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やまない雨(4)




彼女が去っていった後も、私は、ぼんやりと、窓を叩く雨粒を眺めていた。



「やまないなぁ…」


ひとり言が、ひとり歩き。


けれど館長さんは、すぐにそれを捉まえてくれた。



「時間の長さの感覚は人それぞれといいますからね」



哲学的な発言だ。”シュレーディンガーの猫” といい、この人は理知的な人だなとこっそり思う。



「どういう事ですか?」


「例えば霖雨(りんう)だったとしても、長い人生の全体で見れば驟雨(しゅうう)かもしれないし、驟雨でも、見方によっては霖雨になるかもしれません」


「霖雨って、何日も続く雨のことでしたっけ?」


「そうです。例えばこの雨だって、後から振り返ったらほんの一瞬の夕立かもしれない」


降りしきる雨を見上げながら館長さんは続けた。



「けれど雨に降られている最中には、人はその事に気付きにくい。だからもし、今あなたの心の中で冷えた雨が降り続いていたとして、その雨がなかなかやまないと感じたとしても、もしかしたら、それはあと少しでやむ夕立なのかもしれませんよ」



館長さんが言ってるのは、私の学校での出来事についてだろう。


心配してくれたのかもしれない。

だったら申し訳ないなと、私は笑顔を見せた。


「大丈夫です。私、気にしてませんから。今まではただ相手にするのが面倒だっただけで、酷くなるようならちゃんと反撃方法も考えてるんです。雨がやんでもやまなくても、それは関係ありません」


彼女達からの嫌がらせを、いじめと受け取る人もいるかもしれない。

でも私は、そんなに重くは感じてなかった。

ただ、泣き寝入りは性に合わないので、一定の境界線を越えたら然るべき手段に出ようとは思っていた。

今日の傘の件はその境界線を越えたかと思ったけれど、さっき彼女がそれを使わずにずぶ濡れになる方を選んだのを見て、少しの猶予が生まれたのだった。



館長さんは私の説明に「そうですか」と頷いたと思えば、

「おや、またどなたかいらっしゃいましたよ」と、窓に視線を戻した。


「え?」


つられた私の目に入ってきたのは、遠くからでもスタイルの良さが分かる、彼だった。


「あ…」


彼はこの雨の中傘も持たず、カバンを頭上にやりながら小走りで公園を横切ろうとしていたのである。



「あの、ここって中にいる人が誘えば外の人も入れるんですよね?なら、あの男の子を入れてあげてもいいですか?」


咄嗟にそう訊いていた。

雨に濡れてる彼を前に、居ても立ってもいられなかったのだ。


そして、館長さんの「もちろん」という返事を聞くや否や、ロビーに走り出していた。

少しでも早く、彼をこの建物の中に避難させてあげたかった。


けれど、ギッ、と重たい扉を開き、彼を呼びに外に出ようとしたところで、その彼本人とぶつかってしまったのだった。



「わ!」

「え?あっ…」


正面衝突は避けられたものの、勢いのあまり、彼の腕に体を支えられる体勢になってしまった。

顔と顔がすぐ近くにまで接近していて、これはちょっと、いや、かなり恥ずかしい。


「ご、ごめん」


慌てて離れた私に、彼も「いや、俺こそ…」と、微妙にぎこちなく返してきた。


「あ、俺、置き傘してるって思い込んでてさ、でも勘違いで、それで駅まで走ろうとしたら、急に雨がきつくなってきて…」


「そうなの?実は私も傘を…忘れちゃって。それで、ここで雨宿りさせてもらってるの」


「ここで?ここって何の建物?」


どうやら彼もこの図書館は知らなかったようだ。

私は重たい扉を再び開きながら答えた。


「私もさっきまで知らなかったんだけどね、図書館らしいよ」


「図書館?」


「そう。”時” に関するものを専門にしてる図書館なんだって。館長さんが親切な人で…あ、館長さん」


私達がロビーに入ると、館長さんが待っていてくれた。



「ようこそいらっしゃいました。さ、その濡れた体をどうぞ暖めてください」


そう告げて優雅な仕草で腕を伸ばし、私の時と同じように、暖炉の部屋に彼を促す館長さん。


「すみません、お邪魔します」


遠慮ぎみに挨拶した彼を、今度は私が案内した。


すると暖炉前の椅子に座ったところで、またあの女性が駆け寄ってきて、タオルを差し出してくれた。



「よかったら使って?」


「あ、どうもありがとうございます…」


彼は戸惑いながらタオルを受け取り、そのあと女性は、またもや自分の席にすたすた戻っていった。



「…でも、こんなとこに図書館があったなんて、知らなかった」


読書家の彼は、壁一面の本棚に目を輝かせていた。


「私も全然知らなかったんだ。雨には濡れちゃったけど、おかげでここに来られてよかった」


正直な感想だ。


彼はタオルで頭を拭きながら、


「うん、俺もそう思う」と言ったのだった。








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