やまない雨
大切なものが、ほんの少し苦々しく思える。
そんな複雑な心境で、私は愛用中の腕時計を見つめた。
大好きな祖母から譲られたそれは、ある有名ブランドの女性用で、今となっては形見となってしまったけれど、私は毎日身に付けていた。
確かに、ごくごく一般的な地域にある公立高校に通う女子高生が愛用するには、いささか高価すぎて、目立つのかもしれない。
でもこれは祖母の形見で、いわばお古なのだと説明すると、周囲は『いい時計してるね』程度の反応で終わっていた。
ある時までは。
簡単な話、クラスで一番人気のある男子が、私と同じ時計を付け始めたのだ。
といっても彼のは男性用で、私のとはペアになる。
そしてそれを知った彼のファンから、色々な嫌がらせが始まったのだった。
軽い陰口からシカト、よくまあ高校生になってまでそんな幼稚なことができるものだと、ある意味感心したりもしたけれど、持ち物を隠されたり盗まれたりしだすと、さすがに黙って見過ごすわけにもいかなくて。
でもシャーペンとかタオルハンカチとか、被害対象はごく小さな物だったので、然るべきところに申告するのも躊躇っていた最中、本日、ロッカーにあるはずの折り畳み傘が行方不明になったのである。
盗まれる物が大きくなったという事もあるが、降水確率80%の今日、傘を持たないままの帰宅には大いな不安があり、そしてそれが的中してしまった………現在はそういう状況である。
「やみそうにないなぁ」
大きな公園を横切る途中、私は視界に入った建物の軒先に避難した。
雨に濡れた体が体温を奪っていく。
強まる雨足を恨めしく眺めていると、ふいに背後の扉が開いた。
「こんなところにいては、体が冷えてしまいますよ。もしよろしければ、雨があがるまで中でお待ちになりませんか?」
上品な口調に振り向けば、見た目も紳士的な男性がにっこりと微笑んでいた。
2、30代くらいの、若い男性だ。しかも、イケメンさん。
「ええと…ご親切にありがとうございます。でも大丈夫です」
あまりに丁寧なお誘いに驚いた私は、咄嗟に断っていた。
男性はスーツをきっちり着ていて、制服姿で雨に濡れてる私は、気後れに似た感情が出てきたのだ。
そもそもこの公園は何度も来たことがあるけど、こんな趣がある瀟洒な洋館は見覚えがなかった。
もっとも、広大な公園の敷地を隅々まで把握してるわけではないので、前からあったと言われても納得できてしまうけれど。
「ですが、やみそうにありませんよ?雨」
暗い空を見上げる男性につられて私も顔を上げた。
芯のある暗さの雲が、私を押し潰しそうだ。
そんな印象を感じた私に、男性は、
「大丈夫、ここは図書館ですから、遠慮なんかいりませんよ」
と笑った。
「え?図書館?」
「ええ、そうです」
返事しながらも、男性はもう扉を開いて、エスコート体勢になっていた。
私は数秒迷ったものの、背中に寒気が走ったので、仕方なく後に続くことにしたのだった。