欠陥ギフト
宵越しのストックはもたねぇぜ~!
がんばってうたなきゃ。
なんの疑問も、なんの戸惑いも、なんの衝撃もなく、転生という事実を受け入れた。
受け入れたというか「一昨日の晩御飯はなんだった?」と思い返そうとして、なかなか思い出せなかった献立を急に思い出した感じ。
それと同時に松井英人という人生の死も実感する。
それは少し悲しい。
悪くない人生だったんだけどなぁ……
ふぅっと息を吐いたとき、胸にズキリと大きな痛みが走る。
「いててっ……あいつら、好き勝手やりやがって」
そばかすの目立つ長兄とその取り巻きたちの嘲笑が記憶によみがえる。
リューイという記憶が戻ってきたと同時に、自分がベッドに寝ている理由も思い出したようだ。
記憶を整理する意味でも、少し自分の置かれている状況について考えてみよう。
ここはベルランド王国の一領地、西の端に位置するレベイント伯爵領にあるルグリーンという街だ。ルグリーンは初代ベルランド王の御代に、王都を挟んで東西にのびる主要街道――シルクロードのようなもの――の西端にある。ベルランド王国内でも十指に入るくらいの主要都市で、王国の西に位置する外国――ラクール共和国とザイン皇国との貿易拠点、さらにはその両国と南西に生息する蛮族に対する防衛の要ともなっている。
つまり経済面でも防衛面でも重要な土地ということだ。
だからこそここには王国も武勇で有名な貴族を配置していた。
数々の戦争で武勲をあげ、準男爵の爵位を賜ったローレン準男爵が率いる聖盾騎士団。
家系から何人も近衛騎士を出しているベル男爵家。
そして魔法の大家、攻撃魔法では右に出るものはいないと言われているヴォルフガング男爵家。
これらが昨今「ルグリーンの三つ又の鉾」といわれるようになったルグリーンの、王国西部防衛の最高戦力となるわけだ。
僕ことリューイ・ヴォルフガングはそのヴォルフガング男爵家の四男だ。
ヴォルフガング家は男女合わせて6人の子供がおり、それぞれが強力なギフトを持っている。ああ、ギフトっていうには生まれ持っている才能、スキルみたいなものだね。
長男は攻撃魔法の威力が大きくなる【攻撃倍化】。
次男は魔力の消費量を少なくできる【魔力節約】。
長女は全ての属性を使うことができる【全属性】。
三男は即興で魔法を合成できる【魔法合成】。
次女は詠唱を破棄できる【詠唱破棄】。
どれも魔法を使う家系にあって有用なギフトだ。
そして僕はというと、【解析模写】という珍しいギフトを授かった。
ギフトを授かる確率も人口の三割ほど、有用なギフトはその内一割、さらに僕の【解析模写】はこれまでに前例がないというもの。どれくらいレアなのかわかってもらえると思う。
このギフトの能力は相手の動きを解析して、その動きを完全模写できるというもので、
「相手の動きを解析」は実際の肉体の動きだけではなく魔力も解析できたりする。
つまり未知の魔法も解析し、理解できるということだ。
これは魔法を使うものにとっては大きな力となる。
だから父も当初はこのことを大いに喜んだ。
うん、当初は、だ。
初めてのギフトということで、【解析模写】の検証は国をあげて行われた。
結果判明したのは、この能力がポンコツだったということだった。
【解析模写】は確かに相手の動きを解析、完全に模写できる。だがその広さというか、間というか、時間というか、できる範囲が非常に狭い。
例えば剣の達人の振り下ろしの動きを解析したとする。
解析できるのは例えば剣の握り、例えば右足の踏み出し、例えば視線の動き、自分の視界内に入っていれば確かにすべてを把握できる。ただ問題なのはそのことを確認して模写できるのがどこか一か所だけだということ。解析したものを意識し模写するという一連の思考は脳が一つしかないために一か所の模写にとどまる。そうするとどうか? 足の踏み出しだけ模写できても剣は振れない、剣の握りだけ模写できても剣は振れない、視線の動きだけ模写できても剣は振れない。
それは魔法に関しても同じで、一部分の模写はできるものの、魔法の発動には至らない。
つまり役に立たないということ。
そのことが判明した途端、僕の扱いは粗雑なものとなった。
王国としてはとんだ肩透かしを食らった結果になったし、父はとんだ恥をさらした結果になったのだ。
特にヴォルフガング家は魔法で名をとどろかせている家系。
だからこそ僕のギフトが役に立たなかったのが、普通の家よりも大きな意味をもつ。
そこから僕の生き地獄が始まった。
兄弟の魔法特訓の相手を強制される。
他家の軍事訓練の相手を強制される。
家での下働きと同じ作業をさせられる。
もちろん、というか、同世代からのいじめもうける。
ギフトを授かって役立たずと判明した13歳から今日まで3年間、よく生きていたなと思うような扱いを受けてきた。
いや、たぶん、隠れて僕に良くしてくれた一部の人たちがいなければ死んでいただろう。
おそらく父も暗にそうなってくれたら、と思っているように感じる。
そして今こうして寝ている原因を作ったのも、魔法の訓練だと評して的扱いをした長男と取り巻きのせいだ。
あいつら、日に日に使う魔法がえげつなくなってくる。
最初は大きな傷が残らないような魔法だった。それが時がたつにつれ、死んでも構わないというくらい危ない魔法の実験台にされている。
今日もエアカッターやショックウェーブ、ファイアバレットなど、第一階位と第二階位の魔法だけれど、場合によっては四肢が欠損したり大やけどを受けたりしても不思議ではなかった。特にショックウェーブは危なかった。ショックウェーブは風魔法の第二階位で、空気の塊を高速で相手にぶつけるというもの。頭部に受ければ死んでもおかしくない。とっさに魔法の軌道を解析して頭部に当たるのを防がなかったら、こうして起き上がることもできなかったかもしれない。ただ胸部で受けてしまったので、折れてはいないにせよアバラにヒビが入っているようだ。息をすると痛い。
成人とみなされる18歳まであと二年、これまでのような扱いを受けていたら無事に生き残ることはできないだろう。
これまでのような扱いを受ければ……だ。
松井英人の記憶が蘇った今、この状況を改善する術はある。
エクスリア――並列思考だ。
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