出発
本日は晴天なり。まさに絶好のお出かけ(旅)日和である。
「いやー、ほんと晴れてよかったすね。雨の中での移動は面倒っすから。移動には時間がかかるんで今日だけじゃなく明日明後日とかにも道中雨が降ってくることもあるでしょうが、それでも出発時に降ってきたら行く気がかなりなくなりますから。晴れてても雨が降ってても結局今から上野に行かなくてはならないんっすが、それでも今晴れていないのはすごくいいっすね」
「おい佑介、言葉遣いが成っちゃいないぞ。京四郎様にとってこれからの三年間はものすごく大事なものになるんだからな。俺たちのせいで京四郎様に不利なことになったりしたら目も当てられん。それこそ死んでお詫びせねばならんというやつだ。」
「ほんとにおめえは固いし重いな。おいらは百姓の出身だからそこのところは全然わからねえんだわ。公の場では頑張っては見るけど、プライベートで多少下品なのは勘弁してくれよ」
「プライベートに関してはもう慣れた。とにかく京四郎様に迷惑だけはかけるなよ」
二人は京四郎と同世代の男子である。おちゃらけているほうの名前は佑介と言い、それをたしなめている方は代々如月家に仕えている武士の家柄であり、その現当主の息子の真之介という。
二人は数少ない京四郎直属の部下である。二人は今回上野に同行し、そのまま上野で京四郎をサポートするするメンバーの一員である。
今回上野に行くのは約二十五名。しかし、この二十五名はずっと上野に滞在するわけではない。本国、つまり今彼らのいる如月から上野までは距離がある。上野まで行くには徒歩で何日もかかる。そのため、山賊などの危険から移動する京四郎を守る必要が出てくる。二十五名も一緒に行くのはそういうことである。
実際に京四郎の部下であり、上野に行った後も残るのは真之介たちも含めて十人くらいしかいない。いくら王家とはいえ、超弱小国の上にまだ元服したばかりの四男が持っている部下なんてこんなものである。京四郎が佑介のような農民の三男以下を自分で部下に取っていなかったら、彼直属の部下はもっと少なかったことだろう。
「それにしても春でよかったなー。夏は暑すぎるし冬は寒すぎる。秋は冬ごもりのために獣や山賊たちが必死になるしな。ほんと春でよかったよ。気を付けるのは山賊くらいだな」
「ああ。とはいえ、山賊たちだって国王の息子をわざわざ狙わないだろう。護衛の数も多いし、ここを狙うくらいならどっかの商人でも狙った方がよっぽど安全だ。油断してはいけないが、そこまで気張ることもないだろうな。それともう一つ、お前は春でよかったと言っていたが、元服した如月家の男子の上野行きは毎回春だ。まさかこれくらいのことを知らんわけではないだろうな」
「え!そうだったのか?」
「知らんのか!?そもそも元服はその男子が十三歳になる年の春に行われるんだぞ。実際、京四郎様もまだ正確には十三歳になっておらんであろうが」
「そういえば」
小次郎の言う通り、京四郎はまだ正確には十三歳になっていない。佑介は京四郎の誕生日がたまたま春だったのでそれが少し前倒ししただけだと思っていたが、そもそも男子の元服の時期と如月家の男子が上野に行く時期は毎回同じなのだ。彼がただの農民の息子のままならともかく、今は京四郎の配下なのだから今回のように自分に関係する如月家の風習くらい覚えておけという真之介の意見はもっともである。
「まったく。京四郎様もなんでこんなアホを部下にしたのか。どうせならもっと頭の良い者にしてほしかった」
「兄上は変わり者が大好きだからね。実際に兄上の部下には変わり者が多いよね。真之介さんと小次郎さんは兄上の部下たちの中で貴重な良心だよ」
「真司様でしたか」
真之介は彼よりも幼い、まだ十歳にも届いていないような男の子に頭を下げる。
「様付けはやめてよ。僕は確かに如月家ではあっても、側室の母上から生まれた僕は兄上たちと違って王位継承権は持っていないんだから。京四郎兄さん以外の人たちには毛嫌いされているしね。どうせあと少ししたらあなたたちと立場はそんなに変わらなくなるよ」
真司は京四郎たちと同じ現国王の子供ではあるが、それと同時に側室が生んだ子供でもあるから、彼には京四郎たちと違って王位継承権がない。まだ元服していない子供であるが、彼は将来なれるとしてもあくまで部下どまりだ。彼は如月家であるが王にはなれないので、現国王が変われば彼らの扱いは王の側室の子供からただの部下になる。王の権力が強い如月家ではそこらへんがかなり厳しいのだ。
「しかし将来はどうであれ今はまだ王の子供ですから」
真司は少し悲しそうにしながらも、真之介の言うことも理解できるのでそれ以上は言わなかった。
「ほんとおめえはまじめだよな。もう少し楽に生きたらどうだ」
「うるさい。変わり者のお前には言われたくはない」
「確かにおいらは変わり者だが、だからこそ京四郎様の目に留まったということもあるからな。それに、自分を曲げるぐらいなら変わり者と言われたほうがましだぜ」
「ここまで来ると手に負えんな。こんな性格でも能力は優秀なのだがな……」
「やっぱり佑介さんも能力は優秀なんだね。もしかして他の人たちも変わり者だったとしても能力は優秀なのかな?」
「まあほどほどですよ。少なくとも、我々の中に京四郎様より優秀な者はいません」
「あの人ほどの変わり者もな」
二人は誇らしげに笑う。その顔には、京四郎の部下であることを誇る気持ちが見て取れる。
「そういえば真司様、我々よりも京四郎様とお話さ¥しされなくてよいのですか?」
京四郎と真司の仲はいい。二人は異母兄弟として交流があるのだ。京四郎に至っては同腹の兄たちよりも真司と仲がいい。真司の方も京四郎にはよく懐いていて、こういった時は何より京四郎と会話したいはずなのだ。
「兄上は結とお話し中だよ。結は僕よりも兄上にべったりだからね」
結とは真司と同腹の妹である。彼女は京四郎が大好きであり、真司それ以上に京四郎に懐いている。真司は幼いながらも彼女の兄なので、妹に好きなだけ京四郎に甘えてもらうために今は身を引いているのだ。
「おいらも兄だからわかるぜ。弟妹は大事にしなくちゃだもんな」
「ええそうなんです」
「そうそう。そして、ここにいる弟のことも大事にしないとな」
真司の頭の上に手が置かれる。
「兄上!」
京四郎に頭をなでられて真司は嬉しそうにしている。やはり彼も京四郎に甘えたかったのだ。
「お兄ちゃん、やっぱり行かないでよ」
結は京四郎と手をつないでいる。彼女は京四郎に上野に行ってほしくない一心で京四郎の手を握っているその小さな手をさらに強く握る。
「悪いな。これは如月家の伝統だからな。行かざるを得ないんだ」
「イヤー。お兄ちゃん行かないで!」
結が駄々をこねる。
「こら結!兄上はこれから大事なことをしなければいけないから我慢するんだ」
そう言いながらも、真司の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「こらこら二人とも、俺は別に戦に行くわけでも死にに行くわけでもないんだ。だから、次に俺が帰ってくるまでに立派になって俺を迎えてくれないか?」
京四郎が二人の頭をなでながらゆっくりと諭していく。
「わがった……ずいも…がばってみる」
結は涙をこらえながら答える。
「兄上!僕も兄上に負けないように頑張ります」
「二人とも頼んだぞ。俺も頑張るから」
「お兄ちゃん!」
「兄上!」
兄弟三人で抱き合って別れを惜しみあう。
しかしそうこうしている間にみんな集まってきたので、京四郎も出発の合図を送らなければならなくなる。
「みんな集まってるな。数は聞いてる通りだし、これで問題はないかな?一応聞いとくが、今日一緒に来るはずなのにいない奴とかいたら教えてくれ……いないようだな?そんじゃま、出発するか。結!真司!二人とも元気でいるんだぞ」
「お兄ちゃんもねー!」
「兄上も頑張ってください!」
三人はお互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「我々は当初の予定通り隊の周りを固めます。京四郎様の部下の者たちは京四郎様の近くを固めておいてください。山賊や獣への対処は基本的に我々がしますので、京四郎様たちはごゆるりとしていただければ良好です」
京四郎たちの移動方法は徒歩と馬での移動である。詳しく言うなら、京四郎と比較的地位の高い何名かは馬での移動であり、それ以外は全員徒歩での移動である。護衛の移動のために出す馬が二十五人分もないので、今馬に乗れているのは数名しかいない。荷物はみんなで手に持って移動するのである。当然移動速度は遅いほうの徒歩に合わせるので、単純に馬に乗っていくより時間がかかる。また、上野までの道は全然整備されていない。足場もよくないのでまた余計に時間がかかるのだ。
街道を整備するにも金がかかる。隣国などでは馬車で移動できるような道も増えてきているのだが、うちにはそんな金あるわけがない。移動一つとっても国力の小ささを痛感させられるのである。
「わかったよ護衛隊長。今回の予定は全部そっちに任せてあるから好きにやってくれ」
「ええ。好きにやらせてもらいますよ」
そういって今回の護衛隊長は他の者に指示を出しに行った。
「完全になめてますね」
小次郎が冷ややかな目で言う。
「そりゃしょうがないだろうな。俺はもちろん、俺の部下たちだってまだ若い。それに今回の護衛隊長は第二王子押しだ。俺なんかもう三年したら王位継承権がなくなる若い王子としか思っていないだろう。兄上たちは全員結婚して子供もいる。もちろんその奥さんたちはうちの重臣か他国の大名の子供だ。次期当主に子供がいるというのはそれだけで有利だしな。他の王子はともかく、少なくとも俺にはならないだろうと高をくくっているに違いない」
「それでもあの態度はどうなんです?仮にも王位継承権のある王の息子ですぞ」
小次郎は彼の態度が気に入らないようだ。
「俺以外の王子ならもっと舐めた態度をとらないだろうし、仮に舐めていてももっと隠そうとするだろう。まあ、これが今の俺に対する周りの評価だということは覚えておいた方がいいな」
京四郎は護衛隊長に対して特別怒りを覚えていない。彼は自分の今の立ち位置を客観的に見て正確に判断でしているのだ。
「ムカついてもしょうがないんじゃねっすか?ムカついたからと言って今から他の人に変えることはできないんすっから」
佑介は特に気にしていないようである。
「佑介の言う通りだ。彼らが率先して体を張ってくれると言ってくれているのだから、今回はそれに存分に甘えさせてもらおうじゃないか。そもそも、今からこんな奴らに俺たちの力を見せてやる必要もない」
京四郎は目にかすかな怒りを浮かべながら言う。
「「「「(京四郎様もしっかり怒ってるじゃないか)」」」
不穏な空気を残しつつも、その集団は上野に向かった。




