2.睡魔さんの戦略
もし、自分が望んだ通りの夢を見る事ができるなら、どんな夢がみたい?
…うん。なるほど…。
嘘つくなエロい夢だろうが。何が「大空を飛ぶ夢」だ。淫夢が見たくて仕方ないんだろうがごまかすな。
この仕事を始めて知ったのは、人の欲望なんて結局はみんな似たようなもん、ってことだ。「イケメン/美女になりたい」、「アニメの主人公になりたい」。人によってその形は色々あるけど要するにエロいことしたい、人からちやほやされたい。この二つだ。
あーでも最近は「気に入らない奴をギタギタにしたい」っていう奴も増えてきたかな。世相によって欲望も変わる。興味深いもんだね。
とはいえあたしと契約した人間の99%以上は最終的にエロい夢を望む。人間なんて濃度が違うだけで全員変態なんじゃないかとすら思うよ。まああたしがエロ夢を見たそうにしてる奴を狙ってるってのもあるけどね。そっちの方が契約取りやすいから。
どんな奴が淫夢を見たがってるかって? 例えば武春みたいにお世辞にもモテてるとは言えない奴。そしてなんと言っても中高生男子! あの子達の脳内もうそれっきゃないから。社会経験の少なさ故にほいほい契約してくれるパターンも多いからね。
zzz
その夜、あたしはいつものように契約してくれそうな人間を探して夜の街を飛び回っていた。目についたタワーマンションにあたりをつけ、そのうちの一室に忍び込んだ。するとビンゴ。入った部屋はちょうど高校生ぐらいの男の子の寝室だった。
裕福な家庭の一人息子で甘やかされていると見た。広い部屋はきっちりと片付けられていた。大きな棚が置いてあってCDがたくさん並んでる。逆に本は一冊も無い。うわ、キーボードまであんじゃん。バンドでもやってんのか? しゃらくせえ。
ベッドの上ではまだどこか幼さの残る少年が規則正しい寝息を立てている。可愛い顔しやがって、頭の中ではどんなドスケベが渦巻いているのやら。
あたしは自分のほっぺたをパンッと叩いて気合を入れた。おし! 絶対契約取ったらあ!
いつものように真っ白な何もない世界の夢を見せてから、あたしは少年の夢の中に侵入した。
「えっ…ええっ!?」白紙の世界の中心では予想通り少年が動揺していた。自分の両手や体を不思議そうにじろじろ見渡している。いやそれはいつも通りだろ。
「こんばんは〜」
「うわっ!? なっ…!?」
もう何万回も見たリアクションだった。あたしを初めて見た人間はまずその見た目におののく。あたしも悪魔だから角生えてるし、ちょっと訳ありで目を布で隠している。ハロウィンじゃなければ怪しさ満点の格好だ。ひどい時にはこれだけで話ができなくなる。
悪魔の中にはフラミュみたいに人間に化けれる奴もいて、そういう奴はまず人間の姿で接触するらしいけどあたしは変身できないから素で行くしかない。
この少年は驚いてはいるけどあたしを興味深く眺めている。これは充分に勝機がある! あたしは早速営業トークを始めた。
「いきなりお邪魔してごめんね。突然だけど、君、いい夢見たくない?」
「夢…?」
zzz
「じゃあ睡魔さんは僕が見たい夢をなんでも見せてくれるんですか?」
「そーいうこと。正確にはあたしが持ってるそういう能力を貸してあげるってこと。あたしと契約すればね」
一通りの説明を聞き終えた少年–––朝丘景くんは目を輝かせた。ちょっろ。
「睡魔」ってのは仕事用の源氏名みたいなもんだ。フラミュの「淫魔」と同じで悪魔はみんな持ってる。
ところで淫魔は「夢魔」とも言うからややこしいけどあいつらは夢に出てくるだけであたしは夢そのものを操れる。こっちが格上なんでそこんとこよろしく。
悪魔が人間に本名を名乗らないのは、万一悪魔祓いのオッサン共に本名が知られた場合相当厄介なことになるからだ。だから名前がバレるとそれだけで一方的に契約を破棄される恐れもある。
「景くん。ちょっと見ててみ」
あたしは手のひらを上にして景くんの前に差し出す。瞬間、あたしの手の上に真っ赤なリンゴが出現する。
「なっ…!?」
「食べてごらん」
あたしは景くんにリンゴを渡す。景くんは目を丸くして恐る恐るそれをかじった。
「あっ…これリンゴの味がする」
そりゃそうだろ。
「味だけじゃなくて見た目も手触りも香りも本物と変わんないでしょ? このようにあたしの能力で見る夢はほとんど『実体験』と言っていい。そして今見てもらったように夢の世界では行きたいと思った場所にはどこでもいけるし、欲しいと思ったものはなんでも手に入る。もちろん人も…ね」
あたしは笑みを浮かべてほのめかす。景くんはごくりと唾を飲んだ。くくく、やはり思春期。脳裏によぎったであろうゲスな妄想には触れないでおいた。
「……でも『契約』ってことはお金がいるんですよね? 僕バイトとかできないし、お小遣いだけじゃ払えないと思うんですけど」
景くんが不安そうにいった。ここが契約が取れるかどうかの山場だ。
「悪魔がお金もらってもしょうがないよ。君に払ってもらいたいのは『寿命』さ」
「寿命…!?」景くんは明らかに身構えた。
「まあまあ落ち着いてよ、寿命っつっても1年2年もらおうってんじゃないのよ。見る夢の内容によって変わるんだけど、例えば『気になるあの子とデートする夢』を1時間で寿命1日分ね」
景くんはまだ決めかねているようだ。あたしは畳み掛ける。
「景くん。よく考えてみ? 人間は人生の三分の一は眠ってるの。その時間を有意義に過ごしたいとは思わない? この長寿国じゃこんな代償ほぼノーリスクみたいなもんだよ? 」
「うーん…」
景くんはまだ悩んでいるらしい。しゃあねえ、あれを使う時が来たようだな。
「ま、そう言われてもピンとこないだろうしね。だからこのお得な『お試し券』をあげちゃおう」
「『お試し券』?」あたしが差し出した紙を見て、景くんは不思議そうな顔をした。
「なんと!今なら寿命たった30分でどんな夢でも見せてあげちゃう! これは試してみるしかないね」
これはあたしの新しい武器だった。このあいだ、人間の商売人は新製品やサービスを売るときにまず『お試し』と言って無料か安価で客に使わせる、そういう戦略があるという話を聞いて思いついた。
なるほどうまいやり方だと思った。無料なら、とほいほい使わせて、それ無しじゃ生きられない体にしてやるってことだ。
自分の見たい夢が見れる。言い変えれば何でも自分の思い通りになる。一度でもその素晴らしさを知れば、いやでも契約するだろう。
「もちろん、あたしは夢を見てる間は出ていくから安心だよ。こんなキャンペーン今だけだよ」今だけってのは嘘だが、人間はおしなべてこの言葉に弱いらしい。
「じゃあ…試してみます」
もろた!
「ありがとう! じゃあどんな夢が見たい? もう能力は使えるからもちろん言いたくないならそれでもいいけど…」
『お試し券』を手渡してあたしは尋ねる。まあ、中高生男子が見たい夢なんて大体想像つくけどね。
「そうですね…じゃあ」
さーて、純朴そうなこの少年はどんなプレイをご所望かな?
「ウユニ塩湖…って知ってます?」
「は?」