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第6話 最推しと、初めて剣を交えます!

 騎士たちがどよめいている。

 私の推し愛に感動しているのかもしれない。

 フィニス自身は一切動じることなく、赤毛の騎士に向かって叫んだ。


「わたしの剣をよこせ!」


「はっ、ただいま!」


 赤毛の騎士が、団旗の下にかけられていた大剣を取る。

 フィニスは自分の足下から顎まである剣を受け取ると、なんと、私にぶん投げてきた。


「うわっ!!」


 とんでもない重さと長さだ。とっさに受け止めるものの、私は思いっきりよろけてしまう。

 周囲からは、少しほっとしたような笑いが出た。

 フィニスはよく通る声で告げる。


「それがわたしたちにとっての『振り回しやすい棒きれ』だ。騎士は魔法動物の力を借り、その剣を振り回す。いくらセレーナが剣の手練れだとはいえ、魔法動物なしの細腕では持ち上げることもできまい」


「なるほど。これが第一の試験、ということですか?」


 私が問うと、フィニスは浅くうなずく。


「お前は鋭い。騎士剣を持ち上げられない騎士では格好がつかないからな。まずはその重みを知り、わたしたちの――」


「フィニスさま、持ち上がりましたーーーっ!!」


「……なぜ?」


 素に戻るフィニスさま、最高尊い。

 きょとんとした彼を目に焼きつけながら、私は鞘がついたままの大剣を軽く振って見せた。


「重いは重いですけど、さすがフィニスさまの剣。バランスがいいですね。コツさえつかめば、短時間ならいけそうです!」


「いや、だから、なんで持てる? 腕力でないとしたら……ひょっとして、魔力か!?」


 はっ、とフィニスの顔が険しくなる。

 私は慌てて首を横に振った。


「まさか! 魔法動物なしで魔法武器なんか使えたら、即『楽園』行きです。そうじゃなくて私、毎夜こっそり筋肉を鍛えてましたから!」


「毎夜こっそり、筋肉を」


「はい! 服は体形が目立たないよう、うちの仕立屋が頑張りました。このへんとか、このへんとか。肩が目立つドレスを着ると結構すごいんです、私。最近流行らないからお忘れかもしれませんが、魔法なしのレイピアって意外と重いですし」


 特別仕立ての騎士服のあちこちを指さしながら解説する。

 実家での筋肉修行は我ながら涙ぐましいものだったが、そうするにはわけがある。


 フィニスが仕える『帝国』は、六門教魔法使いたちの守護国だ。

 魔法使いなくして帝国はなく、帝国なくして魔法使いたちもない。

 フィニスたち帝国騎士団は、『智』を統べる魔法使いの騎士として、彼らの住む『楽園』島を『武』で守っている。ゆえに、帝国騎士団は魔法武器が使い放題。

 フィニスの大剣も、黒狼から魔力供給を受けたフィニスが振り回せば、きっと羽のように軽い。


 そんな中で、私は、ただの鉄の武器を振り回せる人間でいたかった。

 私の使命はフィニスの守護。

 もしも彼が魔法使いと敵対し、魔法武器を全部使用不可にされたとしても、戦えるようにしておかなくちゃ。


「そういうことか。ならば失礼なのはわたしのほうだった。すまない」


 最高に性格のいい私の推しが謝罪したので、私は慌てて手を振った。


「謝らないでください、私のことなんかそのへんの小石の裏の土の中の発芽しないで死んだ種くらいに思っておいてください。でないと尊さで砂粒になります」


「なぜ。――とにかく、お前の力はわかった。わたしも本気で行く。お前もここは、自分のレイピアで戦ってはくれないか? わたしは、お前の本当の力が見たい」


 どこまでもまっすぐなフィニスの言葉。

 私は深々と神を拝む仕草をしながら答える。


「ありがたいお言葉。断れません」


「そうか」


 フィニスがかすかに笑ってうなずく。

 私が剣を返してフィニスに相対すると、途端に、辺りの空気が熱くなった。


 どん、どん、どどん。


 誰からともなく、騎士たちが鎧の胸当てを拳で叩き始める。まるで戦のための太鼓みたいだ。

 それを聞くと、騎士に添う狼たちも赤い瞳をぎらつかせて遠吠えを始めた。

 戦だ。始まる。

 最推しとの、一戦が。


「――では、試合を開始いたします。よろしいですか? 双方、離れて。セレーナさま、あと一歩、後ろへ。そうです。


 ……始め!!」


 うずまく熱気の中で、銀髪の騎士が軍旗を振る。

 さあ、今こそこの十四年の成果を見せるとき。

 私はすらりと細身のレイピアを抜いた。

 背が低い私が戦うには、間合いが狭い武器は不利だ。

 華麗な装飾つきのレイピアは長く、重い。

 先端には革のカバーをつけるが、一歩間違えたら流血沙汰になる。

 フィニスは優雅に後ろ手を組み、じっと私を見ている。


 ――怖い。

 正直、怖い。


 見られているだけなのに、隙が無いのがわかる。

 どう踏みこんでも勝てない気がする。

 でも――突っ立っているのは、一番の愚策。


「っ――!」


 私はひと思いに踏みこんだ。

 一歩、二歩。

 思い切り膝を沈ませ、肩の可動域をぎりぎりまで使ってレイピアを突き出す。

 狙うはフィニスの胸。人体において、一番動きが鈍いところ。

 フィニスは動かない。

 ――のに、外した!?


「嘘」

 

 心の中でつぶやく。

 うろたえそうになる心をねじ伏せて、素早く二撃。三撃。

 やっぱり当たらない。これは、避けられてるんだ。見えないくらい最小限の動きで、避けられてる。

 普段でかい魔法剣なんか振り回してるから大振り剣法かと思ったけど、フィニスは体の使い方がものすごく上手い。正確で、速くて、無駄がない! さすが! 最高! 大好き!!


 待って。落ち着いて。萌えてる場合じゃない。

 あと、勝つ必要もない。力を見せられればいいんだ。

 あなたを守れる力がある、と――。


 ぱっと後ろに引いて私が一息入れたとき、ふ、とフィニスが動いた。


 ――今だ。


 鋭く突く。やっぱり当たらない。でも、今までより近い!

 このままレイピアの刃を返す!

 このまま、フィニスの顔を横薙ぎに……!!


「あっ!!」


 ばっっっっっかじゃないのか、私!!

 推しの顔に傷つけてどうする!

 レイピアの安全カバーは切っ先にしかついてないのに!


 全身が水をかぶったかのように冷え冷えとした。

 次の瞬間。

 フィニスの姿が、消えた。


「え?」


「勝負あった」


 下から、骨まで震え上がるような美声がした。

 続いて、レイピアの刃が下から掴まれる。

 あんまりに美しい、黒革の手袋に――。

 フィニスはわざと隙を見せて私を誘い、私の一撃を華麗に避けて、身を沈めたのだ。

 つまり、今、彼は私の間合いの中、足下にひざまずいていて……。


「無理ッ、近っっっっ!!!!」


 私は叫ぶと同時にレイピアを捨てた。

 無理無理無理無理近いって近すぎるって、不細工と言われたことはないけど、下から見た顔には全然自信がないんだって! 鼻の穴とか毛穴とか推しから全部見えるの、無理っ!

 錯乱した私は超高速で自分のマントをひらめかせる。

 その陰に隠れ、素早く片袖をまくった。


「セレーナ……ん?」


 推しが私のマントを掴み、私に手を伸べる。

 その麗しい額に、ひゅっ、ぺちん……と、やわやわのゴム矢がくっついた。


「……何?」


 フィニスは怪訝そうに額からゴム矢を引っぺがす。

 先だけをゴムの実の汁を固めたものに変えてあるが、れっきとした矢だ。

 そいつは、私の袖に隠してあった折りたたみ式超小型石弓から発射したもの。


「お願いです、フィニスさま。顔がよすぎるので、もうちょっとだけ距離を取ってくださいませんか……」


「しかし、試合だからな。というか、ひょっとして、これが当たったということは、わたしの負けか」


「あれっ、そういうことになります?」


 私とフィニスは顔を見合わせ、少し困り顔になって審判の銀髪騎士を見た。

 銀髪騎士は小さく肩をすくめる。


「前例はありませんが、そうなりそうですね。どんな手段でもいいって言っちゃったのはフィニスさまですし。っていうかセレーナさん、なんで石弓なんか仕込んでたんです?」


「そりゃ、フィニスさまを守るのに手段選んでる暇はないからです。実は他にも色々と」


 私が幅広のベルトの裏や、マントの襟や、ボタンや、様々なところに仕込んだ暗殺用武器を見せると、騎士たちの間には「うわぁ」という空気が広がった。

 そんな中、赤毛の騎士だけが鋭く叫ぶ。


「反則じゃねえとしても、卑劣だ!! そいつは根性が腐ってる! 騎士団の掟、その一! 騎士団員は常に高潔であらねばならない! この掟を忘れたわけじゃないだろうな、みんな!!」 


 卑劣、と聞いて、周囲の騎士たちもざわめき始める。

 赤毛の騎士はぎろりとフィニスさまを睨んでつめよった。


「フィニスさま、俺はあなたを信じたい。騎士団のためにも、あなたのためにも、卑劣さを団内に招き入れないでください」


 この騎士、言っていることは完璧正しい。正しすぎて私が反論する余地はない。

 さて、フィニスはどうするだろう。

 私は少しだけ不安な瞳をフィニスに向けた。

 彼はしばらく赤毛の騎士を見つめたのち、静かに口を開く。


「確かに、彼女の卑劣さは騎士団向きとは言えない」


「だったら、」


「だが、同時に彼女の柔軟さは、わたしと騎士団に必要なものだと判断する」


 大きな声ではなかったが、重みのこもった声だった。

 赤毛の騎士は口を半分開けたまま、ぽかんと黙りこむ。

 私はしばらくぼうっとしていたけれど、これって、つまり、ひょっとして……?


「あの、フィニスさま。私……」


「お前の、わたしを守りたいという気持ちは真実と見た。――入団を許可する。」


 フィニスは厳かに言い、へたりこみかけた私に手を伸べた。

 貴婦人にするようにではなく、仲間にするように、無造作に。

 

「尊い。限界」


 つぶやいた直後、私はばったりとその場に倒れた。


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