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タナトスの嗤い声が聞こえる

作者: 曲尾 仁庵

馬鹿な奴だと罵るだろうか


ふざけるなと、怒るだろうか


どんなに言葉を重ねたところで、


言い訳にもならないとわかっている


今ならまだ引き返せる


全てを冗談にして


笑ってお終いにできる


この道は


昏く冷たい地獄への道


決して報われることのない


破滅へと向かう道


他に道はいくらでもある


幸せに続く道は


迷うことさえあり得ない


幸せと不幸の二択


でも


それらの道のどこにもないものが


この道にだけ存在する


全てを失っても


何を犠牲にしても


構わないと思ってしまった


この愚かな選択を


きっと私は後悔するのだろう


許されぬ罪に身を裂く日々が


必ず訪れるのだろう


それでも私はこの道を行くのだ




この道の先に


貴方と並んで歩く私がいる




貴方が笑っている


私が手を触れる


今、境界を越える


戻れない


ああ、耳元に


タナトスの嗤い声が聞こえる


「なにサボってんだよ」


 木陰で寝転んでいる桜井陸に、早瀬翼は呆れたように声を掛けた。陸はゆっくりと目を開け、そして大きくあくびをした。


「監督にどやされるぞ。アイツ最近カリカリしてっから」


 知ってるよ、と心の中でつぶやき、陸は上半身を起こした。気怠げに伸びをして、立ったままこちらを見る親友を見上げる。妬ましいほどに均整の取れた身体。走るために生まれてきたような男。その名前にふさわしく、翼はまるで空を飛ぶように軽やかに走る。


「なんだよ」


 怪訝な表情で、翼は陸を軽く睨む。陸はどこかぼんやりとした表情で口を開いた。


「もし、タイムが一分縮まる魔法をもらえるとしたら、どうする?」

「は? あるわけねぇじゃん、そんなの」


 頭大丈夫か? とでも言いたげに、翼は眉をひそめた。


「例えばだよ。もしそんな魔法があったらもらうかってこと」


 言葉と裏腹に、陸の声音はどこか切実な響きを帯びている。翼もそれを感じ取ったのか、腕を組んで考えるような仕草を見せたが、すぐにきっぱりと答えた。


「いらね」

「なんで?」

「だってズルじゃん、そんなの。実力で勝たなきゃ意味ないだろ」


 当然だろう、翼の瞳はそう言って真っすぐに陸を射抜いた。陸は少し目を細める。翼は正しい。まぶしくて、直視できぬほどに。


――俺はお前の、勝ちにこだわる貪欲さを買っている。


 陸はそっと右のポケットの中にあるものに手を触れた。そこには冷たく硬い感触の『魔法』がある。


――次の地区予選で結果を出せ。できなければ、ここにお前の居場所はない。


「なぁ、これ、何の話?」


 不安を含んだ訝るような親友の声に、陸は我に返る。そして冗談めかした表情を作り、殊更に明るい口調で言った。


「夢の話だよ。そんな夢を見たって話」


 翼は安堵したように「くだらね」と息を吐くと、陸に手を差し伸べる。


「ほれ、立てよ。魔法なんてないんだから、走るしかないだろ」


 屈託なく翼は陸に笑いかける。翼は疑いもなく信じているのだろう。努力をすればした分だけ、必ず報われるのだと。その信念は正しい。それを裏付ける才能さえあれば。


 対等でいたい。同じ景色を見たい。隣を並んで走りたい。望むのはそれだけだ。勝ち負けなどどうでもいい。ただ、傍らにいることができればいい。


 陸はやや皮肉を含んだ微笑みを浮かべると、


「そうだな」


 そう言って翼の手を取った。


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