第10話 萌えと絆の、料理対決です!
「さて、盛り上がって参りました! いえ、僕自身は一切盛り上がってませんが、とにかくお祭り好きの騎士団は最高に盛り上がっている! これより、黒狼騎士団第一部隊隊長、ザクトと、謎の叫びがうるさい新入り、セレーナの決闘が始まります!!」
トラバントが叫ぶと、中庭に集った騎士たちが「おおーーーー!!」と、野太い声を上げる。
朝食の席で決闘が決まった三日後の昼下がり。
ザクトの第一部隊の休日にあわせて、私たちの決闘が行われることになった。
中庭に用意されたのは二本の剣……ではなく、二台の長卓と、調理道具一式だった。
私とザクトは長卓を挟んで向き合い、卓と卓の間にフィニスとトラバントの席がある。
他の騎士たちは中庭の周りや、渡り廊下からにやにや見下ろしていた。
「騎士団内での決闘は血を流すものであってはならない、とされている。ゆえに今回の決闘は、料理対決という形で執り行う」
物静かに告げたのはフィニスだ。
彼の声は小さくてもよく通る。むしろ耳から突き抜けて心臓にどすっと刺さる。
今日も私の推しは最高だ。
「料理対決、上等です!! 相手は女とは言え公爵家のお嬢さん。自分で料理をする機会なんかほとんどなかったに決まってます。対して俺たちは、戦場で煮炊きするための訓練も怠ってはいない! いいか、セレーナ。恥をかく前に降参するなら今だぞ! ……おい! 聞いてるのか、セレーナ!!」
「聞いてます! 聞いてますけどフィニス様から目が離せません!」
「おまっ……! そんなところでフィニス様愛を主張するとか、あざといんだよ! 戦場でフィニス様の顔に見とれてたら足手まといだろーが!!」
「フィニス様の顔を見ていれば無限の力が湧いてきますから、むしろ千人力なのでは!? っていうか今日のフィニスさま寝癖がついてるんですよ!! あのさらっさらの黒髪に、貴重な寝癖の跡があるんです!」
「マジかよ、どこだ!?」
さっとザクトの顔色が変わり、今にも卓を乗り越えそうになる。
それを見たトラバントが、ものすごくうっとうしそうに叫んだ。
「位置につかないと失格にしますよ! 僕はとっととこんなことは終わらせて、自室で詩を作りたいんです! ほらほら、位置について! はいー、始め!!」
「くそっ、寝癖……! 寝癖を俺の手で直したかった……っ!!」
泣きそうな顔で、それでも猛然と料理にかかるザクト。
私もどうにかフィニスから視線を引き剥がし、作業を開始した。
最初は中庭で調理なんて出来るのかな? と思ったけれど、始めてみると不自由はない。元々騎士団にはどんなところでも炊き出しが出来るよう、持ち運びできる簡易かまどの備えもあったし、みんながそこらへんの石でかまどを作る技術も持っているみたいだ。
「本日、解説はこのトラバントが務めます。どちらもなかなか順調な滑り出しですね~。負けず嫌いのザクトくん、いきなり猛烈な勢いで小麦粉を練り始めました。パンを焼くには時間が足りないと思いますが、何を作る気でしょう? 正直嫌な予感しかしません」
「お前は悲観的だな、トラバント。ちなみに、わたしの寝癖ってどこだ?」
「あれだけセレーナとザクトが喜んでるんですから、そのままにしといたらどうです? お~、ここでザクトが取り出したのは……岩山羊のチーズですね~。結構いいやつを調達したようで、どや顔で見せつけてます。個人的には岩山羊のチーズは癖があって苦手です。匂いに反応して狼たちはめちゃくちゃ盛り上がっていますが」
「チーズは腐ってなければ大体美味い。セレーナは牛乳を使っているな」
「セレーナは……うーん、牛乳に枯れたマメを入れて煮てますね。あれは食べ物になるんでしょうか?」
「枯れているだけだろう? だったら多分、わたしは食える」
「わかりましたよ~。団長が料理対決の審査員としてはサイテーだということがわかりました」
どんどんやけっぱちになるトラバントの解説に、騎士たちはゲラゲラ笑う。
そんな和やかな雰囲気の中、制限時間が来た。
「はーーーーい、そこまで! 料理勝負終了です! それでは手を止めて。試食の準備に入ってくださーい」
「フィニスさま。俺、あなたなら、これにこめられた俺の気持ちをわかってくださると信じています」
ものすごく真剣にいうザクトは、見るからにキラキラしている。
フィニスは座ったままザクトを見上げ、あっさり言った。
「料理なしでも、お前の気持ちは知っている。ずっとだ」
「――――――――!! 心臓が……!!」
さっと青ざめてザクトがしゃがみこんだので、私は飛び上がって叫ぶ。
「ザクト! 大丈夫!? 今のは致命傷なんじゃない!?」
「来るな! 寄るな! お前なんかに俺の気持ちはわからない……!!」
「本気でそう思ってるの、ザクト!? むしろ私にしかわからないと思うよ、その気持ちは!!」
「それでも来るなーーー!! 俺は死ぬときはひとりで死ぬー!!」
叫びあう私たちを見て、フィニスがトラバントに囁きかける。
「トラバント、救護班が要るんじゃないのか」
「嫌だな~こんなことで救護班出すの嫌すぎるな~~。ザクト、とっとと立ちなさい。さもないとセレーナの不戦勝にしますよ」
「っ、くっ、死んでも立ちます……!!」
血を吐くような叫びと共に、ザクトがよろよろと立ち上がる。
周囲はおお、とどよめき、私は感動して拍手を送ってしまった。
「では、手早く試食に移るとするか。これは……」
フィニスが陶器の蓋を開けると、ふわっと美味しいにおいの湯気が辺りに漂った。
少しくさみのある、濃厚なチーズと旨みたっぷりのスープの匂い。
背伸びして見てみると、椀の中には金色の脂が浮いたスープがなみなみ入っていた。
見るからに美味しそうなスープの中に浮かんでいるのは、ぷっくり膨れた白い小麦粉の練りもの。ザクトがせっせと練っていた小麦粉は、パンじゃなくてスープの具だったんだ。
「東方風の団子スープだな。七年戦争のときによく食べた。この薄い生地の中に、岩山羊の肉を細かくしたものが入っていて、雪の行軍の後には文字通り生き返ったものだ――ん。しかも、これにはチーズが入っているのか」
フィニスはスプーンで団子をすくい取り、半分かじって感心した声をあげた。
肉の旨みにチーズの旨み、さらにこの匂いは香り茸を使ってる気がする。うわ~、口の中が唾でいっぱいになってきた。ものすごく美味しそう。
フィニスがぱくぱく食べ始めたのを見て、ザクトはものすごく誇らしげになった。
「はい! 岩山羊肉と喧嘩しない岩山羊チーズを入れて、くさくなりすぎないように香り茸と一緒に煮こみました。きっと団長は、この味で俺のことを思い出してくださると思って作ったんです」
「この料理で、ザクトのことを?」
「はい! 七年戦争に従者としてついていったとき、俺がこれを作って、フィニスさまが絶賛してくださったじゃないですか? あれが、俺がフィニスさまに名前を覚えてもらった最初の瞬間でした。だから、勝負にはこれしかないと思ったんです。この料理は、フィニスさまと俺の絆の料理です」
ザクトは言い、ちらっ、ちらっとどや顔で私を見てくる。
なるほど、そういうことだったのか。
私は、もやっとした不安が胸に広がるのを感じた。
ザクトは上手い。勝負どころをわかっている。
現世でも、前世でも、女はフィニスの人生の脇役でしかない。
味覚は思い出に引きずられるものだし、こんな重い過去を持ち出されたら、私に勝ち目なんかない……。
「なるほど」
フィニスは、団子を呑みこんでうなずく。
ザクトの顔はますます明るくなった。
「やっぱり覚えていてくださいましたか!」
「忘れていた」
「へ」
ザクト、固まる。
は、はわー……。
わ、わわわわあ……。
ほ、ほんと? え、ほんと? 渾身の思い出料理が空振り?
こ、これは、ショックなのでは……? フィニスもちょっと薄情では?
私は息を呑んで見守る。
フィニスはスプーンを置くと、静かに立ち上がって言った。
「あのときは山ほど同じ料理を食べた。そのひとつひとつは覚えていない。だが、わたしと食べたこの料理を大事な思い出として抱えて、ここまで共に戦ってきてくれたお前を、誇りに思う」
「フィニスさま……」
「お前の思い出、確かにいただいた。もう二度と忘れない」
「フィニスさまーーーーーーー!!」
ザクトはあっという間に涙目になり、卓を挟んでフィニスに抱きついた。
は~~……よかった……よかったよぉ、ザクト。
おめでとう、おめでとう!
今度こそ本当に推しに認知されておめでとう!
あなたの挑戦は完璧に尊いやつだったよ……!!
私は思わずもらい泣きしてしまったが、トラバントはとてつもなくクールだった。
「熱い感動の結末でしたね。個人的には、初夏にこんな真冬の料理を出してくる奴の気が知れません。しかも昼飯食ったあとですよ? 気遣いというものが足りませんね~。個人的には零点です。さ、次はセレーナの番ですよ。絆の料理に、あなたは何で対抗しますか?」