表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

やまない雨(3)





話してる間、館長さんはパチパチと唄う暖炉の火を眺めていた。


そして話が終わると、ふわりと私に向き直った。



「そうですか、そんなことがあったんですね」



さっき出会ったばかりの人なのに、不思議とこの人には、心が気取らないでいられた。

相手を包み込むオーラが出ているというか、聞き上手というか、そんな魅力があるのだ、館長さんには。


パキン、と炎の中で木が弾ける音がした。



「ところで、あなたはその男子生徒とはお友達ではないのですか?」


質疑応答を始めるつもりはなかったけど、館長さんの優しい口調は、素直に受け入れられた。



「……時計の事があってからは、前より話すようになりました。その子の名前も、彼に教えてもらったんです。シュレーディンガー……」


私が言うと、床に伏せていた犬が首を持ち上げて傾げた。




きっかけは、腕時計だった。

以前は用事がないと話したりしない関係だったけど、私は祖母から、彼はお祖父さんから時計を贈られたという共通点を知ると、なぜだか一気にうちとけたのだ。


そして彼が外見だけでなく、性格も良いということを知った。

博識で、読書家。”シュレーディンガーの猫” だけじゃなく、色んな事を教えてくれて。

でもそういう距離の近さが、彼女達を刺激してしまったのかもしれない。

最近は、私は彼と二人で話すのを避けるようになっていた。



無意識のうちにため息が落ちる。

すると館長さんがそれを拾うように言った。


「でも、傘がなかったから、こうして私はあなたに出会えた。そうでしょう?」


「それは……」


「塞翁が馬」


「え?」


「故事成語です。今、何か嫌な事があっても、それがきっかけで別の方角から幸せが訪れるかもしれませんよ?それに、その男子生徒とだって、今はまだ友達未満でも、もしかしたら今後素敵な関係になるかもしれないじゃないですか」


「それはないと思います」


私はきっぱりと言った。


「ほう…、それは何故?」


「私、昔から映画みたいな恋に憧れてるんです。だから、いくら人気者でも、同じクラスになったのが出会いのきっかけだなんて、ちょっと普通過ぎるというか…。恋愛するなら、もっと印象に残るような出会い方がいいんです」


呆れられると嫌なので、あまり人に教えた事はなかったが、やはり館長さんにはするっと話せた。



「おや、これは手厳しい。でもロマンチックなお考えなんですね」


館長さんは呆れることなく、微笑んでくれた。

やっぱりこの人には、心を装備する必要ないのだ。


館長さんは微笑みを続けながら、おもむろに大きな窓の方を向きながら訊いてきた。



「でしたら、もしその男子生徒がこのあとあの窓の外を通りかかったら、それは映画みたいな出会いにはなりませんか?」


「窓?……そうですね、もし本当にそうなったら、そうかもしれませんけど…」


どこか変な日本語になってしまったのは、少しの動揺のせいだ。



こんなおしゃれな図書館で雨宿り、というのも映画の1シーンみたいだけど、そこに偶然彼が通りかかるなんて、ちょっと出来過ぎな気さえする。


でも、もし、それが現実になったら……



おかしな緊張感を覚えつつ、私は館長さんと一緒に窓を見つめた。

そんな奇跡的な事起こるはずないと、心の隅で予防線を張りながら。



ところが、すぐに人影が現れたのだ。


私は思わず立ち上がって、窓に近付く。



そんなはずない、まさか、そんなはず……


騒ぐ気持ちをなだめながらその人影を確かめるも、

それは、彼ではなかった。



でも、私の知ってる人……彼との事で、色々言ってくるクラスの女子だった。


彼女は一人で、どうやら傘が壊れてしまったらしく、強くなった雨に困っているようだった。



「あの方も雨にお困りのようですね」


呟いた館長さんに、私は不安が過った。


あの子もここに雨宿りに来たらどうしよう。嫌だな…


すると私の考えがバレたのか、館長さんが「大丈夫ですよ」と明るく言った。


「ここは、中にいる者が招かない限り、外の人間は入れない事になってるんです」


「そうなんですか?」


入館者を選別する図書館なんて聞いたことないけど、そんな規則があるなら安心できる。


私は再び彼女を見やった。



やがて彼女は立ち止まり、役に立たない傘を閉じると鞄から今度は折り畳み傘を取り出した。

それは、とても見覚えのある傘だった。


「あ…」


やっぱり犯人は彼女だったのか。


残念な思いが、今日の雨のように打ちつけてきた。



けれど彼女は、その傘を見つめたまま、開こうとはしないのだ。


ただ見つめて、数秒して、また鞄にしまった。


そして酷くなる雨足の中、彼女はずぶ濡れになって、駆けていったのだった。




「お知り合いでしたか?」


同じ制服ですよね?


尋ねてきた館長さんに、私は「よく見えなかったので…」と濁した。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ