールはミアに似て頭が空っぽだった。どんなに優秀な家庭教師をつけても、デールの成績は上がらなかった。
デールは厳しいことを言う家庭教師を首にしてしまうので、デールが十四歳になる頃には家庭教師を引き受ける者もいなくなった。
十五歳になりデールが学園に入学する歳になった。
デールは学園の入学試験に落ちたので、デールの実母のミアがお金の力で入学させた。
デールは学園の試験の度に教師を買収、事前にテスト問題を手に入れ、合格点を取っていた。
デールの下位貴族の男子への差別は酷かった。そのためデールに恨みを持つ下位貴族の令息は多い。
デールは見た目と身分以外は最低のドクズ王子へと成長した。
デールは十歳のときからシフ侯爵家の長女スフィアと婚約していたが、婚約してからずっとスフィアをないがしろにしてきた。
デールと同じ年に、市井出身でザイツ男爵家の養女ペピンが入学していた。ペピンは顔は可愛いが礼儀作法の全くなっていない女だった。
ペピンはデールに色じかけで近づき、体を使ってデールを籠絡した。
デールはあっという間にペピンに夢中になった。
デールと結婚したいペピンにとって、デールの婚約者であるスフィアは邪魔な存在だった。
ペピンはスフィアにいじめられたと言って、ことあるごとにデールに泣きついた。
デールはペピンの言葉を真に受け、ペピンに泣きつかれる度にスフィアを罵倒した。
時間がたつにつれ、デールとスフィアの仲は険悪になっていった。
そして事件はデールが学園に入学して一年後、学園の進級パーティーで起きた。
壇上にペピンを連れて上がったデールはスフィアのことを断罪し、スフィアとの婚約を破棄し、男爵令嬢のペピンと婚約すると宣言した。
十八年前の悪夢の再来かと……ハインツが王太子だったときに起こしたアロンザとの婚約破棄を知る教師は青ざめた。
進級パーティーの翌日、デールは王妃であり、養母でもあるアロンザに呼び出された。
ハインツは六年前に原因不明の病を患い、以来寝たきりの生活を送っている。
ハインツが倒れてから執務は全て王妃であるアロンザが行っていた。いや、ハインツが倒れる前から執務は全てアロンザが行っていたのだが、功績はハインツに横取りされていたのだ。
前国王と前王妃が亡くなり、国王であるハインツが病を患っているので、王室の全権は王妃アロンザが握っていた。
愚かなことにデールもミアもそのことに気づいていなかった。
「こたびの責めはデールにあります。今すぐにシフ侯爵家におもむきスフィアに謝罪しなさい」
王妃はデールに命じたが、デールはそれに従わなかった。
「王太子である俺が、なぜ侯爵令嬢のスフィアごときに頭を下げなければならないんだ!」
第一王子にすぎないデールの、王妃への礼儀をかいた態度に、その場にいた者は眉をひそめた。しかしデールはそのことに気づいていない。
そこにデールの生みの親であり、側妃でもあるミアが乗り込んで来た。
「わたしの息子に何をしているの!」
ミアは断りもなく王妃の執務室に入ってきて、身分が上であるアロンザを怒鳴りつけた。
ミアの発言を聞いていた者は「親子揃って礼儀がなっていない」と眉間にシワを寄せた。
「私はデールの母親として息子の間違いを正しておりました。ミア様はお下がりください」
アロンザが冷静な口調でそういうと、デールとミアは顔をしかめた。
「お前なんか母親じゃない! 俺の母親は俺を生んでくれた母上だけだ!」
デールはそう言ってミアに寄り添い、アロンザが母親であることを否定した。
デールは生みの親であるミアと一緒になって、アロンザをなじった。
「アロンザ様、王妃の地位にいるからって調子に乗らないで! デールを生んだのはこのわたしです! あなたなんかハインツ様の寵愛も受けられなかったくせに! 前国王と亡き王太后があなたを仕事だけする道具としてハインツ様の正妻にしたのを知っているんだから!」
「生まれたばかりの俺を母上から引き離し、無理やり自分の養子にした悪魔め! 父上の寵愛が受けられないから、俺を意のままに操って政権を国を掌握するつもりだったんだろうがそうはいかないぞ! 俺が即位したらお前から王族の地位を剥奪し、即刻城から追い出してやる!!」
アロンザは黙って二人の言葉を聞いていた。
アロンザはハインツと結婚してから十八年、ずっと政務をこなしてきた。
イルク公爵家に敵対する貴族も廃してきた。
アロンザはとっくの昔に政権を掌握している。
むしろポンコツなデールを即位させても、デールの尻拭いに追われるだけなので、デールを即位させることはアロンザにまったくメリットはない。
それでもこれまでアロンザがデールを見捨てなかったのは、強制的だったとはいえデールがアロンザの養子だからだ。
アロンザはデールが生まれてからずっと耐えていたが、デールの「俺はペピンとの真実の愛に生きる!」という言葉を聞き、ついにさじを投げた。
アロンザは、デールには何を言っても無駄だと悟ったのだ。
「あなた方の親子の絆に感銘を受けました。私とデールとの養子縁組は速やかに解消します」
「当然だ! ようやく俺を解放する気になったか! 強欲な魔女め!」
「これで名実ともにデールはわたしの子ね!」
王妃に見捨てられたことを理解していない二人は、手を取り合ってはしゃいでいた。
「デール、そんなに真実の愛が大切ならザイツ男爵家の令嬢ペピンと結婚しなさい。ただし後悔しても知りませんよ」
アロンザは冷たく言い放った。
「俺は絶対に後悔しない! 父上のように真実の愛に生きる! いや父上以上に愛する人を大切にする! 俺は愛する人を側妃になんてしない! 正室として迎える! 仕事は適当な女を側室として娶りそいつにやらさせる!」
デールはアロンザを睨みつけそう言い切った。
「ペピンに母上のように日陰者の苦労はさせません!」
「よく言ったわデール!」
デールとミアは手を取り合って笑い合った。
ミアはハインツと結婚して以来、苦労など一度もしたことがないのだが……デールはそのことを知らない。
育児は乳母に丸投げ、教育はアロンザに押し付け、ハインツと二人きりの時間を大切にし、気が向いたときだけデールと遊び、機嫌を取るためにお菓子やおもちゃを与えていたに過ぎない。
このときのデールは、ペピンを正室にし、上位貴族の娘を側妃として迎え、側妃に仕事だけをさせればいいと考えていた。
デールとミアは忘れていた、現国王のハインツは前国王と王太后の間に生まれた嫡子であることを。
デールとミアは知らなかった、十八年前、前国王と王太后がイルク公爵家に何度も頭を下げ、王太后の実家のエーダー公爵家の力を使って貴族に根回しをして、強引にアロンザをハインツの正室として迎え入れたことを。
デールの父親である現国王ハインツは寝たきり。生みの親である側妃は男爵家の出身でなんの力もない。
実質この国の権力を握っているのは王妃であるアロンザで、デールはアロンザの養子になったから権力を振るっていられたことを。
そのアロンザの好意を無下にし、たった今縁を切ってしまったことを。それが何を意味するのか、デールもミアも分かっていなかった。
デールは男爵令嬢のペピンと結婚し、折を見て床にふしている父親に変わって即位し、目障りな王妃を城から追い出し、高位貴族から側妃を迎えて仕事だけさせ、若い頃の両親のように金を湯水のように遣い、王宮で遊んで暮らせると信じて疑わなかった。
あくる日、デールは王妃の執務室に再度呼び出された。デールは王妃との養子縁組を解消する書類と、シフ侯爵令嬢との婚約を破棄する書類と、男爵令嬢のペピンと婚姻する書類にサインをした。
デールは書類を読まずに全ての書類にサインした。
もっともデールの元に出された書類はわざと難しい言い回しがされていたので、デールが書類を読んだとしても、内容を理解することは出来なかったのだが。
書類にサインし終わるとデールは執務室を出され、王妃の側近に城の門までつれていかれた。
門の前には立派な馬車が止まっていて、王妃の側近はデールに馬車に乗るように促した。
デールが御者に行き先を尋ねると、御者は「ザイツ男爵家に向かいます」とだけ答えた。
デールはペピンを王太子妃として迎えるためにザイツ男爵家に行くのだと思い込み、なんの疑いもなく馬車に乗り込んだ。
「直に貴方様の生みの母親であるミア様も、ザイツ男爵家へ向かいますよ」
馬車の扉を閉めるとき御者がそう言った。
デールは「それはどういう意味だ?」と御者に尋ねたが、デールの言葉が聞こえなかったのか御者は返事をしなかった。
デールはペピンと結婚出来たことに浮かれていたので、すぐにそのことを忘れてしまった。
デールを乗せた馬車がザイツ男爵家に着くと、ペピンが笑顔で迎えてくれた。
王家から先触れが届き、デールが来ることを知っていたのだ。
デールはペピンを抱きしめ、唇にキスをした。
「ペピン待たせてごめん。ようやく一緒になれるよ。さあともに城に行こう」
デールはペピンの手を取り、乗ってきた馬車に乗り込もうとしたが、馬車はデールがペピンといちゃついている間に、デールを置いて帰ってしまった。
デールは「王太子である俺を置き去りにするとは、なんて無礼な御者だ! 城に帰ったら首にしてやる!」と喚いたが、すでに遠くに行ってしまった馬車には届かなかった。
その三十分後、ミアを乗せた馬車がザイツ男爵家にやってきた。ミアを乗せてきた馬車も、ミアを下ろすとすぐに帰ってしまった。
「ここがザイツ男爵家なの? 小さな家ね、私の実家より小さいわ」
ミアはザイツ男爵の屋敷を見てぼやいた。
ミアの実家のクッパー男爵家は、もう何年も前に無謀な取引に手を出し、破産し、男爵位を国に返上している。ミアはそのことをすっかり忘れていた。
ミアは父親や兄が金の無心に来なくなってスッキリした、ぐらいにしか思っていなかった。
クッパー男爵家が没落した裏に、アロンザの実家のイルク公爵家の存在があることを、ミアが知るはずもない。
ペピンはミアの言い分に実家を馬鹿にされた気がして腹が立ったが、ミアは側妃の身分であり、義理の母親になる人なのでペピンは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
ペピンはデールの腕に自身の腕を絡め、「どうして馬車が帰ってしまったのかしら? アタシ早く王宮で暮らしたかったのに」と言ってすねた。
「しばらく王太子の仕事を忘れ、ペピンとの新婚気分を味わうための王室の配慮だろう」
デールはそう言ってペピンを宥めた。
言っておくが、デールは城にいたとき仕事など一切していない。
「お城に行ったら王太子妃教育とかあるのかしら? やだ〜〜面倒くさ〜〜い」
ペピンが唇を尖らせる。
「そんなことペピンにはさせないよ。高位貴族の娘を側室に迎え仕事だけさせる。俺とペピンは遊んでいればいいんだ。父上と母上がそうしていたようにね」
「素敵〜〜! デール様、私欲しいアクセサリーとドレスがあるの〜〜!」
「いいよ、城に戻ったら何でも買ってやる」
二人はそんな会話をしながら屋敷に入って行った。ミアも二人のあとに続いた。
デールとミアはザイツ男爵家での暮らしを満喫していた。
二人はザイツ男爵に城にいたときと同じ待遇を要求し、上級使用人による給仕と、高級な料理やワインを所望した。
ザイツ男爵は「どうせお代は王室が払ってくれる」と思い、上級使用人を雇い、高級な食材を取り寄せ、デールとミアに提供した。
デールとミアが男爵家に滞在して一週間。その間にデールとミアをもてなすために男爵が支払った金は、男爵家の一年の収入を軽く超えていた。
デールとミアが男爵家に訪れて八日目の昼。
デールとミアとペピンが優雅に食事をしていると、ザイツ男爵が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
ザイツ男爵はデールの前に跪き尋ねた「城で立太子の儀式が行われておりますが、どういうことですか!」と。
デールは「そんなはずはない! 王太子は俺だ! 王太子がいるのに立太子の儀式を行えるはずがない!」と言い慌てて席を立った。
デールは男爵家の馬車を借り、ミアとペピンとザイツ男爵を連れて城に帰った。
「王太子は俺だ! 門を開けろ!」
デールは城に着くなり門番に食ってかかったが、門番は「許しの無い者はお通しできません」と言って首を横に振るだけだった。
「私は国王陛下の側妃よ! 門を開けなさい!」
ミアが怒鳴ると、門番は「王妃様の許可なく、平民を通せません」と冷静な口調で言った。
「ちょっとあんた誰に向かって口を聞いているの! わたしはこの国の側妃で王太子の母親よ! そのわたしを平民呼ばわりする気! 絶対に許さない! わたしに盾突いたことを後悔させてやる! 国王陛下に言ってあんたなんか首にしてやるんだなら! いいえそんなんじゃ生ぬるいわ! 牢屋に入れてやる! 覚悟しなさい!」
ミアが門番に向かって怒鳴っていると、城門を見下ろせる位置にあるバルコニーから王妃アロンザが顔を出した。
アロンザの隣には王弟の子であるレオナルドと、デールの元婚約者である侯爵令嬢のスフィアがいた。
アロンザは残念な物を見る目で階下を見下ろし、「哀れね」と呟いた。
「誰が哀れだ! この女ぎつね! 俺はこの国の王太子だぞ! 門を開けろ!」
「わたしは王太子の母親よ! いずれは王太后になる人間なのよ! さっさと門を開け中に入れなさい!」
キャンキャンと騒ぐデールとミアを見下ろし、アロンザは深く息を吐いた。
「伯母上、あの二人本気で言っているのでしょうか?」
レオナルドがゴミを見る目でデールとミアを見た。
「馬鹿につける薬はないというから、本気なのでしょう」
スフィアが階下を見下ろし、扇で口元を隠しくすりと笑う。
「なんだと! レオナルド貴様国王の甥の分際で王太子である俺に失礼たぞ! スフィア、俺に婚約破棄されたことを根に持っているのか! 己の分をわきまえない愚かな女め!」
「レオナルドもスフィアも今の言葉取り消しなさい! わたしは現国王ハインツ様の寵愛を一心に受ける側妃なのよ! あんたたち二人とも不敬罪で死刑にしてやる!」
デールとミアがつばを飛ばしながら喚いた。
アロンザははぁーと息を吐き、階下にいるデールとミアを一瞥した。
「デール、ミア、己の立場をわきまえてないのはあなた方よ。私はこの国の王妃でレオナルドは王太子、スフィアは王太子の婚約者。あなた方の身分は何かしら? デールは男爵令嬢の婿、ミアさんは平民。不敬罪に問われるのはどちらかしらね? 男爵令嬢の婿と平民を諌めた私たち? それとも王族と王族の婚約者に暴言を吐いたあなた方?」
門前にいた四人は、アロンザが何を言っているのか分からなかった。
「レオナルドが王太子だと!? それはどういう意味だ! この国の王太子は現国王の息子である俺だ!」
デールがバルコニーにいるアロンザに向かって吠える。
「デール、あなたは本当にお馬鹿さんね。あなたは王太子じゃないの。あなたがこの国の王太子だったことは一秒もないのよ」
「何っ……!」
「デール、あなたは立太子の儀式を受けた記憶がある?」
アロンザに言われてデールは過去を振り返った。立太子の儀式を受けた記憶はなかった。
「た、確かに……立太子の儀式を受けた記憶はない。だけど母上は俺が幼い頃から『デールがこの国の王太子よ』って言ってた! だから俺の記憶に残ってないだけで、俺がうんと幼いときに立太子の儀式を受けたんだろ!」
デールはアロンザをキッと睨んだ。
「やはりあなたは愚かねデール。王太子の素質があるかどうかも分からないのに、物心すらついていない幼子を、国王の息子というだけで王太子にするわけないじゃない」
「じゃあ俺は……!」
「そうよ、あなたは王太子じゃない。あなたは側妃の生んだ、王子に過ぎなかったのよ」
デールにとって、アロンザから告げられた事実はかなり衝撃であった。
「デール、あなたが王太子になるには現国王の正妃である私の養子に入り、なおかつ侯爵家の長女であるスフィアと結婚するしかなかったのよ。
せっかく養母である私が、お膳立てして差し上げたのに、あなたは自らの手で王太子になる道を閉ざした。王太子になることより真実の愛で結ばれた男爵令嬢との結婚を選んだ」
「そんな……嘘だっ!」
デールの体はぷるぷると震えていた。
「全部本当のことよ。デールが王太子の座をいらないというから、あなたとの養子縁組を解消し、現国王の甥であるレオナルドを私の養子にしたの。レオナルドは喜んで王太子になってくれたわ」
アロンザは扇で口元を隠しくすりと笑った。
「違う! 俺はレオナルドに王太子の地位を譲ってない!」
デールが声の限りに叫んだ!
「デール、側妃の子にすぎないあなたが、男爵令嬢と結婚し、真実の愛に生きるというのはそういうことなのよ」
アロンザはデールを見下しながら告げた。
「だって……父上は真実の愛に生きたじゃないか! 好きな人を側室にして、仕事は正室に任せて、母上と遊んでばかりいて、全然仕事しなくて、それでも国王になれて……楽して暮らしていたじゃないか!」
デールは父親である現国王と己の人生を比べながら、「不公平だ」とぼやいた。
「ハインツ様は悪い前例を作ったわね。でもねデール、あなたは国王であるハインツ様とは違うの。
ハインツ様をお生みになった王太后陛下は公爵家の出身。つまり国王陛下には強力な後ろ盾があったの。だから国王陛下は一度公衆の面前で婚約破棄した相手を正室に迎え仕事だけさせて、身分の低い女を側室として迎え、公務を放り出して側室と遊んで暮らす…………という無茶が通ったのよ。
その代わり王太后陛下のご実家のエーダー公爵家は、無茶を通した代償を払ったわ。エーダー公爵家は貴族社会から爪弾きにされて、商売がうまくいかず、今や没落寸前よ」
王太后の実家のエーダー公爵家は、この十八年で急速に力を失った。事業に失敗し、借金を重ね、今や名ばかりの貴族となり、貴族社会から孤立している。
エーダー公爵家が孤立するように仕向けたのは、王妃の実家であるイルク公爵家なのだが。
「デールあなたの生みの親は誰? ミアさんのご実家のクッパー男爵家はあなたが幼い頃に没落しているのよ。あなたにはなんの後ろ盾もないの」
『もっとも、ミアさんは側妃ですらなくなったから今は平民なのですが』
「だったら王妃、あんたが俺の後ろ盾になってくれたらよかったんだ! あんたは俺の養母だろう!」
「そうよ! そうよ! アロンザ様は義理の息子のデールのことが可愛くないの!」
デールとミアがアロンザに向かって吠えた。
「無礼者! 王妃陛下に向かって何たる口の利き方! その者共を捕らえよ!」
レオナルドがデールとミアの態度に激怒し、衛兵にデールとミアを捕らえるように命じた。
あっと言う間にデールとミアは衛兵に捕らえられ、縄で縛り上げられた。
「デールが生まれたときに現国王陛下が勝手にあなたを私の養子にしたの。以来私はずっとデールの後ろ盾になることを強要されてきたわ。
高い給料を払い優秀な家庭教師を雇い、デールをまともな人間に育てようとしました。
国内でも有数の名家であるシフ侯爵家のご令嬢を婚約者にしてあげた。仕事もしないで側妃と遊んでばかりいるハインツ様や、男爵家出身のミアさんがいくら頭を下げても、シフ侯爵家との縁組なんてできなかったのよ。デールがスフィアと婚約できたのは王妃である私のおかげだったの。
それなのにデールはまったく感謝せず、厳しいことを言う家庭教師は勝手に解雇。男爵令嬢のペピンと浮気をし、大勢の前でスフィアに罵詈雑言を吐きスフィアとの婚約を破棄。
私がお膳立てしてあげたこと全て壊して、私に罵詈雑言を吐いて『お前なんか母親じゃない! 俺の母親は俺を生んでくれた母上だけだ!』と言ったのはどこのどなたかしら?」
「くっ、それはそうだけど……」
デールは苦渋の表現を浮かべた。
「昔から天使の顔も四度までって言うでしょう? どんなに温厚で忍耐強い人間でも、四度目には腹を立てるのですよ。
当時王太子だったハインツ様から、卒業パーティーで公衆の面前で婚約破棄され、恥をかかされ。
前国王陛下と王太后陛下から正室になり仕事だけするように言われ、プライドを傷つけられたわ。
現国王陛下とミアさんの息子であるデールを、私の養子にさせられ、デールの後ろ盾になることを強要される。
私はこれまでに三度、王室に煮え湯を飲まされてきましたわ」
アロンザは美しい指を折り、数を数えた。
「そして四度目がデールとスフィアの婚約破棄」
アロンザは四本目の指を折った。
「これ以上はデールの面倒を見られないわ、甘えるのも大概にしなさい」
デールはこのときになって始めて、自分が誰を怒らせ、何を失ったのかに気づいた。
「真実の愛に生きる、素敵じゃない、私はデールの恋を応援しますよ」
アロンザはニッコリと笑った。
「先週デールを私の執務室に呼び出したとき、男爵令嬢との婚姻に関する書類の他に、王位継承権を放棄し、王族の籍を抜ける書類も一緒に渡しましたよね? デールが真実の愛に生きる=王族を辞めるということですからね。もちろんきちんと書類を確認してからサインしたのでしょう?」
「……ペピンと結婚できることに浮かれて、書類を読んでいなかった」
デールが消え入りそうな声で言った。
「あらあらデールはお間抜けさんね、まさか書類を読まずにサインするなんて」
アロンザがオーバーに驚いたふりをした。王位継承権を放棄する書類と王族の籍を抜ける書類は難しい文言を多用していたので、デールごときが読んでも理解できないことをアロンザは知っていたのだ。
「ちょっとデール! あんた何やってるのよ! 書類も読まずにサインするなんて! 王位継承権を放棄して、王族の籍を抜けてこれからどうやって生きていくのよ!」
ミアがデールをののしる。
「ミアさんも人のことを言えませんよ。先週お城を出る前に、側妃の地位を辞する書類に、ご自分の意思でサインなさったでしょう?」
アロンザの言葉を聞き、ミアの顔色は真っ青になった。
「あ、あれは宝石をくれるって書類じゃあ……?」
「ミアさんは国王陛下と婚姻されてからずっと、側妃に割り当てられた予算以上のお金を遣い、国費を無駄遣いしていましたからね。大きな宝石を一つ上げるから、国王陛下との縁を切ってお城から出ていってという内容の書類を渡したのですよ。まさかミアさんも書類を読まずにサインなさったのですか? もしかして字が読めませんでした?」
「馬鹿にしないで! 字ぐらい読めるわよ! ……何が書いてあるのか理解できなかったけど」
アロンザはミアがサインするように、書類を作るとき宝石を付与する文面は分かりやすく、側妃の地位を辞し、城から出ていく下りは難解な言い回しを多用していた。
「ですから一週間前から、デールは王子ではなくザイツ男爵令嬢の婿。ミアさんは平民なのですよ」
「ちょっと待って! 私はクッパー男爵家の令嬢じゃないの?」
「ミアさんは、国王陛下と結婚するときに実家の男爵家から除籍されています。ミアさんのご実家のクッパー男爵家は何年も前に没落し、爵位を返上しております。ですからミアさんの今の身分は平民です」
「そんな……」
「デールが貴族社会に残るにはザイツ男爵家を継ぐしかないのだけど、男爵にすらなれるかしらね?」
「それはどういう意味だ?」
「デールがザイツ男爵家を継ぐには学園を卒業しなくてはいけないの。今までは教師から事前にテスト問題を聞き出すなどの不正をしていたようだけど、これからはどうなるかしらね? 不正を働いていた教師は首にしたから実力で試験を受けるしかないわ。
王家の雇った優秀な家庭教師もいないし、そもそも男爵家に二人分の学費を支払うお金はあるのかしら? 学園の成績が振るわない二人は王家の奨学金を受けられなくてよ。そうなると学費が払えなくて自主退学するしかないわね」
「自主退学……」
「えっ? デール学園に通えないの? アタシも退学なの? ねぇパパなんとかして!」
黙って聞いていたザイツ男爵は、自身の腕にすがりつくペピンの言葉を無視した。
「王妃陛下、発言をお許しください」
「発言を許可します。ザイツ男爵?」
「一週間、王子殿下……デール様とミア様が当屋敷に滞在し、飲み食いした食費や使用人を雇い入れた費用は……?」
「デールもミアさんも既に王族とは無関係の人間、そちらでなんとかしてください」
「そんな……」
アロンザの言葉に、ザイツ男爵はその場で膝をついた。
「ザイツ男爵! 愛人に産ませた子供を養女に迎え、学園に入れたのが運の尽きだな! 学園に入れるなら貴族社会の常識を叩き込むべきだった! 制御もできない娘なら養子にするべきではなかった! 高位貴族と王族を敵に回して今までのような生活を送れると思うな!」
レオナルドにすごまれザイツ男爵は真っ青な顔になった。
ザイツ男爵の養女であるペピンは、現王太子の婚約者であるスフィアに散々無礼を働いたのだ。今後貴族として生きて行くのは難しいだろう。
「アタシはただミア様みたいに生きたかっただけよ! 王太子と結婚して、美味しい物をいっぱい食べて、綺麗なドレスやアクセサリーをたくさん買ってもらって、パーティーとかお茶会とか華やかな仕事だけして、地味な書類仕事は全部正室に押し付けて、遊んで暮らしたかったの! 男の子を生んで子育ては乳母に押し付けて、その子が成長して国王になったら王太后になるの! いいとこ取りするの!
ミア様は王太子だったハインツ様を籠絡して、公爵令嬢だったアロンザ様をいじめても許されたのに、なんで私だけ罰を受けるのよ!」
ペピンがスフィアを睨みわめき立てた。
「ミアさんも罰を受けましたわ、罰を受けるのに十八年かかりましたけどね。罰を受けるのが、遅いか早いかの違いですよ」
「伯母上、あの無礼者たちの処罰をいかがいたしましょう?」
「そうね、デールとミアさんには市井で生活させて恥をかかせたかった……二人が苦労するところを見たかったのだけど、絶対に周りに迷惑をかけるわよね。周りに迷惑をかけるのは良くないわね。デールとミアさんはしばらく牢屋に入れて頭を冷やさせたあと、子供を作れない体にして強制労働所に送ります」
「ザイツ男爵令嬢は?」
「そうね、彼女は特に罪を犯していないし……」
「王族でなくなったデール様なんかいらない! なんの役にも立たないじゃない! デール様のことはスフィア様にお返しします! その代わりレオナルド様をアタシにください! レオナルド様アタシと結婚して! この際側妃でも我慢するわ!」
ペピンの言葉を聞いてザイツ男爵は青い顔をした。レオナルドとスフィアは顔をしかめた。
「ザイツ男爵令嬢はたった今、不敬罪に相当する罪を犯しましたね」
アロンザが苦笑する。
「王妃陛下、ザイツ男爵令嬢には学園に通っている間とても嫌な思いをさせられました。シフ侯爵家からザイツ男爵家へ正式に慰謝料を請求します。慰謝料を払い終わるまで強制労働所で働かせるというのはいかがでしょうか?」
「あらいいアイデアね、スフィア。あなたとは気が合いそうだわ」
「恐れ入ります、王妃陛下」
「僕はお二人を怖いと思いました」
王妃とスフィアが意気投合している横で、レオナルドがため息を吐いた。
「という訳だ、聞いていたな衛兵! デールとミアとザイツ男爵令嬢を牢に連れていけ!」
「「「はっ!」」」
衛兵がペピンのことを縛り上げ、すでに縛られていたデールとミアとともに連行した。
残されたザイツ男爵は、ペピンとの養子縁組を解消するために役所に馬車を走らせた。
ザイツ男爵はデールとミアが男爵家で飲み食いした代金を、ペピンがデールからもらった宝石などを売って支払った。
ザイツ男爵は首の皮一枚で繋がったが、王族と高位貴族を敵に回してただで済むわけがない。
ザイツ男爵が運営していた商会は、全ての取引先から縁を切られ、商売が立ち行かなくなった。
ザイツ男爵は爵位を返上し、平民となり、どこかに姿をくらました。
強制労働所に送られたデールとミアとペピンは……。
「母上のせいだ! 母上が王妃を怒らせたから、俺は王妃に嫌われて城を追い出されたんだ! もう少しで王太子になれたのに!」
「あなたが勝手にアロンザを怒らせたんじゃない! こっちこそ計画が台無しよ! デールが国王になればわたしは王太后になれたのよ!」
「こんなことならレオナルド様に媚を売っておけばよかったーー! デール様が王太子じゃなかったなんて最低ーー!」
「なんだと! だいたいお前さえ現れなければ俺は侯爵令嬢と結婚して、王太子になれて、幸せに暮らせたんだ!」
「なによ! 色じかけに簡単に引っかかったのはデール様でしょう!」
「なにを! このあばずれが!」
三人は強制労働所の中で、来る日も来る日も来る日も……己の不幸を他人のせいにし、目の前の相手をののしって過ごしている。
「食事の時間だ」
看守がパンをおいていく。
「俺のパンだ!」
「わたしのよ!」
「アタシのだってば!」
食事の時間になると一つのパンを奪い合って、貧しく暮らしている。
一方、王宮では。
レオナルドが立太子した一年後、長いこと床にふしていた国王ハインツが崩御。レオナルドが即位した。
「ようやくですわ、十九年かけて間違いを正せましたわ」
王太子時代のハインツに婚約破棄され十九年、ようやく王妃の胸の痞が取れた。
前国王ハインツは希代の愚王として歴史に名を刻まれ、廟号が与えられることも、王族の霊廟に祀られることもなかった。
王太后となったアロンザはレオナルドとスフィアを支え、偉大な国母として歴史に名を残した。
――終わり――
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