あの時のように
短いですが切りのいいところで
試してみないと絶対とは言えない。
けど、たぶんエクスリアはリューイとしても使える。
そんな確信がある。
エクスリアと【解析模写】を組み合わせれば、おそらく……
コンコン
僕がこの後しなければならないことを思案していると、部屋の戸が遠慮がちにノックされた。
誰かが部屋を訪れたようだ。
いや、「誰か」ではなくこの時点でだれが来たかはわかる。
「スィ」
「起きられていたのですね。入ってもよろしいですか?」
部屋の外からくぐもった声が返ってきた。
落ち着いた優しい声だ。
「うん。いいよ」
入室の許可を与えると、戸が開き一度頭を下げてから声の主が入ってくる。
メイド服を着た蒼い髪、蒼い瞳をした女性――スィだ。
母の実家から母付のメイドとしてこの家に来て、母が流行り病で逝ってしまった後は僕付のメイドとして世話をしてくれている。
優しく綺麗な年の離れたお姉さんで、数少ない僕の味方である。
ただ……
「スィ、頬に傷が」
彼女の白い頬に一筋の赤い線が引かれ、小さく血がにじんでいる。手の平状に赤くなっているので、誰か指輪をしている人に平手打ちをされたのだろう。指輪をしている――ぎゃくに言えば指輪ができる立場の女性といえばすぐに誰かわかるけれど。
「あ……失礼いたしました。お見苦しいものを……」
彼女は急いでハンカチを取り出すと、軽く傷を抑え、血をふき取る。
それを見て僕は視線を落とし、唇を噛む。
僕のせいだ。
先に言ったように僕は屋敷で虐待にも似た扱いを受けている。それは家族だけでなく、使用人たちにも。そしてスィが僕の味方をしているということは、彼女も僕に準じてそういう扱いを受けてしまうということだ。
スィは全く悪くない。
あろうはずがない。
むしろ彼女自身は優秀なメイドだ。
だが屋敷内では「優秀」という点が、逆にひどい扱いに拍車をかける。
それもこれも僕のせいだ。
「ごめんね、スィ。僕のせいで」
ぎゅっと布団の端を握る。
力を入れると腕が痛むけれど、それよりも彼女にこんな思いをさせていることのほうがつらかった。
「いいえ、これは私が不甲斐ないしです。リューイ様は関係ありません。それよりもお体は大丈夫ですか? どこか痛むようでしたら、まだ寝ていないと――」
まったく気にするそぶりも見せず、逆にいつものように僕の身を案じてくれるスィ。
顔をあげて彼女を見ると、ベッドの横にしゃがんでこちらの顔うを覗き込む。
「ほら、まだ痛むのでしょう? もう少しお休みください」
そう微笑んで、僕を寝かせようと促す。
彼女の綺麗な顔についた傷が目に入る。
そういえばデスゲームの時だったら、これくらいの傷はヒールで治せたな……
□ □ □ □ □ □
「松井君! ヒールちょうだい!」
ガチャガチャと装備品を鳴らしながらショートヘアの女の子が走ってくる。
同じ高校の女子高生、ウォーリアーのジョブをとっている織田さんだ。
彼女は僕のもとに走り寄って、自分の頬を指さす。
そこには赤い線がすっとひかれていた。
三本ってことは、動物系のモンスターにひっかけられたかな。
でも――
「織田さんオートヒールあるんじゃ?」
オートヒールとはウォーリアーやナイトのレベルを上げていくと、あるレベルで習得できるジョブ特有のパッシブスキルだ。それは一定時間経ごとにHPが自然回復するというもので、ナイトがオートヒールⅢまで、ウォーリアーはオートヒールⅠまで取得できる。
これぐらいの傷であればすぐに消えるとおもうのだけど。
「あるけど! 顔の傷だよ! 女の子の顔の傷だよ! すぐ治したいの!」
ぷんぷん! といった表現がぴったりの剣幕で僕に詰め寄る。
同じパーティーに白さんいるだろうに……
まぁ、しょうがない。
「はぁ、わかったよ」
僕は彼女の頬――傷に手を向け唱えた。
□ □ □ □ □ □
ゆっくり手を伸ばしスィの頬――傷へ手を向ける。
『ヒール』
この一言から、僕――リューイ・ヴォルフガングの人生は変わった。
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