上野へ
「今のところは平和ですね。このまま何もなく上野まで行くことができればいいのですが」
如月を出発してから二日、今のところ山賊からの襲撃はない。一度獣が襲っては来たが、運のいいことに夜ではなく昼間、しかも休憩中でもなかった。それに加えて獣の数が少なかったことと弱かったこともあり、ものすごく簡単に対処できた。今のところそれ以外には何も問題は起こっていない。
「ちっ、あれくらいの処理なら俺たちにだって簡単にできるぜ。あれくらいのことであんなに威張らなくてもいいじゃねえか」
京四郎の部下たちは、そこいらの新兵でもでもできるようなことをしただけにもかかわらず、こちらに対してそら見たことかと言わんばかりの態度をとっている護衛たちにムカついている。
「ヒヒィン」
「馬もこう言ってることだし少し落ち着け。今あいつらと敵対してもいいことは一つもない。上野に着くまでの辛抱だからな」
京四郎の部下たちと護衛たちとの間では不穏な空気がずっと漂っている。兵たちにストレスが溜まってきているが、かと言ってこれを解消させるのも難しい。これが疲れからくるストレスなら一度休むという対処をとるが、このストレスは両者の仲の悪さからくるものであるため、休んだところでどうということもない。出発してからまだ二日しかたっていない。これで疲れが大きな原因であるとは誰も考えていない。
「しかしあいつら、かなり露骨に挑発してくるっすよね。そんなにおいらたちが気に食わないんすかね」
「俺たちが京四郎様の直属だからだろう。第二王子に王座についてほしい彼らからすれば、少しでも俺たち、しいては京四郎様の評判を悪くしておきたいんだろう。絶対に向こうといざこざを起こすなよ。何を言われてもしかとしておけ。それが京四郎様のためになる」
「それは京四郎様の悪口を言われてもってことか?」
佑介がいつものへらへらした顔ではなく、珍しく真剣な表情をする。
「そうだ。悪口を言われても決して相手にするな。なぜなら、それが相手の狙いだからだ」
「真之介の言う通りだね」
「「小次郎さん」」
徒歩の二人とは違い馬に乗っている小次郎が声をかける。
「考えてもごらん?今人数は向こうのほうが多いんだよ。さすがにこちらと殺しあうとかはやらないと思うけど、必ずしもそうなるとは限らない。下手したら山賊の仕業に見せかけてやられるかもしれないんだ。上野に着けば当分彼らにはかかわらずに済むのだから、ここはしっかりと耐えておくところだよ」
小次郎は優しげに微笑みかける。彼にとっては佑介も真之介も幼いころから知っているので、いわば弟みたいなものである。二人に向けるその笑みには親愛の情が見て取れる。
「京四郎様の部下たちは下品な者が多いですね」
護衛隊長だ。彼は何度となくこういったセリフを京四郎の部下たちに言っている。今回のターゲットは小次郎と佑介と真之介の三人のようだ。
「「「……」」」
三人は先ほど話していた通り護衛隊長の言葉を無視している。その顔には、お前たちの思い通りに等なってたまるかという決意が現れている。
「これはだいぶ嫌われてしまったようですね。我々はともに如月家に仕えている、いわば同僚なのですから、もう少し仲良くしてほしいですね。そうしなければいざというときに連携が取れません。まあ、今回の護衛であなたたちの出番はないに等しいでしょうけどね」
護衛隊長は醜悪な笑みを浮かべる。
「(自分たちから仕掛けておいてよく仲良くなどとその口で言えたものだ)こちらも仲良くしたい気持ちは変わりませんよ。何もないのが一番ではありますが、物事には万が一ということもありますしね。いざというときのためにももう少し仲良くしたいものです。あなたの言ったように私たちは同僚でもあるのですから」
小次郎は護衛隊長たちへの本音を押し殺して笑顔で対応する。
「そちらの方々がもう少し品があればいいのですが。何を言っているかわからない、まるでサルと話しているような気分になることもありますからな」
「なるほど。それは失礼した。しかし、サルが人間の言語を介さないように人間もサルの言語を介しません。我々はサルではなく人のつもりなので、もしあなたたちが私たちのためにサル語を話そうとしてくれているならやめていただきたい。私たちはサル語を理解することはできないので」
「なんだと!」
護衛隊長は怒りの感情を見せる。自分から挑発したにもかかわらず、それが上手いこと返されたことは彼にとっては屈辱だったようである。それとも怒りの沸点が低いのか。彼らの挑発が全然成就していないことも原因の一つであることも否めない。
「隊長!そろそろ野営の時間です。急ぎ指示をお願いします」
「わっわかっている!わざわざそんな大声で報告する必要もないわ!!今行くから待っていろ!」
「それでは護衛隊長殿、王位継承者産権を持つ京四郎様のためにも野営をお願いしますぞ」
小次郎の後ろでは佑介と真之介が勝ち誇った顔をしている。
「言われなくともそうするわ!」
このように険悪な雰囲気がずっと続いていたのだが、幸運なことに移動中特に大きなトラブルもないまま上野に到着した。そこには護衛の任務を無事果たしたにもかかわらず、渋い顔をしている護衛たちがたくさんいたのである。