2 宝石姫は優雅に立ち去る
というわけで第二話です。
アルビジョワ王国がエウローペ半島の全てを支配し、王家の権力が絶大だった頃であれば、王太子のふるまいは許されたでしょう。
しかし、今の王家は宝石姫の実家が支えなければ立ちゆかないありさま。
常識的に考えれば、こんな暴挙が許される筈はなかったのです。
東と西と南の地は独立し、北の平原では馬を自由自在に操る民が我が物顔でふるまっております。
今から3年前、北方に住む馬の民がアルビジョワの守護者と呼ばれたランドック伯爵を敗死させ、王国へ乱入。
王都は三日三晩に渡り略奪され荒廃してしまいました。
ランドック伯爵の年若い息子が軍を立て直し北の民を追い払ったものの、王家の権威は失墜。
今の王国は 宝石姫の実家であるトールーズ公爵の力なしにはなりたたないのです。
即位40年の式典でさえ、王家がトールーズ公爵に懇願し金を出してもらって、ようやく開催できたものでした。
豪華に見えた式典の内実は寒々しいモノ。
祝典が行われていた大舞踏場が純白に飾り立てられているのは、王宮のいたるところに刻みつけられた略奪の痕を隠すため。
調度品も楽団員も、王都にある貴族達の屋敷から借りてきたもの。
王宮の各所に配置された警備の兵達でさえ、華麗な鎧に身を包んではいるものの、ほとんどははした金で雇ったあやしげな無頼どもでした。
事情に通じた貴族達は、このことを皆知っておりました。
王国中の貴族が王都に集まったのは、王を祝うためではなく、トールーズ公爵の権力を恐れてだったのです。
王都に来なかったのは、ラングドック伯爵の当主、北の民を追い払った年若き英雄だけでした。
北の守りのために離れられなかったのです。
赤毛の皇太子と宝石姫の縁組も、トールーズ公爵家が王家に押しつけたもの。
全ては権力を万全とするためでした。
凡庸未満のみすぼらしい王子と、王国一の美姫。
どんなに整えてもボサボサの赤毛で、目鼻立ちもどこかぼんやりして、やぼったい王子。
豊かな金髪、透き通るように白い肌、赤いドレスが大輪の花のようにあでやかな宝石姫。
従者と主人にしか見えぬ組み合わせです。
ふたりが並ぶと、王家と公爵家の力関係そのものに見えました。
※ ※ ※
愚昧な赤毛の王太子に対して、宝石姫の対応は見事でした。
なにも聞かなかったフリで、王太子に手を差し出したのです。
何も聞かなかった。王太子は何も言わなかった。そういうことにしたのでしょう。
彼女の内心はわかりませんが、なんとゆきとどいた態度ではありませんか。
ところが、愚昧かつ察しが悪い王太子は、そのこころくばりを真っ正面から踏みにじったのです。
「ぼ、ボクは真実の愛を見つけたのだ! ボクはエミリーとっ、かっ彼女と結婚する!」
興奮している赤毛の愚か者に、エミリーとかいう女は心細そうにしがみついていました。
その様子は、彼しか頼るもののいない無力な乙女のようでした。
ですが、観察眼の鋭い貴族の数人は、乙女ぶった女のくちびるの端が、わずかに釣り上がるのを見逃しませんでした。
それは薄っぺらい勝ち誇った笑みでした。
おそらく聡明で名高い宝石姫も、それには気づいていたでしょう。
どうしようもない事態ですが、さらに赤毛の王太子は醜態を重ねます。
「そっ、それにお前は、かっ彼女に数々のいやがらせを、し、しただろう! わわわかってるんだぞっ」
よほど興奮しているのか、泣きそうにさえ見える情けない顔です。
もともと平均未満の容姿が、見ていられない醜男になってしまってます。
その場にいた貴族たちは呆れかえりました。
王太子の目も当てられない駄目さ加減に対してはもちろんですが、それだけではありません。
そもそも、宝石姫がエミリーごときに嫌がらせをするなどありえないからです。
筆頭大貴族である公爵家の子女が、ふけばとぶような子爵家の娘に嫌がらせする必要などありませんから。
周囲の貴族達は期待しました。
宝石姫の苛烈な反撃によって、王太子も、エミリーとかいう女も、彼女の実家も破滅することを。
この機会に宝石姫を手に入れよう、嫁に迎え入れようと算段していたものもいたでしょう。
ですが、真の淑女である宝石姫は、この事態においても淑女でした。
背を、ぴん、と伸ばして辺りを見回すと、美しい楽曲のような声で告げたのです。
「殿下のご意志、確かに承りました。臣として従うまででございます」
そして、豪奢なドレスの裾を両手でつまみ深々とお辞儀をすると、優雅に立ち去ったのでした。
それは、これ以上赤毛の阿呆に恥をかかせまいとする、おもんぱかりであったのでしょうか。
それとも王国一の貴族の子女として、抗弁すること自体が見苦しいと考えたのでしょうか。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。