自宅の前で女の子が轢き逃げされた件について
「夏樹、彼女を作ってみる気はないか?」
友人の瑛太がこちらに近づいてきていたので何かと思えば……第一声がこれだ。
その様子からは、「極楽浄土に興味はありませんか?」と笑顔で語りかけてくる宗教勧誘の人を連想させた。
偏見でしかないのだが……。
「瑛太……俺は彼女なんか作りたくないって、何度も断ったはずだよな?」
「分かってるって。俺だって出来ればお前の気持ちを尊重したいさ。でもあいつらがなぁ……」
瑛太はそう呟いて、教室の中央に固まっている男子グループを一瞥した。
彼等は彼等で、こちらの様子をニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら窺っている。
「……頼むよ夏樹。ここは大人しく飲んでくれないか?そもそも、これは対等な勝負の末に行われた罰ゲームなんだし……」
……そう。瑛太の言っているように、俺はクラスの男子全員で行われた勝負事に負けてしまい、罰ゲームで「恋人を作ること」を強いられたのだ。
そんな危険な勝負、最初は受ける気など無かったのだが、彼等の安い挑発にまんまと乗せられてしまった。
「はっ、下らないな。大体、そんな人の気持ちを無視したような罰ゲームを、はいそうですかって素直に受ける方がどうかしてるぜ?むしろこれ、強要罪だろ」
「まあ、本来はそうなんだけどね?……でも夏樹、その条件で承諾してたしなぁ」
「そもそも、学校にトランプなんて持ってきても良いんですかって話だ!そっちがその気なら、この事を先生にチクっても良いんですけどぉ?」
「逃げるの上手いなぁ、夏樹……」
因みに、トランプは事前に先生から許可を貰っていたとのこと。
何の脅しにもなってやしない。
しかし、大事なのは圧をかけることだ。圧こそが全て。
俺はお前らの言うことなんか絶対に聞かんぞという、圧倒的な姿勢を見せていきたい。
「……とにかく、俺は彼女なんか絶対に作らんからな。何か文句があるなら、直接かかってこいよお前ら」
俺は、この会話をただニヤニヤしながら見ているだけの男子グループに向かって、強めに言い放った。
そもそもコイツらは、実際のところ友人でも何でもないのだ。
ただクラスの中心核にいる連中が、面白がって男子全員を集めたことが事の始まりである。
つまり、元々俺のような群れることを嫌う人種とはあうはずがないということだ。
「……不思議な奴だな」
「ん?どこがだ」
瑛太が俺の顔をじっと見つめながらぼやいた呟きを、俺は聞き逃さなかった。
瑛太自身も聞こえているとは思わなかったのか、「ああ、えっと……」と気まずそうに言葉を詰まらせている。
「……いやさ、お前ほどの逸材だったら彼女くらいいつでも作れるだろうに……どうしてそこまで、頑なに拒むんだろうって思ってな」
「……それとこれとは、話が別なんだよ」
自覚がないわけではない。
俺はモテる。そしてその理由は、恐らく容姿だろう。
鏡くらい見たことはあるから、自身の見た目は概ね理解しているつもりだ。
割と中性的で、パーツもある程度整っている。軽く説明すると、こんなところだろうか。
中学まではあまり意識していなかったのだが……高校に入学して、何回も告白を受けるようになってからは流石に理解した。
人によっては勝ち組だとか、羨ましいなどといった感想を持つかもしれない。
……しかし、俺視点では違う。一人が好きな俺にとっては、ただただ邪魔な要素でしかない。
「とはいえ、このままあいつらに言われっぱなしというのも面倒なんだよなぁ……」
「……それなら、敢えて振られてみればいいんじゃないか?」
「え?」
「いざ告白したけど振られちゃいました~的なノリで行けば、あいつらも面白がって見逃してくれるかもしれないし」
「……なるほど」
確かに、その考え方は盲点だった。
瑛太は、俺が逆立ちして地球を二十周しても思い浮かばないであろう発想をぽんぽん出してくれるから、それで救われることもよくあるのだ。
「まあ、お前に告白されて断る子なんてほぼいないと思うが……いや待てよ、一人いるな」
「いるのか」
「ああ、絶対に断るであろう女子が一人」
一体、何の根拠があってそう宣言出来ているのかは分からないが、これがチャンスであることは間違いないだろう。
「……して、その女の子とは?」
俺は、藁にも縋る思いで尋ねた。
そして、瑛太口から出たのは意外な人物だった。
「ほれ、隣のクラスの姫崎あいりさんだよ」
「…………誰?」
「うそーん!?」
知らなすぎて意外だったわ。
……大体、自分のクラスの女子ですら少し怪しい俺なのに、隣のクラスまで行っちゃったら知っているわけがないだろう。
「お前、姫崎さん知らないのは流石にギャグだって!成績優秀、美辞麗句……おまけに百人中百一人が振り向く奇跡の美少女だぞ?」
「うん。それっぽく言ってるけど、美辞麗句の使い方は絶対に間違ってると思うぞ?」
それに百人中百一人て……あと一人どっから出てきたんだよ。
……いや、俺が今から振り向く計算か。
しかし、瑛太がそこまで言うのは少し珍しいことだった。コイツはお世辞なんかを一切使わない人間だからだ。
「そんな姫崎さんだから告白とかも結構されるんだけどな……彼女は、今まで一度も付き合ったことがないらしいんだ」
「らしい?確認が取れているわけではないのか」
「まあな……。だけどこの学校で告白に成功したやつはいないし、断られる理由も決まって、恋愛に興味がないってものだったから多分そうだろうって話」
「へぇ……」
俺はまるで、自分のことを聞かされているような気になっていた。
そんな俺みたいな変わり者が、この学校にもう一人いたのか……。
「もしかしたら、同性愛者なんじゃないかって説も出てるが……」
「……それはまた、どでかい偏見を交えてきたな」
「因みにお前にも同じような噂が立ってるからな?」
「やめて!?」
勝手に俺のイメージを形成しないでほしい……。
噂より怖いものなどないんじゃないかと、考えさせられるような一言だった。
「と、とにかく、そうと分かれば早速その姫崎さん?とやらに告白しに行こうじゃないか」
「……いや、多分もう帰ってると思うぞ?時間的に」
そう言われて壁時計を確認すると、時刻は既に五時を回っていた。
話し込んでいたが、何だかんだもう放課後なのだ。
「今日はもう帰って、明日考えることにしないか?」
「……ああ、そうだな」
別に、今すぐにでも告白したいというわけではない。
前提として、振られに行く訳なのだから。
「じゃあ、また明日な」
「ああ」
瑛太と別れの挨拶を交わし、俺も帰路に就くことにした。
◆◇◆◇
俺は、一人が好きな人種だ。
だから基本的には、友人や恋人というのは不必要なものだと考えているし、なるべく自宅から出ないようにもしている。
家には家族がいるのではないか、と思われるかもしれないが、実はそうでもない。
二年生に上がってからは、親にわがままを言って、実家からそれ程遠くない位置にあるアパートで一人暮らしをさせて貰っている。
なので、今では帰ること自体も楽しみの一つになりつつある。
「ん?」
少し心を躍らせながら歩いていると、前の方に金髪の女の子の人影があるのが見えた。
普段はそんなことでいちいち反応しないのだが、その女の子はやけにふらふらしていて、どこか心許ない感じがしていたのだ。
「……大丈夫か?あいつ」
少し心配になった俺は、自宅に着くまでの間、その女の子を見守ることにした。
幸い、方向も一緒のようだ。
しかし―――
いつかは落ち着くだろうと思っていたのだが、女の子の不安定さは増していく一方だった。
今では、ほぼジグザグな感じで歩いている。
そして、女の子が俺の住むアパートの前まで来たとき。
流石に見てられないと思い、止めに行こうとしたのだが……。
その時、事件が起きた。
曲がり角から確認をしていなかった自動車が飛び出してきて、運悪く女の子と噛み合ってしまったのだ。
当然、身体の細い女の子は跳ねられ、地面に叩き付けられてしまう。
そこまでだったら、完全に事故だった。
問題はその後。
女の子を轢いた車はその後、何事もなかったかのように、その場から去ってしまったのだ。
「轢き逃げかよ、くそっ!」
もう少し早く女の子に手を差し伸べていれば……なんていう後悔は、最早しなかった。
そんなことよりも先に、出来ることがあると思ったからだ。
「おいっ、大丈夫か!」
俺は、女の子になるべく刺激を与えないように触れて、声を掛けた。
「いたた……はい、なんとか」
不幸中の幸い。当たり所が良かったらしく、見た感じでは特に大きな怪我などはなく、掠り傷が数カ所あるだけだった。
意識もしっかりしている。
しかし、これで安心は出来ないだろう。
「俺、救急車呼んでくるから少し待っていてくれ」
「……はい、すみません」
俺の語りかけにも、小さな声ではあるが答えてくれた。
俺は、女の子のその声をしっかり聞き届けた後、目の前にある自宅へと入っていった。
スマホは充電器に差しっぱなしにしていたはずだから、すぐに見つけられるだろう。
◆◇◆◇
「このアパートの住人の方だったんですね……」
「まあな。それより、来るまでに少し時間が掛かるらしいから、それまでにその掠り傷だけでもなんとかしようぜ」
事故が起きた時の対応など知らないが、こういう時の為に救急キッドだけは常備していた。
……本当に、大事故にならなくて良かったと思う。
「本当にすみません。私の不注意で……」
「気にするな。轢き逃げに関しては完全に相手が悪いからな。……とはいえ、事故自体には君にも原因があるんだけどね」
「はうう……ごもっともです」
女の子は、可愛らしく顔を手で隠していた。
先程までは見る余裕すら無かったのだが、女の子はとても可愛らしい容姿をしているなと感じた。
色白でスタイルが良く、顔のパーツも全体的にバランスが良いことは確かなのだが、特に目立っていたのは瞳だ。
くりっとしたその鳶色の瞳は、涙袋とのバランスが良く取れていた。
普通、日本人と言えば黒色の比率が高いから、その色素の薄さに物珍しさがあったということもあるのだが、それとはまた別の魅力もある気がする。
吸い込まれてしまいそうな……そんな表現をしても、大袈裟にはならないと思う。
更には、この女の子によく似合っていた圧倒的金髪。
……人工的なものではないように見える。もしかしたら、ハーフだとかそういった類なのかもしれない。
まさに、男受け抜群といった感じの容姿だった。
基本的には他人に興味のない俺が、どんな人間なのかを知りたいと思ったほどだ。
……これが、好みというやつだろうか?
手当て中、俺は興味本位で尋ねてみることにした。
「そういえば君、名前はなんて言うんだ?」
「あ、はい。姫崎あいりと申します」
いや、お前かーい!
思わず心の中で、ツッコミを入れてしまっていた。
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