第11話 故郷の味は、明日の騎士団の味です!
「うわ、なんで泣いてるんですか、あなた。今日もわかりづらいですね」
トラバントが呆れて言う。
私は騎士服の袖で、顔をごしごし拭いた。
「気にしないでくださいっ、泣きながらでも料理は出します! 私の料理は、食べる直前に仕上げするやつでして……こうして蒸留酒をかけて、っと。はい!」
喋りながら、ひらべったい器の中身に蒸留酒をかけ、よく燃える小枝で火を付ける。
ぽんっと青い炎が燃え上がり、ひえっと騎士たちから悲鳴があがった。
「このくらいの火でおびえなーーい。今悲鳴あげた方々、鎧着用で腕立て伏せ決定で~す!」
無慈悲なトラバントの宣言に、今度はうめき声があがる。
私は火が消えるのを待って、フィニスの前に大皿を置いた。
ふわっと蒸留酒の香気が立ち上り、そこに軽い焦げの香ばしさと、ふんわりした甘さがからまる。
フィニスは長いまつげを伏せ、私の皿に顔を近づけた。
「これは……なんだ? 焦げたつぶし芋に見えるが、香りが全然ちがう」
「匂い嗅いでるだけで美しいフィニスさま、マジ国宝。これは『卵クリーム焼き』。私の故郷のお菓子です。この辺りで採れた旬のベリーを添えてどうぞ」
「芋ではなく卵クリームか。ふむ、表面が薄い氷のように固まっている。その下はどこまでもなめらかなクリーム。これは………………冬が終わって厳しい氷がゆるみ、次々に目覚めた春の妖精が枯れた木々を花盛りに変えていくかのような華やぐ優しさ。今にも舌の上で妖精たちの歌声が聞こえてきそうだ」
「ぶっふぉ!! ふぃ……フィニスさまが、詩を!! 月並みレベルの詩を、詠めている!?」
思いっきりお茶を噴いたトラバントが真っ青になって叫ぶ。
ザクトも負けず劣らず青い顔で、私とフィニスを交互に見やる。
「まさか……そんな……!! なんか怪しいキノコでも入れたんじゃないのか!?」
「ふたりとも、もっとフィニスさまを信頼してください!!」
私が叫ぶと、ザクトは今度は私を見てぎょっとした。
「うっわ、どうしたんだセレーナ、お前も今にも倒れそうな顔色だぞ!!」
「私は私の料理を食べるフィニスさまに萌えてるだけです、通常営業です!!」
「気持ち悪いですね~黒狼騎士団がどんどんフィニスさま信者の集いになっていく~~。それにつけても、フィニスさまの、詩……僕がどれだけ指導してもだめだった詩が、こんなことで……」
トラバントまでが暗い顔になってくる。
もはや明るいのは卵クリーム焼きをもぐもぐしているフィニスだけだ。
「顔色が悪いそこの三人、この料理を試してみたらどうだ? 優しい甘みで子どもから老人まで元気が出そうだぞ。特に、この薄ら氷のような表面の味がいい。ほろ苦さの奥から凝縮された甘みが顔を出す、この深みがあるからクリーム部分も飽きずに食べられる。ぱりぱりと砕いて食べる感触も面白いし、酸味のあるベリーとの相性も驚くほどいい」
「……今のお言葉、私の心の宝物殿に飾ります、黄金の額に入れて。今すぐ死にたい……」
心の底から、私はうめく。
……いやいや。
……いやいやいや、待とうよ、私。
確かにしあわせの絶頂で死にたい気持ちはある。
正直めちゃくちゃあるけど、今世の私の役割は『一年後のフィニスの死を、どうにかして回避すること』なのだ。
そのための男装。
そのための騎士。
そのための盟約。
忘れちゃだめだ。
「セレーナ、そもそも、なぜ菓子を作った?」
フィニスの問いに、私はどうにか気を取り直して答える。
「単に、昼ご飯のあとだったからおやつかな、と思って。あと、調理担当さんたちに聞いた限りでは、ここの定番お菓子は揚げ物が多くて重いなとも感じました。ちょっと初夏向きじゃないな、と。私の故郷のアストロフェ王国には軽いお菓子もたくさんあります。これは材料も少ないし、気に入ったら定番化してもらえるかもっていう下心がありました」
「ザクト、聞きましたか? これが常識と気遣いというものです」
「うっせー!! 常識と気遣いが食えるかよ!!」
「そういうところが子どもなんですよ、あなたは!! 食えるものだけで世界が成り立ってると思ったら、大間違いですよ!?」
トラバントとザクトは怒鳴り合っていたが、フィニスは一切気にせず続けた。
「確かにこれならいつの季節でも美味そうだ。それぞれの季節の果物やクリームを添えたら変化もつくし、みな喜ぶだろう。そういえば、あの枯れたマメはどうなったんだ?」
「枯れたマメ――ああ、糖蜜マメのことですか? あれは香りづけのハーブだから取り出しました。このお菓子のあま~い匂いはあれのおかげです。私、小さいころからこのお菓子が大好きでして。台所に忍びこんではねだって作ってもらっていました。それで作り方も覚えて、こっそりこっちでも作ろうと、糖蜜マメも持って来たんです。なくても美味しくできるんですけどね」
「そうか。貴重なものを頂いたな。ごちそうさま」
「うわ~、フィニスさま、十人分くらい完食してるじゃないですか。これはもう勝負ありましたかね」
トラバントが少し嬉しそうに言う。
とっとと勝負がつきそうなのでうきうきしているんだろう。
ザクトは?
おそるおそる見ると、ザクトは見るからにしょぼくれている。
彼の狼が、心配してふんふん顔を嗅ぎに来ているくらいだ。
フィニスは丁寧に口元をぬぐうと、立ち上がった。
「ザクトとセレーナの決闘、たった今、勝負はついた。この勝負――――引き分けだ」
「あっ……」
「え、えええええええ!?」
声を抑えたのが私、思い切り叫んだのはザクトのほうだ。
ザクトは目をまん丸にしてうろたえ、狼の首をぎゅうぎゅう抱きしめながら叫ぶ。
「な、ななななななんでですか? やっぱり絆ですか? 俺とフィニスさまの絆がそうさせたんですか?」
フィニスは錯乱するザクトと私の間に立ち、双方の手を取った。
フィニスの手は革手袋の上からでも筋張っているのがわかり、大変えっちである。
手の甲をガン見する私をよそに、フィニスは堂々と言い放った。
「ザクト、お前はわたしとの過去を料理にした。セレーナ、お前は騎士団の未来を見据えて料理を作った。過去と未来、どちらも騎士団に必要なものだ。片方ではいけない。どちらかが重く、どちらかが軽くてもいけない。ゆえに、この勝負は引き分けとなる。異論は許さない」
彼の声が響くと、自然と騎士たちの背筋が伸びる。
フィニスには威厳があった。
それだけじゃなく、愛、みたいなものもあった。
彼の手にぎゅっと力がこもる。その力は私の手に染みこみ、すぐに全身があったかくなった。
すきだ。
あなたがすき。
――フィニスさま。
「一生、推せる!!!!!!」
私が最大音量で叫ぶと、騎士たちもつられて「おおーーー!!」「推すぞー!!」と声をあげた。
乗り遅れたザクトが、慌てて怒鳴る。
「ばかやろ、俺は生まれ変わっても推すからな!!」
「だったら私たち、仲間だね! ねえ、ザクト。私たちの気持ちはまったく同じじゃないかもしれないけど、一緒にフィニスさまを推すことはできるんじゃないかな」
「嫌だ!! だってお前、女だもん!!」
ザクトがむきになったので、私は驚く。
彼が気にしているのは、そこだったのか。