視察
「いやー。しかしあいつら、やっとここを出て行ってくれたっすね。これで当分は顔を合わせる心配もありませんよ。一々ムカつく奴らでしたっすからね。まあおいら的には、おいらたちを見下して常に偉そうにしていたあいつらをぼこぼこにして目にもの見せてやりたかったすけど」
京四郎は如月から連れてきた自分の部下たちと共に上野を見回っている。彼の移動を護衛するためだけについてきた者たちはもうすでに上野を出発しており、京四郎たちはそれを見送った後さっそく上野の見回りをしている。
「そんなことをしていいわけがないだろう!如月から出発するときも言ったが、くれぐれも京四郎様の迷惑になることはするなよ」
小次郎が佑介の軽口を注意する。
「だからしねえって言ってるだろ。ただあいつらがむかつくっていう話だよ」
佑介だってさすがにムカついたという理由だけで彼らをぼこぼこにするなんて野蛮なことを実行するつもりはない。
「我々の力を見せるのはまだ先だ。今の状況で京四郎様のお兄様方に我々の力のことがばれるのはよくない。今はまだ雌伏の時である。京四郎様のために我々の力を使うのはまだまだ早すぎるし、ましてやそれがあの方々にばれるのはもっとも避けなければならないことだ。今目をつけられても厄介なだけだ。時期が来るまではちゃんと我慢しろよ」
「わかってんよ。おいらたちの、そして京四郎様の力を知るのは今はまだおいらたちと京四郎様と仲のいい人たちだけでいい。今はとにかく上野で結果を出すことが大事ってことだろ?」
「そうだ。今はそのために上野を視察しているのだからな。お前もちゃんと視察と京四郎様の護衛を全うしろよ」
「当然だろ!」
「うんうん。真之介も佑介も意気込みはいいぞ。いろいろ話し合うのはいいことだが、もうみんな次のところに向かっているんだから遅れないようにな」
佑介と真之介は真剣に話し合うばかりに、京四郎たちから少し遅れて後ろにいた。
「すいません小次郎さん。今行きます」
「へーい。あっ!そういえばなぜいきなり視察なんっすか?こういうときって、ずっと上野を治めてきた人たちに話を聞いたり、上野の資料などをまず見るもんなんじゃないっすか?」
「佑介の疑問はもっともだ。だが、京四郎様がまずは先入観なく見てみたいから、いろいろと話を聞く前に視察にしたのだ。それに上野の資料については如月である程度予習してきているからな。そのため真っ先に視察しておきたかったのだろう」
「京四郎様は視察好きっすね~。如月にいたときもよく視察とか言って城下町だけでなく農村とかも含めていろいろと見てたっすからね。まあ、おいらたちはそのおかげで今のように京四郎様の部下になれたんすけどね」
「ですが、上野に来ていきなり視察はどうなんでしょう?確かに視察は大切ですが、普通それはほかの者に任せて最初は上野の支配者層の人たちと交流するものではないのですか?」
真之介は京四郎を尊敬しているし忠誠も誓っている。しかし彼は、いや京四郎の部下たちは決してイエスマンではない。自分の意見はちゃんと言うようにしているし京四郎もそれをちゃんと聞くのだ。また、疑問に思ったことはちゃんと聞くように教育されており、今回の場合は京四郎の右腕である小次郎に疑問を投げかけたのだ。
「真之介の言うことは正論だ。おそらく上野に来たほとんどの方はそうしていただろう。しかし、京四郎様は如月で上野の資料を見ている時にいくつか気になったことがあるらしい。それらを確かめるために今視察を行っているのだ」
「気になったこととは一体何なのでしょうか?褒められたことではありませんが、自分を含めて京四郎様と小次郎さん以外の者たちは誰も上野についての予習をしてきてはいません。なので全く見当がつかないのですが、京四郎様が上野について調べていて気になったこととは一体何なのですか?」
「そうだなあ……私は京四郎様からそのことについて聞いているのだが、それを今お前たちに言うというのも面白くない。そうだ!二人とも、今日の視察が終わってから気づいたことを聞くから、その時にいろいろ言ってみるといい。答えはその時まで取っておこう。それに、京四郎様の懸念が間違いである可能性もあるしな」
小次郎は彼らにからかうような笑みを浮かべる。
「小次郎さん意地悪っすよー。おいらたちにも今教えてくださいよ。そしたらそれに気を付けて見ることになるから、いろいろ役に立つかもしれないっすからね」
「それじゃあいろいろ面白くないからな。それに、これだけ言っておけばお前たちが視察をさぼることもないだろう。特に佑介はな」
「なんでっすか!おいらは仕事をさぼったりしないっすよ」
「いやどの口が言うんだ。お前が仕事をさぼったことは何回もあるだろう。お前と出会ってもう五年くらい経つが、その中でもいろいろとやらかしてきてるだろう。お前が仕事をさぼったり手を抜いていたことは何度かある。そういうところをよく見てきたからな」
「真之介は厳しいっすね。まあ、すべてを否定することはできないっすけどね」
「おーいお前たち、次のところに行くからちゃんとついて来いよ」
「「「わかりました」」」
三人は本隊に合流して視察に戻った。
「それにしてもやっぱりって感じだな。残念ながら上野の民はこういう感じだったか」
京四郎は上野の民を見て落胆している。事前に調べてきた内容から予想してはいたが、残念ながら京四郎の予想していた通りの結果だったのだ。彼からすれば外れてほしかった予想だったのだが、今のところその予想が当たっていると言わざるを得ない。
「我々にはよくわからなかったのですが、上野の民はどう残念だったのですか?」
真之介は特に何か如月と大きく変わるところは見つけられなかったので、京四郎が残念そうな顔をしていることに対して不思議そうな顔をしている。
「おいらたちからすれば如月の民と全然変わらなかったすけどねー。京四郎様が上野だ如月だと言って差別しないことは当然わかっているっすけど、やっぱりおいらたちからすればわかりません。わかったことと言えば、如月の民のほうがわずかに裕福そうということくらいっすね。後は人口が如月のほうが多いとかっすね。まあこれくらいのことは上野のことを調べていないおいらたちでも、ここに来る前から大体わかっていたことっすけどね」
佑介の言ったことは京四郎と小次郎以外の者たちの総意である。彼らを案内している上野の人も、佑介の言ったこと以外で何か違いがあるかと問われても答えるのは難しいだろう。
「確かに外面的にはそうだ。だが、ここの民は内面的にいろいろ問題がある。いや、これは彼らのせいというより我々如月家のせいなのかもしれないが」
京四郎は心底残念そうな顔をしている。
「如月家のせいとはどういうことですか?それに内面的に問題があるということですが、一体どこにそんな問題があるというのですか?」
「問題は単純だ。彼らには活気がない。如月と比べて活気がなさすぎるのだ」
京四郎の言う通り、如月の民と上野の民では活気が違いすぎるのだ。みんなどこかやる気がないというか、諦めているというかそんな感じなのだ。
「でもそれは規模が違うからではないですか?人口で言うと四倍は差がありますし、土地だって如月のほうが多いですから。如月と比べて活気がないのはしょうがないのではないですか?」
王都と地方では王都の方が活気があるのはどこの国でも当然のことである。これは常識であるので、京四郎の部下たちは如月よりも活気がないことに気づいてはいたが、それが問題だとは思わなかったのだ。
「お前たちの言う通り上野が如月よりも活気がないのは当然だ。ただし、それにしても活気がない。そして、俺はその理由には大体見当がついている」
京四郎にしても、上野が如月よりも活気がないことは当たり前だとちゃんと割り切っている。彼が言っているのは、それにしても活気がなさすぎるということである。
「その見当とは?」
「ああ。それは主に二つあると考えている。まず一つは劣等感だ」
「劣等感ですか?」
「そうだ。人間というものはな、誰しも己よりも下の人間を見て安心するものだ。外から見たら如月も上野もどっちもどっちでさほど変わらないのだろうが、民たちからすると違う。如月にいる住人は自分たちは王都にいるんだと胸を張り、地方にいる上野の民を無意識に見下しているんだ。そして上野の民たちも無意識のうちに劣等感を抱いているんだ」
そうなのだ。民衆は無意識のうちに如月と上野とで序列を決めている。そのため、上野の民は無意識に劣等感が常にあるのだ。これは上野を見下していた護衛隊長にも言えることである。
「しかしそれは如月家のせいなのですか?他の国でも似たようなことはあるのでは?」
「うちの国は何十万と人がいて、それ相応にたくさんの城と町を持っているような国とは違うんだ。如月にしか城を持っていないしかうちなら、やろうと思えばこの劣等感をなくすのはともかく小さくするくらいはできるはずだ。しかし俺が知る限りそうしていない。いや、むしろこの状況を歓迎している節さえある」
「まさか!この状況に対して動かないのはまだわかりますが、この状況を歓迎しているというのですか!?」
京四郎の部下たちは一人を除いて驚いた顔をする。
「だと思う。本国のほうは上野という存在を作ることで如月の人たちの団結を強める方針だと思う。如月の人たちからすればやはり自分たちよりも下の存在がいるということで安心するんだろうし、上層部はそうすることで不満を和らげようとしているんだと思う。ただでさえ周りより小さい国が何してんだと思うかもしれないが、これが如月流の領地経営法なんだろう。実際、如月での不満は国の現状からすると少ないからな。その分上野の不満は大きいんだろうけど」
「それでもやはり理解できません。ただでさえ小さい国なのですから、他の国以上にすべての民で団結しなければいけないでしょうに」
「父上たちにもいろいろ考えがあるんだろうさ。俺には賛同できないけどな」
「なるほど。それで、もう一つの理由とは?」
「もう一つは今の俺たちの立場だろう」
「今の我々の立場ですか?」
「ああそうだ。今の俺たち、というより俺は一切領地経営をしたことがない、いわば素人だ。一応勉強はしてきたが、それでも元服したばかりの奴がやるんだ。普通に考えて不安だろう。上野の民たちもわかっているんだよ。ここが次期国王候補の実験の場であるということが」
「それはそこまで問題なのですか?」
「大問題さ。例えば、剣を握ったことは無いが書物などを読んで勉強したり、他の人の手本などを見たことはあるという人がいる。さて、お前はそいつと剣で決闘しろと言われたらどう思う?」
「それはなめすぎでしょう。いくら勉強したと言ってもまだ剣も握ったことがないのでしょう?その者が特別であり、よっぽど剣の才能があって手本を見ただけで一発で実戦でできるようになった上に戦闘センスや身体能力まで持ち合わせていたものすごい天才だったならともかく、普通ならさすがに剣を握ったことすらない相手に剣で負けるとは思えません」
「つまりそういうことだ。勉強はしていたとしても、他に経験のある人がサポートしてくれているとしても、いきなり元服したばかりで経験のない若造に任せたいと思うか?よっぽど優秀か運のいい奴ならともかく普通ならまず失敗する。実際、歴史的に見ても如月家の男子の中で上野で失敗した人はたくさんいたしそれが当たり前だ。国からしても失敗していろいろと学ぶことを前提に送り出している。そりゃ如月家のほうは国を揺るがすような大きな失敗をされなきゃそれでいいだろうが、そこに住んでいる者たちからすれば大迷惑だ。なんせその領主代理の政治で自分たちの人生が決まるんだからな。
今の上野の民たちがなんて思っているか当ててやろうか?領主代理様万歳?京四郎様が来てくれた?そんなポジティブに考えている奴はいないさ。彼らが考えていることは簡単さ。頼むから変なことはしないでくれ。彼らが考えているのはそんなところだろうな。少なくとも俺が彼らの立場なら間違いなくそう考える。俺たちは上野の民に歓迎されてはいないのさ。むしろ嫌われているかもしれんな」
「ですが我々をサポートしてくれるのは経験豊富な方々ですよ?失敗することもそんなにないのでは?」
「領主代理が言うことをちゃんと聞けばな」
「どういうことですか?」
「ここに来る領主代理の目的は上野を繁栄させることじゃない。その目的はあくまで自分の有能さを見せることであり、上野を繁栄させるのは目的を果たすための手段に過ぎない。誰も彼もここの人たちの言うことを聞くわけじゃない。むしろ言うことを聞かない奴のほうが多いんじゃないか?」
「なぜそんなことを?経験豊富な者たちの意見を聞いた方が結果が出やすいのでは?」
「普通に考えればそうだろうな。しかし、それで自分の有能さが見せられるか?確かに自分よりも経験豊富な者たちの話に耳を傾けるのは正しい。だが、例えば自分が提案した独自の方法で上野が繁栄したらどうだ?そうすれば自分の能力を国王やほかの人に誇示できる。上野の歴史を見ても、領主代理がいろいろな試みをしている。特に俺のような下の兄弟の場合、上の兄弟たちに対抗するために自分の色を出そうと頑張る傾向にある。おそらくあいつらも俺がそうだと思っているんじゃないか?実際、俺が国王を目指すならそれくらいしなくてはならないだろうからな」
「それでは京四郎様もそうするのですか?」
「一つだけアイディアはある。もちろんそれが成功するかはわからないが、今度の定例会議で出してみるつもりだ。もしも彼らが難色を示すなら取り下げる気ではある。それ以外のことについては基本的に一年はここのやり方に任せてみるつもりだ」
「それはよかったです。ではあなたの部下の我々はどうすればいいですか?」
「今はとりあえず訓練しておけばいい。ここに来る前にまいておいた種もあるし、いざというときのためにもちゃんと鍛えておいてくれればいいさ」
「わかりました。我々はそのようにします」
京四郎たちはその後も視察した内容を紙に簡単にまとめ、明日からの上野での統治に役立てようとした。




