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睡魔には潔く負けを認めよう  作者: 菊沢博也
1/6

1.睡魔さんの仕事

 人間には『睡魔に襲われる』なんて失礼極まりない言葉があるらしいね。

 ()()からすれば心外もいいとこだよ。あたしは人を襲ったりしない。こうして夢にお邪魔するだけさ。

 ところで君、いい夢見てる?


 zzz


 ドラゴンが暴れてる。


 人々は悲鳴をあげながら逃げまどうけど、そこはドラゴンなので無事で済むわけがない。家は踏み潰され人は喰われのカタストロフだ。

 と、その時!

「待たせたな」

 セリフとともに『勇者』が参上した。いや『待たせたな』じゃねえよ。遅れてんのになにカッコつけてんだ。

 勇者くんの持ってた剣がビカーッと光って伸びたかと思うとうおおおっつってドラゴンを真っ二つにした。はいめでたしめでたし。

 町の人々は勇者くんを取り囲んで褒め称える。ありがとう、あなたのおかげです、あなたは救世主だ。万歳! 勇者万歳! いや皆さんよう考えてみ? こいつがもっと早く倒してりゃ町の被害0で済んだよ?

 笑顔で歓声に答えていた勇者くんは突然ふらついて倒れかける。人混みの中から女の人が飛び出して抱き抱える。

「勇者様! どうなさったんですか!?」

 あ、ちなみにこの巨乳の女の人はこの町の巫女さんだそうです。ドラゴンってことはヨーロッパが舞台じゃないの? でも()()なんだ。へえ。

「さすがに…力を使いすぎちまったようだな…」

 結構楽そうに倒してましたけどね。

「大変…私たちで癒さなくては…」

 ここまでが言わばAVの導入部で、ここからが本番でございます。

 お城に帰った(城持っとんのかい)勇者くんを迎えたのは集めに集めたり美少女6人。

 元奴隷の金髪少女。最年少。

 黒髪長髪の大和撫子。世界観合ってない。

 巨と貧の双子。贅沢感ありますね。

 獣耳枠の子。自分のことをボクって言いそう。

 普段は厳しい女軍曹。ベッドの上じゃ立場は逆転するそうですけどね。

 で、さっきの巫女さんを加えて8人で、これから勇者くんのお楽しみタイムが始まるわけですが…


「はいっ! しゅーりょー!」

 あたしはパンッと手を打った。その途端かわい子ちゃんたちもお城も全部消え去り、世界は白紙に戻った。爽やかなイケメンだった勇者くんも腹が気になり始めた30代前半日本人男性に戻った。

「嘘だろ…もう30分経ったのか?」

 勇者、もとい川島武春(かわしまたけはる)くんは突然の夢の終わりに狼狽うろたえた。正確にはまだ夢は終わってないんだけど。

「最初の『どこだここは…? まさか俺は異世界に…!?』ってくだり絶対いらなかったと思うけどね」

 あたしは武春くんにアドバイスする。彼はサッと顔を青くした。

「あんたまさか…最初から全部見てたのか?」

「まさか! 最初の方だけだよ」

 ホントは初めからさっきのハーレムエンドまでこっそり全部見てたけど、さすがにそれはかわいそうなので言わないでおいた。

「どうかな? 使ってみたご感想は」

「…最高だ」

「なら良かったよ。ちなみに今の続きするんなら一回につき一ヶ月ね」

「一ヶ月!? さっきは一日だけって…」

「さっきと今のじゃ全然シチュが違うじゃん。君風俗行ったことないの? プレイに合わせて値段は変わるんだよ」

「……」

「別に嫌なら無理にとは…」

「する」

「そんな食い気味に」

 まあそうでしょうけどね。あんなタイミングでおあずけ喰らって我慢できる男なんているわきゃないのよ。あたしは契約書を取り出した。

「そ。じゃ、ここにサインして。…はいどうも。じゃあ以後は自由に使えるから。分かんないことあったらいつでも呼んでね。じゃ、ごゆっくり〜」

「今度は見るなよ!」

「わかってるって、勇者様」

「そういうイジりやめろ!」

 誰が見るかっての。あたしは武春くんの『夢』から出る。だだっ広く真っ白な世界から一転して真っ暗で狭い寝室にいる。足元の布団では武春くんが寝ている。その寝顔が見る見るうちに恍惚の表情に変わっていった。今ごろ8Pの最中なのでしょう。

 うわうわ「うへへ…」とか言ってるよ。見ちゃらんねえな。

 あたしは『ご契約ありがとうございました♡ 睡魔』と書かれた紫色のカードを枕元に置いた。これで武春くんは明日目が覚めたとき、この事が夢じゃないと分かるだろう。

 よだれを垂らし始めた武春くんを尻目にあたしは窓から外に飛び出す。翼を広げ、夜の街を飛翔する。本日の東京も人の欲が渦巻いてやがるぜ。


 zzz


 結局今夜は武春くん以外契約が取れなかった。仕方なくあたしは「事務所」に戻った。どこにでもある雑居ビルの一室。まさか悪魔たちが間借りしてるとは誰も思わないだろう。

 面倒だけど今日は金曜だから今週分の成果を提出しなければならない。

「ん〜レムちゃんも頑張ってはいるんだろうけどねえ…」

 あたしが今週とった契約書を数えながら部長がため息をつく。がんばってはいるけどなんだ? 少ないなら少ないって言いやがれ殴るぞコラ。言ったら言ったで殴るけど。あとちゃん付けすんな鳥肌立つ。

 それらを飲み込んであたしは「はあ…すいません」と言う。悪魔の世界にも序列があって、それを覆すことは許されないんだよベイビー。

「すいまっせ〜ん! 遅れましたぁ〜!」

 甲高い声で入ってきた女は私の5倍はありそうな紙の束をどんっと部長の机に置いた。マスクメロンでも二つ抱えてんのかっていうバストには黒い布が引っかかってるだけで、ほぼ裸みたいな格好だった。

「おほーっ! 相変わらずすごいねえフラミュちゃんは」明らかにあたしとは違う態度で部長は契約書を数え始めた。

 すごいって? そりゃそうだろうよ淫魔(サキュバス)なんだから。この女–––フラミュは肌の色は薄い青で、頭には立派な角が二本生えている。瞳は白と黒が逆転してて、腰からは先の尖った尻尾が生えている。

「淫魔」で画像検索したら一番上に出てくるまごう事なき淫魔だ。このままの姿じゃ一部のマニアにしか受けないだろうけど、こいつは契約した人間が望む姿に変身する事ができる。女優でもアイドルでもモデルでも、果ては二次元のキャラクターでも変幻自在だ。あとは淫魔らしくどんなプレイでもなんでもござれ。フラミュのテクは特に絶倫で、名誉の腹上死を遂げた紳士もいるとかいないとか。

 ともかく、こいつは契約成功率90%超えのあたしの同期の中でもエリートだった。

 そんな奴と比べられてもって話ですわ。

「じゃあレムちゃんもフラミュちゃんを見習って精進するように。んじゃ、お疲れさん」余計としか言いようのない一言を残して部長は帰った。

「すごいなあ。どうやったらそんなに契約取れんの?」

 あたしはため息をついてフラミュに尋ねた。

「そーだなー。…ん〜あたし普通にやってるだけだからわかんな〜い。レムちゃんこの仕事向いてないんじゃないの? あはっ、じゃお先上がりまーす」

 こいつ、ぶっころ…

 …いや、あいつなんかに相談しようとしたあたしのミスだな。なに自分からストレスためてんだ。私は一人残された事務所の中で盛大にため息をついた。イスにもたれて目に巻いてあった布をほどいた。

 同時にあたしのタブレット端末が鳴りだした。ざけんな労働時間外だぞ。

 画面には先週契約をとった男の名前が表示されている。その下には『対応』、『拒否』の二つのボタンがある。あたしは一瞬迷ったけど、目に布を巻き直して『対応』をタップした。

 あたしの体は光に包まれて、次の瞬間にはどこかの家の寝室にいる。

「なに? 仕事終わって帰るとこだったんだけど」

 イラついてるのを隠そうともせず、あたしはあたしを『召喚』した男に聞く。

「ふむ。それは失礼した。なに、簡単な質問だ」

 紳士然とした壮年の男はあたしに尋ねる。

「女子中学生に罵られたいんだが、寿命何日分だ?」

「…一週間ってとこかな」

「そうか…安いな」

 紳士は顔を綻ばせた。安いな、じゃねえよ。いい年こいてなに考えてんだこのジイさん。

「呼び出して悪かった。もう帰っていいぞ」

 言われなくても帰るわ。あたしはタブレット画面の『帰宅』をタップしようとした。

「待った! 女子高生の場合は…?」

「…同じだよ…」

「excellent!」

 あたしはげんなりしながら『帰宅』を押す。再び光があたしを包み、一瞬で事務所へと戻る。

 荷物をまとめて事務所を出る。空はすでに白み始めていた。


 変態どもに『夢』を売る。これが素敵なあたしの仕事ってわけ。

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