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だから牛嶋 さくらは、親しくなりたい。

 子どもの頃から人付き合いは、得意な方ではなかった。それでも、友人がいないからと言って困ったことはなかった。それは、今でも変わっていない。

 狗神(いぬがみ)先生の勧めで『人間構築研究部』に入り、そのあと同じようにして鼠原くんが入って、その半年後には、根古沢(ねこざわ)さんが入ってきた。ふたりは、私と同じように人付き合いは、得意な方ではないことが話していてわかった。

 部室に行って、インスタントだけれどコーヒーを煎れる。コーヒーを淹れている途中で、根古沢さんが来たので彼女の前にもカップを置く。今日のお菓子は、彼女お手製のドライフルーツのたっぷり入ったパウンドケーキ。しっとりしていてフルーツの甘さが口いっぱいに広がる。 

 ため息交じりにおいしいと零れた。根古沢さんは、嬉しそうに微笑んでいる。

「私にも作れるかしら」

「案外、簡単に作れますよ。作ってみますか?」

「本当?」

そんな約束をしている途中でもう一人の部員、陰気くさい顔をして鼠原君がやって来た。教えてもらうのは私だけかと思っていたら鼠原君も作ることとなった。


 数日後、材料を準備しチョコレートとミックスナッツの入ったパウンドケーキを作るために家庭科室に集まりそれぞれが、エプロンに身を包んでいる。

「牛嶋さんは、ミックスナッツの入ったものを鼠原君は、バナナのパウンドケーキを作ります」

「はーい」

「はい」

すでにそれぞれの分量を量っている。こうしておいたら効率よくできるみたいだ。効率よくできることは非常にいいことだと思う。

「基本的には作り方は同じです」

薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖やバター、タマゴを混ぜ合わせて生地を作っていく。混ぜる作業は、思ったよりも力を使うものですぐに手が疲れてくる。

「こんなに大変なものなのね」

「でも、誰かのためと思うと頑張れますよ」

根古沢さんは、笑顔でそう答えてくれた。彼女は、毎回誰かのために作っているのだろうか。

「鼠原君は、バナナをフォークで潰してください。半分は輪切りにして上に乗せます」

チョコレートを刻んでいる私の隣で親の仇のように鼠原君がバナナを潰している。

「あ、牛嶋さん焦げないように気を付けてくださいね」

ついうっかり鼠原君に気を取られてしまい、フライパンでミックスナッツをローストしていた手が止まった。

「ごめんなさい」

手を動かし再開する。

 私と鼠原君が奮闘していた間に根古沢さんもなにか作り始めていたけれど、夕ご飯を作っているようにしか見えなかった。

 それぞれ、生地の中にバナナとミックスナッツを混ぜてからオーブンに入れて焼き上げていく。焼き上げている途中で使った道具を洗う。

「根古沢は、夕飯でも作っていたのか?」

どうやら、鼠原君も同じことを思っていた様だ。この彼と同じ思考だったことが少し気に食わなかった。根古沢さんは、一瞬きょとんとしたのちにくすくすと笑いだした。

「違いますよ。甘いものが苦手な人がいるので甘くないのを作っていました」

途中で、オーブンを開けて中心に切り込みを入れる。こうしておくことで、きれいに盛り上がる。しばらくして、いい香りが立ち込めてきて、焼きあがった音がした。

 粗熱が冷めたころがおいしいと根古沢さんが言うので食べたいのを我慢して作ったパウンドケーキを持ち帰る。

「あとは私がやっておきますね」

「教えてもらってそこまで任せるわけにはいかないわ」

私は、ねぇと鼠原君に同意を求めようとしたが、彼はすでにカバンをしょっている。思わず、睨んでしまったが、こうなってしまっては、どちらを選んでも気まずいのでありがとうと言って根古沢さんにまかせて下校した。

 先を歩く鼠原君の背中に蹴りでも入れたい衝動に駆られた。その殺気に気が付いたのか鼠原君が振り向き、

「なんだよ」

「別に」

「牛嶋も一緒にあと片付けやりたかったんなら戻ってやってくれば?」

「そういうわけじゃないわ。ただいつも彼女に任せてばかりだから悪いなと思っただけよ」

「まぁな。でも、根古沢は誰か待っているようだったし僕らがいても邪魔だろうけどな」

誰を?と言いかけたが、鼠原君にさえぎられてしまった。

「お前らふたりとも楽しそうだったし、少しは仲良くなれたんじゃねぇの?」

案外、この男は興味のないふりをして他人を見ている。そう思った。



          * * *


 今回は、他の生徒からではなく牛嶋からの依頼でお菓子作りを教えてほしいとの事だったので終わったころを見計らい家庭科室を覗いてみることにした。扉を開けると甘ったるい香りが全身に降りかかってきた。鼠原と牛嶋はすでに帰った様で、あと片付けをしている美弥がいた。

「賢輔君。おつかれさまです」

「だから学校では先生と呼べと、何度言ったら」

「牛嶋さんと鼠原君に教えるついでに私も作ってみたので食べてみてください」

皿に乗ったパウンドケーキが、目の前に差し出された。

「あ、俺、甘いものはちょっと」

「はい。だから私は、甘くないものを作ってみました。サーモンとほうれん草とクリームチーズが入っています。私のは、パウンドケーキではなく正しくは、ケークサレですけど」

間の前に皿に乗ったパウンドケーキもといケークサレ。くんくんとにおいを嗅いでみると確かに甘いにおいはしない。フォークを差し口に入れて咀嚼する。

「うん。おいしい」

「私も食べてみたいです」

美弥は、そう言い口をあーんと開けた。当然のようにする様子に少したじろぎつつあたりに誰もいないことを再度、確認してその口の中に放り込んだ。

「おいしいです」

親指と人差し指でまるを作った。なんだかんだで、いいように踊らされているような気もするが前よりは悪い気もしていなかったのである。

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