セオリに―に背く
なんとかかき揚げ。
私は海老天派。
唖然としている彼女へ、苦笑いをする。
「どうして……」
「えっと、こっそり練習していたらできるようになったというか――」
「リューイ様、光魔法はそんな簡単に使えるものではありません。こっそり練習程度で行使できるのであれば、医療者不足に悩まされることなどないはずです。しかも神力反応を感じませんでした。そんな魔法は存在しません」
僕の言葉を遮り、スィが厳しい視線を向ける。
神力反応とは魔力に呼応して神の力が引き出される過程で感知される反応で、魔力を持った人であれば大なり小なり感じることができるものだ。
「詠唱もしませんでしたし――なによりリューイ様の雰囲気が違います」
「あっ……」
と、スィは素早くその場にしゃがみ込んだ。
ふわりとスカートが宙に舞う。
そして一瞬、艶めかしい白い太ももとそれを浮きただせる黒いブーツが見えたと思った刹那、 スィの両手に短剣が一本づつ現れる。しゃがみ込んだ一瞬で、スカートの中に隠し持っていた短剣を抜いたのだ。
短剣の切っ先を床に向けたまま、硬い声で僕にこう問いただす。
「貴方は何者ですか?」
険しい顔で強い視線を僕に向ける。
切っ先をこちらに向けないのは、まだ僕が彼女の知るリューイかもしれないと思っているからだろうか?
彼女は優秀なメイドだ。
そして優秀な戦士でもある。
一連の動作で切っ先を僕ののど元に当てたうえで、その問いを口にすることもできただろう。いや、彼女が僕を僕でないと結論付けたうえでの行動であったならば、今この時には僕は床に倒れていたはずだ。
長年仕えてくれてからこそ僕がいつもの僕と違うと気づき、また長年仕えていたせいで、僕を僕じゃないと断じきることができなかったのだろう。
だからこそ今の中途半端な対応になったのだと思う。
ここが分水嶺。
小説や漫画のセオリーだと転生者はその前世を隠す。
異端と思われないため。
力を知られたくないため。
いろいろ理由はあるだろうけど、多くの展開がそうだ。
大体無自覚無双で後からばれるんだけどね。
でも僕は――
「この状況でこの落ち着きよう。やはりリューイ様では――」
「いや、僕は正真正銘リューイ・ヴォルフガングだよ」
「しかし――」
「そして松井英人でもある」
僕は後者をとった。
スィはこの家で数少ない僕の味方だ。
下手に誤魔化し嘘をついて、あとから信用を失いたくない。
いや、それ以前に彼女は僕の姉のような存在だ。
だから嘘をつきたくない。
「マツイヒデト?」
訝しげに眉をしかめるスィ。
「うん。もう一人の僕、前世での僕の名前だ」
「前世……」
「魔法の当たり所のせいか、気を失ったせいか、なにが原因かわからないけど、思い出したんだ。前世の記憶を」
ありのままに僕は現状を話す。
まだ警戒したままのスィが僕の真意を確かめるようにじっと、こちらを覗き込んでくる。
僕も彼女の綺麗なターコイズブルーの瞳をじっと見た。
ライトノベルなどのセオリーを守って秘密にしていたら表情に、目に出ていたかもしれない。でも僕はありのままに真実を話している。まったく後ろ暗いことはない。
数秒その状態が続いた後、疑惑から困惑に変わったのか、彼女の瞳が揺れる。
「嘘は、ついてないようですが……そんなことが実際におきるものでしょうか?」
「僕も驚いているよ。でも実際にあるんだ二人分の記憶が。リューイ・ヴォルフガングと松井英人の記憶」
でも簡単に信じられないだろう。
前世のときに「自分は前世の記憶がある」とテレビなどで言っていた人を見て、疑いこそすれ信じることはなかった。
きっと奇異の目で、そう主張する人を見たに違いない。
でもこの世界には魔法がある。
そして神力を伴わなわいデスゲーム内で使っていた魔法を、僕は行使することができる。
それは前世を肯定する大きな材料だ。
「松井英人の記憶が戻ったから、こういうことができるんだ『ライト』」
デスゲーム時代の魔法――周囲を明るく照らす魔法の『ライト』を唱える。
すると僕の眼前に優しく光を放つ球体が生まれた。
スィの目が『ヒール』の時と同じように、驚きに見開かれた。
「それは光の精霊神ウィル・オ・ウィスプ……」
「いや、たぶん違うと思う。ただの明かりだよ」
「しかし……いえ、今回も神力反応が……ない」
「うん。この世界にありえないはずの魔法を使うことができる。これが過去の記憶の力だよ」
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