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第7話 憧れの騎士生活の始まりです!

「あっ、私、生きてた!?」


「当たり前じゃないですか。寝てただけですよ、寝てただけ」


 呆れ声で言われ、私は寝台に身を起こした。

 体はちょっとこわばっているが、頭は実にすっきりしている。運動後にしっかり睡眠を取ったあとの感覚だ。


「ここは……」


 私が意識を失ったのは、騎士団本部の練習用大広間だったはず。

 そのあと何があったんだろう。

 私は辺りを見渡した。あまり広くはないが、装飾に気を使った寝室だ。

 無骨な石壁は騎士団旗やタペストリーで埋まっており、床にも異国風の絨毯が敷き詰められている。私が寝ているのは天蓋つきの木製ベッド。

 その傍らに、銀髪垂れ目の騎士とお付きの黒狼がたたずんでいる。


「あなた、試合の時に審判してくれたひとですね?」


「ええ、まあ。黒狼騎士団副団長のトラバントと申します。ちなみに、ずっとここにいたわけじゃないですよ。団長からの指示で、さきほどあなたの様子を見に来ただけです」


 素っ気ないなりに、女である私を気遣ってくれているんだろう。

トラバントは騎士というより、芸術サロンに入り浸っている商家の三男タイプに見える。まあまあ整った顔だし、少しだるそうなところも好きな人は好きだろう。

 もちろん、私はときめかないけど。


「うん、安全範囲」


「誰の顔が安全範囲ですか、失礼な。ここはフィニスさまの客用寝室です。あなたは昨日の入団試験の直後にぶっ倒れ、そのままフィニスさまに運ばれてきて、ここで乳母に手当を受けました。体は痛みませんか?」


「……運ばれ!? 運ばれた!? フィニスさまに!? しかも、こ、ここ、し、ししししし寝室、フィニスさまの寝室!?」


「『客用』寝室と言ったでしょう。普段は空き部屋です。基本はみんな二人部屋だし、他にあなたが泊まれるようなところがないんですよ、騎士団本部」


 トラバントは素っ気ないが、私はものすごい勢いで寝台から飛び降りた。

 そのまま寝台に向かって最敬礼し、神に祈る。


「すみません、私ごときがフィニス様の寝台を使うだなんて百万年早かった!! あああああ、どうしましょうトラバントさん、私のせいできっと汚れましたよ。髪の毛とか落ちてるかもしれないし、シーツも毛布も乱れてるし、はーーーーもう駄目だーーー!!」


「キモっ。しかもひとの話聞かないし」


 トラバントは割と本気で気持ち悪そうに言った。

 なんて素直な男なんだ、信用できる。

 私は内心ほっとしつつ、思うさま寝台にむかって謝罪を続けた。

 人間の奇行が珍しいのか、トラバントの狼は私の背中をふんふん嗅ぎ、主はだらりと続ける。


「まー常識的に考えて、日々運動してるデカい男よりあなたのほうが格段に清潔ですよ。乳母やさんと紋章官は早朝帰途につきましたけど、従者は連れて来なかったんですね? ひとりで着替えとか身支度はできますか?」


「もちろんできます! 貴族の女がひとりで着替えしないのは、わざとひとりじゃ着られないように作られた複雑怪奇な豪華ドレスのときか、周りに『自分の手は労働のためにはありませんの』アピールしなきゃならないときだけなんで。私は二十秒でいけますね!」


「あなた、ほんっと変な女ですね~。ま、それなら二十数える間に支度してください。身支度用の水は衣装櫃の上、あなたの荷物はその横。今日から騎士団員としての生活をしてもらいます」


「やったー! 前世からの夢が叶って嬉しいです、頑張りますっ!!」


「はいはい、詩的表現はいいから頑張ってー」


 トラバントはひらひらと手を振って外へ出て行った。

 私は一息で水の入ったたらいに駆け寄り、洗顔、体ふき、うがい、歯磨きまでを壮絶な勢いですませ、予備の服に着替える。特別仕立ての少年服は、とにかく着替えやすく試作を繰り返してもらった。着替えている間にフィニスが死んだら、もともこもないからだ。


「終わりましたー! お待たせしました、トラバントさん!」


 勢いこんで出ていくと、トラバントはやっぱりちょっと嫌そうな顔をする。


「気味悪いほど速いですねえ。ま、遅いよりはよし。行きましょう」


 先に立って歩き出したトラバントに、私は小走りで追いすがった。

 客用寝室の外は推しの居間だ。騎士団の紋章だらけの室内をガン見しながら通り抜け、さらに護衛の団員が詰めるための控室を抜けると、やっと薄暗い廊下に出る。

 長い廊下を抜け、狭い螺旋階段を下りて、さらに渡り廊下を行く。

 渡り廊下の片側からはぽかーんと広い灰色の湖が見え、反対側からは中庭の様子がよく見えた。


「打ち込め、打ち込め! よろけてるぞ!!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、私は中庭を見下ろす。

 土がむき出しの中庭で、練習用防具をつけただけの騎士たちが剣を振っていた。狼たちはそれぞれ主人を見物したり、藁人形相手に格闘の練習をしたりしてる。

 彼らの間をねりあるいて指導しているのは、例の赤毛の騎士だ。


「訓練ですね。気合い入ってるなあ。毎日朝食前にやるんですか?」


「ええ。とはいえ朝のは自主的なものですから、あなたは出なくてもいいですよ。今日はこのまま食堂に行きましょう」


「じゃ、明日は参加してもいいってことですね?」


「……やりたいんですか?」


 怪訝そうに言われてしまった。

 そりゃやりたいに決まってる。私は騎士になったんだもの。


「はい。私、強くなりたいし、他の騎士さんたちとも仲良くなりたいですから」


「はあ……。本当に剣術ばかなんですね、あなた。昨日の試合の時点で、あなたのばか度が突き抜けてるのはわかってはいますけど」


 見たことがない巨大な虫を見るような目で見られ、私は少し照れてしまった。


「やだなあ。褒めても何もでませんよ?」


「徹頭徹尾、褒めてません。むしろちょっとけなしています。やる気があるのはいいですが、あなたと我々では体が違う。無理をしたら壊れますから、ほどほどにすることです」


 トラバントはだるそうに言い、渡り廊下を渡りきる。

 ここまでの会話でわかったことは、トラバントは素直じゃない、ということ。

 それと、剣術ばかが嫌いじゃない、ということ。いきなり共同体に飛びこんできた若い女の体を心配しつつ、自分の意見を押しつけてこない奴だ、ということ。

 うん、いいな。

 このひとが副団長なのは、いいな。


「トラバント、あなたっていい奴ですね。安心してください。無理はしますけど、私は、あと一年もてばいいので」


 私がそう声をかけると、トラバントは一度足を止めて振り向いた。

 物憂げな顔のまま、私をじっと見つめて言う。


「僕は『いい奴』じゃありません。単に現実的なんです。中庭にいた赤毛の彼は、ザクト。彼は理想主義ですよ。もしくはフィニスさま至上主義と言ってもいい」


「だったら私と同じですね? 仲良くなれそうだな」


「そう思ってるのはあなただけかもしれません。……さ、食堂に着きました」


 トラバントは言い、ざわめきの響くほうへと私を招いた。

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