雨があがったあとに(2)
「以前、腕時計を、贈ったのです。孫息子に」
「ああ、あの二人が偶然お揃いになってしまった時計のこと?」
「さようでございます。そのせいで、あのお嬢さんには、嫌な思いをさせてしまったようですね」
「使い始めたのはあの子の方が先だったみたいだけど?」
「ええ。ですから、私が贈った物のせいで嫌な思いをさせてしまった少女に、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった…というわけです」
そこまで説明すると、彼女はようやく合点がいったという風に数度頷きました。
「なるほど、館長は罪悪感があったわけね?それで、雨宿り場所を提供して、ついでに二人きりで話す機会を与えた…ってわけ?」
「さようでございます」
「まあ、館長らしいと言えば館長らしい罪滅ぼしよね」
「褒め言葉として賜ります」
「別に皮肉で言ったわけじゃないわよ。だいたい館長は――――」
ころころ変化する彼女の感情がお説教色を濃くしはじめましたが、急にピタリと止まりました。
そして、私の横に視線が流れたのです。
私は何事かと彼女の注目を辿りました。
すると、私が何かに気付くよりも早く、彼女が身を乗り出していました。
「あらやだ、あの子ったら、携帯電話機を忘れていってるわ」
そう言いながら彼女が手に取ったのは、白銀色の小さな四角い物でした。
「それは、”スマホ” という名前だそうですよ」
私は彼女に教えて差し上げました。
「それくらい知ってるわよ。使ったことがないからすぐに名前が出てこなかっただけなんだから」
おや、またしても彼女の機嫌を損ねてしまったようです。
けれど、
「でも、これがないとあの子困るんじゃないの?……よし、私があの子に返してくるわ!」
すぐさま、満面の笑顔でそう言い出したのです。
今日の彼女は、やはり、世話好き度がこの上なく高まっているようですね。
そして私は、こうなった彼女を引き止めることが困難であると、よく存じ上げております。
「ほら館長さん、さっさと時間止めてくれない?」
大事そうに携帯電話機を握りしめた彼女は、まるで容易い用事を頼んでくるような軽さで私を見上げてきました。
この図書館、そして館長である私の秘密は、特別隠しているわけでもありませんし、ご存じの方は大勢いらっしゃいます。どちらの世界にも。
ですので、このような頼まれごとをする事も多くございます。
そういった際は、その方のお話をよく伺って、お受けするか否かを決めさせていただきます。
今回は、あの少女の忘れ物を届けたいということですので、私がお断りする理由は何もございません。
ただ、私が ”時の図書館” の館長の権限を発動する場合、注意点がいくつかございます。
彼女は常連ゆえ、もうそれを承知してるはずですが、念には念をということで、その注意点を申し上げました。
「でしたら、何か書籍を借りていただきませんと」
「わかってるわよ。……じゃあ、この本。ほら、はやく貸出手続きしてくれない?」
彼女はササッと書架から一冊を持ってこられました。
それは、世界中の夕焼けを集めたフォトブックでした。
「なかなか素敵なセンスをお持ちですね」
私は他意なく、正直な感想を申しました。
すると彼女は、とても嬉しそうに「それはどうもありがと」と笑ったのです。
貸出カードに必要事項を記入する私も、なんだか笑顔になっていました。
「では、こちらの貸出期間は……」
「三十分もあればじゅうぶんよ」
私のセリフを遮った彼女は、得意げに言い切りました。
「私、足には自信があるの。それに、館長のおかげで今は二十代の体なんだし……ちなみに、何度も訊くようだけどあの時借りた本の貸出期間は ”永久” なのよね?」
確認するように尋ねてきた彼女は、ほんの少々、瞳に不安色を差しました。
ですから私は、彼女に安心していただけるよう、
「もちろんでございます」とお答えしたのでした。