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前世・悪役令嬢モノ

わたくしの唯一の理解者様

作者: 佐田くじら

お久しぶりです。


「マリー、貴様との婚約は破棄する!」



殿下がパーティーで、唐突にわたくしにそう言った。

まあ。幼き日から続いてきた約束ですのに随分なことですわ。



「そして、シー男爵家のローズを新しい婚約者とする!」



シー男爵家?あら、あそこの当主様は随分と後ろ暗い噂があったような気が致しますけれど。


まあどうでも良いことですわ、それは。

子が必ず親に似るとは限りませんものね。


…っといけませんわ。


わたくしは、馬鹿みたいに()()()()()()()()()()()のでしたわ。




「なぜです、殿下!何故そのような下賤な娘を!」

「黙れ!何が下賤だ!」



…下賤は言い過ぎだとしても、王子の相手に男爵令嬢というのはどうかと思いますね。



「貴様、そのようなことを理由にしてローズを虐めたそうだな!」



確かに、そんなこともごさいましたわね。

ワインをかけたり、すれ違ったときに睨んだり。



「公爵令嬢であるはずの貴様がそのような行為を行うから、

 貴族の奴等も罪を犯すのだ!よって、貴様は見せしめに公開処刑にする!」



ざわざわ。


パーティーの参加者の方々がなにやら話しておりますわね。

ああ、煩い。イライラする。


そもそも、公爵令嬢が男爵令嬢を少し虐めたくらいで断罪なんてどう考えてもおかしいですわよね。



……好都合ですけれど。



「そのまま、牢に連れていけ!」

「いやですわッ……! 放しなさい!」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






わたくしには少し特殊な能力がありますの。

それは、人の心の声が聞こえることですわ。

それも、悪意のこもった声のみ。


小さな頃からわたくしの耳は、勝手にわたくしへの悪意を拾い続けました。

これには、かなり辟易しましたわね。

わたくしが少し失敗しただけで、親や手伝いのメイドから口々に非難されるのですもの。


思い出せないくらい遠い昔は、悪意の聞こえないような完璧な人間になろうと思いましたわ。


しかし、それはすぐに諦めました。


だって、頑張るほどに手厳しく評価されるし、当たり前のように嫉妬されるのですもの。


馬鹿らしすぎて、嫌になりますわ。


同時に、わたくしは自分の能力の真理を理解致しました。

わたくしの能力は、悪意は拾えど善意は拾えないこと。

質の悪い能力は、皮肉が過ぎるほどにわたくしにお似合いですわね。


だから、わたくしは諦めて別の方法を選びましたわ。

ズバリ、どんな人間にも非難される人間になるのです。


これは、完璧になるよりもずっと楽でした。図々しく嫌らしい、最低の人間らしく振る舞うことはなかなかに難しいですが、要は人から嫌われれば良いのですもの。


そして一番大切なスパイスは、自分を嫌いになることですわ。


自分をいっとう嫌いになれば、自分が人にどれだけ悪意を向けられても平気でいられますもの。


でも、自分を嫌いでいるのもなかなかに大変で、なんというか、生きているのが馬鹿らしくなるのですわ。


だからわたくしは、早めに人生を終わらせることを希望してました。

まぁ、どんな人間にも非難される人間になってれば、遅からず殺されそうですけれどね。


取り敢えずそんな訳で、わたくしは今牢屋におりますわ。

…もうすぐ処刑されると思うと、久しぶりにワクワクしますわ。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






おかしいですわ。

もうあれから一月も経つのに、全く音沙汰ありません。


流石に変ですわ。



コンコン



!! ノック音!



「どなた?」




わたくしは厳しく冷たい声を出した。

一月牢に入っていたとはいえ、情けない声を出すことはわたくしの矜持が許しませんわ。




「こんにちは」

「…何の用ですの?」




入ってきたのは、隣国の王子だった。

パーティーでも無関心な目をしてたひと。

わたくしが、心の声を聞くことが出来ないひと。


わたくしにとって純粋に、恐ろしいひと。


だって、大抵の人間はわたくしに悪意を向けるのだもの。


ここまでわたくしに無関心な、それこそデクノボーのような人間は初めて会ったのですもの。


彼がここに入れられたことは、王子だから不思議には思わないけれど。

何故、彼はここに足を運んだの?




「君は、生きるのって楽しい?」

「はあ?」




いけない。王子に対してうっかり反抗的に話してしまったわ。

彼が変なことを聞くものだから。

まあ良いのかしら。わたくしはもうすぐ処刑される筈だもの。


でも、彼の言っている意味が良くわかりませんわ。



「君はさ、連行されるとき、放してって言ってたでしょう?」

「そうね」

「放して貰えたら、何をするつもりだったの?」

「……」



あれは、演技で言ったのだけれど。


……もし、放して貰えたら?適当に逃げて、適当な暮らしを続けてたのではないかしら?


なに?

わざわざ牢まで訪ねてきて、用件はそれですの?



「不思議で堪らないって顔だね?」

「……何のつもりですの?」



意味の分からない質問の意図を探るつもりで、わたくしは彼を見た。

しかし。


聞き返した彼の瞳は、ひたすらに虚空。

ガラス玉のような生気のない瞳に、ゾクリとした。



「君はいつも、刹那的に生きているでしょう?」

「どういうことですの?」

「だから、いつも自分勝手だってこと」



自分勝手?

わたくしが?



「あなたにわたくしの何が分かるの!?」




気づいたらそう叫んでいた。

そうだ、わたくしの何が分かる。


頑張っても報われない。

両親でさえも好きになることが出来ない。


彼にわたくしの痛みがわかるものか。



「分かるよ。君が自分勝手で、刹那的で、享楽的に生きているってことは」



何を。



「そんな目で見ないでよ。君は自分勝手にその場を凌いでいきていたでしょう?分かるよ、僕も。同類だから」



「ふざけないで!」




わたくしはとうとう泣き出していた。


やっと死ねると思ってたのに。

何故、今になって責められるの。




「……なんで泣くの?」



理解出来ないとでも言いたげな様子だった。

……彼のような人には、わたくしのように短絡的な人間は実に滑稽に映るに違いない。


しかし、わたくしの考えとは逆に、彼の手が優しげにわたくしの涙を牢越しに拭った。


でも、彼の声は平坦で、顔は酷く冷たく感じる無表情。



「君は自分から死のうとは思わなかったの?」

「そんなこと思うなんて……」



あり得ない。そう言い掛けて、口をつぐんだ。

…確かに、わたくしは自殺をすればよかったのですわ。


何故、こんな簡単なことが思い付かなかったのですの?



「ほら、それが君が自分勝手であることの証拠だよ。

 他人に殺して貰って楽になろうとしているところ」



う……っと言葉に詰まる。

彼の言葉は、確かに正しい。


でも、認めたくなくていい募る。



「そうやって人を侮辱して!あなた、同類と言いましたわよね!?

 あなたはどうなのですの!?」



こんな、無表情で人を追い詰めるのだから。

きっと彼も自分勝手なのだという確信があった。


馬鹿なわたくしは、もう相手が目上の人間だということは頭から消えていた。




「僕?」

「そうですわ!あなたもどうせ、世間に絶望して、粗略な人生を

 送ってるのでしょう!?」


「……さあ」



彼はふっと笑った。

見惚れるような、得体の知れないものを垣間見たような感覚だった。



「確かに、今の僕の状態は王としても王子としても相応しくないかもね。

 でも、みんなが言うには、心の読める僕はこの上なく王に相応しい

 らしいよ」



わたくしは彼の言葉を聞いて唖然とした。

…心が、読める…。


じゃあ、わたくしが彼の心が分からないのは、そのせい…?



「僕は心が読めるからこそ、何にも関心を払わないようにしてたんだ」



彼の話を聞くと、彼は悪意のある声だけでなく人の思ったことが全て分かるらしい。


それはきっと、わたくし以上に大変だったに違いない。



「でも、君が断罪されるときに、君の心だけは分からないことに気づいたんだ」



今までに何度か顔を合わせていたのに、そこで初めて気づいたのですか。


それは……彼が如何に周りへ無関心を貫いたのかよくわかりますわね…。



「それで、思ったんだ。君が自分勝手なのは僕と同じ理由なんじゃって」

「……」


「だから、聞いてみようと思った。刹那的に今を生きる君は、どれくらい

 不幸で、どれくらい死にたいのか」

「……」


「僕と道を違えた君は、何を考えているのかって」



……わたくしは、そこまで深く考えたことは無かった。

ただ、周りの悪意を忘れられる方法を取っただけ。


……確かに、彼から見ればわたくしは遥かに享楽的で、子供なのかもしれない。



「でも君は、思いの外まともな精神状態だったね。まだ死にたくないんだ?」




彼はそう言ってクスリと笑った。

年相応の、いたずらっぽい笑み。

不思議と鼓動が速くなった。



「あなたは、死にたいのですか?」

「僕? 僕は王族だから、死ねないよ?」



…その言い様だと、王族でなかったら自殺してたみたいですわね。

まあ、甘いわたくしと違って彼なら躊躇なくしそうですけれど。



「ねぇ、アンモ様」

「なに、マリー」



何気無く気安げに彼の名を呼ぶと、彼は何とは無しにわたくしの名を呼んで返してきた。



「ここから出して下さらない?」

「…いいよ」



ガチャン。


一月わたくしを縛った檻は、彼の持つ鍵によって呆気なく開いた。

刹那、わたくしは彼に抱き付いた。



「わたくしはあなたについていきたいですわ」

「…単なる傷の舐め合いなのに?」

「あなたといると、楽しそうなのですわ」



……唯一の、愛しい理解者様ですもの、ね。




こうしてわたくしは、彼の妃となった。

反対する人間に対抗するだけの能力(チカラ)を、幸か不幸かわたくしたちは生まれもっていたから。

相も変わらずわたくしの耳には悪意が流れるけれど、不思議と気にはならない。



何故でしょうね?

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