蹂躙
「これは一体どうなっている!?」
山賊側の指揮官は驚いていた。それも当然である。さっきまでは確かに互角だった。いくら自分の兵が山賊だとはいえ、五倍もの兵数の差があるのに互角というのはいただけない。それだけでも驚くのには十分だが、彼が驚いたのはもっと別のことだ。
「なぜ我々の軍が一方的にやられているのだ!?さっきまではたしかに互角だった。それに元々五倍の兵力差だぞ!それがどうして急にこんなことになるのだ!?」
そう。山賊たちの軍は今こうしてる間にも急速に数を減らしている。そろそろ半分がやられたかと言うところだ。このままのペースだと、あと十分もしないうちに山賊たちは全滅するだろう。
「俺の作戦は完璧だったはずだ。領民兵と常備兵を含め、上野の全兵力で向かってこられても大丈夫だった計算のはずだ。こちらは念を入れて、上野の全兵数と同じ百五十人を用意したんだ。武器だってちゃんとしたものを与えている。むしろ上野の兵士たちよりも武器の質はいいはずだ。それなのになぜ劣勢なんだ!しかも敵はたったの三十人だぞ!俺たちのほうが五倍の数がいるんだ!どう転んでも負けるわけがないだろう!」
山賊側の指揮官はひどく取り乱している。まあ、ここまでのことになれば取り乱すのも無理はない。戦場で指揮官が冷静さを欠くのは指揮官失格と言われてもおかしくはないが、ここまでのことをされていればしょうがないともいえる。すべてとまではいかないが、それでもこの現象の八割以上は今回の彼、そして配下の山賊たちにとって悪魔となった人物一人のせいであることは間違いない。
「フハハハハハ、お前たちはその程度か?この程度なら、最初から俺一人でも十分だぞ!」
笑いながら戦場を駆け抜けている男の名は剣八という。つまりは今回の山賊たちにとっての悪魔ともいえる男である。
「くっそー。だめもとでもやったら~!」
「この悪魔を倒して略奪の限りを尽くしてやる!」
「死ね!この悪魔め」
山賊たちは口々に悪態をつきながら剣八に向かっていく。しかし、どんなに悪態をついてもその結果は変わらない。体の大きい奴や小さい奴、おじさんから若者まで、剣八の前に立った山賊たちの運命はみな等しく変わらない。そこには年齢も性別も体の大きさもなく、ただ平等に死が待っている。どんな山賊も、剣八の持つ大剣の一振りで絶命していく。
「旦那のガチの戦い方を初めて見たが、これは本当にやばいな。こりゃまじもんの英雄じゃねえっすか。おいらも初めて見たが、これが本物の一騎当千の英雄っていうわけかい」
佑介は剣八の戦いぶりに恐れおののいた。佑介だけじゃない、剣八の戦いをじかに見た者は山賊たちも含めてみんなそうだ。
討伐隊のメンバーは今二種類の人間がいる。それは剣八の強さに驚いてとまってしまっている者と、剣八の強さを見慣れている、もしくは剣八の強さに対する衝撃からいち早く立ち直りちゃんと自分が取るべき行動をとれる者である。
前者の者たちは後者の者たちに叱咤され自分のできることを考えて実行する。後者の者たちとその者たちに叱咤された前者の者たちは、剣八のうち漏らしと剣八への恐怖によって動けないでいる者たちを狩る。いわばただの雑魚狩りである。敵が恐怖に足がすくんでまともに抵抗してこないので、ものすごく簡単に成功できる任務である。
「これじゃあ将である俺の立場がないよ。もう敵の軍隊に剣八殿を一人放り込んだ方がよっぽど早いんじゃないか?まあ逆に言うと剣八殿がいなければ上野の戦力は半減、いやそれ以上に弱体化するということか。剣八殿が強くて活躍するのはいくらでもしてくれればいいが、それで他の兵士たちが足手まといになってしまっては意味がない。今回はラッキーだったが、普通の時はやっぱり剣八殿抜きでの戦いが必要だな。っと、今は敵を倒すことに集中せねば。皆の者!わかっているとは思うが今は剣八殿のおかげで優勢だ。剣八殿をフォローしながら戦うぞ!!」
討伐隊は今剣八を中心に戦いを展開している。一騎当千の猛者がいるときはその猛者を中心として戦った方が効率がいい。真之介も最初は剣八に控えてもらって戦おうとも考えていたのだが、敵が五倍の数ともなると剣八に頼るしかない。最初は剣八が来ることをよく思ってはいなかったが、こうなってしまっては剣八が来てくれたことに真之介はものすごく感謝していた。
「まだまだ!もっと来い!百五十人もいるんだ。そんなもんじゃねえだろ」
剣八は敵が多くいるところに向かってはその大剣を振るう。敵の返り血で剣だけでなく体すらも赤く染まっているが、剣八はそれでも関係なく敵を殺していく。そこには戦略も何もない。ただ目についた敵をとにかく殺していく、まさに獣のような戦いである。
「なんだこれは……こんなの聞いてないぞ!戦略も何もない。ただ圧倒的な力で蹂躙されるだけじゃないか。こんな理不尽を戦いと呼べるのか?山賊とか兵士とか農民とか関係ない。あいつの前ではすべてが死に至るというのか?」
山賊側の指揮官は剣八の武力に恐れおののく。まともに指示を出すこともできず、山賊の数はいたずらに減っていくだけだ。山賊たちも指示が来ないので、ただ剣八の力に飲まれて死んでいくだけであった。
「確かにいつもより調子が出るな。これが真之介のギフト『将軍の資質』の効果ってことか。いつもより調子がいいぜ」
剣八はこう言っているが、実際は剣八にとって将軍の資質の効果は、いつもより少し調子がいいという程度である。これは単純に効果を受ける人の実力のせいであり、例えば十に一足すのと百に一足すのとでは効果が全然違う。プラスされた力は同じでも、十に一だと十%増加、百に一だと一%増加となる。そのため、強化を受ける人の力が強ければ強いほど感じられる効果が薄くなるのだ。
「後はてめえらで終わりか?」
剣八が敵を殺しまくったがゆえに、もう山賊たちの軍の人数が数人になった。最初は討伐隊の五倍の数がいたのだが、今ではその討伐隊の数よりも少なくなってしまった。
「貴様は……貴様は本当に人間か!?いくら下等な山賊相手とはいえ、たった一人であの数を殺しきるなんておかしいだろ!」
指揮官は、目の前で行われた剣八の理不尽なまでの強さによる蹂躙劇に怒りを覚えていた。彼は簡単に勝てると思って意気揚々と戦に挑んだのだ。それがまさか指揮官である自分を含めた残り数人を残して全滅してしまうとは思わなかったのだ。その圧倒的劣勢をほぼ一人で覆した剣八に対する恐怖を怒りでごまかしているのである。実際、よく見ると彼の体は震えている。さすがにこの状況で剣八に勝てると思うほど彼も楽観的ではないのだ。
「そりゃ人間に決まってんだろ。ただちょっと自分に合ったギフトに恵まれただけのただの人間さ」
「ギフトだと!?」
「ああ。俺のギフトは身体強化、ギフトとしてはそんなにすごいもんじゃないだろ?火を噴いたりレーザーを出したりといったもんに比べたら平凡なギフトだ」
「お前は…ただ身体強化を持っているだけだというのか!?それであれだけの惨劇を引き起こしとでも?どんな化け物だお前は」
「化け物とは心外だ。俺はただ鍛え続けただけさ」
身体強化は決して珍しいギフトではない。真之介の持っている将軍の資質に比べればいたって普通のギフトだ。決して強いギフトではなく、使い手によってはギフトを使っても、ギフトを持っていない人に身体能力で負けることがよくある。あくまで身体能力を上げるだけで、それがどこまで強くなるかは人の資質や努力に大いに影響するのだ。火を使うというようなギフトと比べて効果のほどが分かりやすいため、本人の資質と努力が最も分かりやすいギフトの一つともされているのだ。
「くっそ。お前たち!俺の身代わりとなって敵を足止めし続けろ」
山賊たちの指揮官はそう言って、部下たちを置いて一人馬で駆けていく。
「待ってください!」
「こんな状況で我々を置いていかないでください」
「うるさい黙れ!お前たちの命が俺を逃がすために使えるだけ光栄に思え」
「逃がすな!」
剣八がそう言うと、山賊の指揮官が乗っている馬に後ろから矢が放たれた。
『ヒヒィィン』
山賊の指揮官が乗っている馬が弓に射られて体勢を崩し、上に乗っていた男がバランスを崩して地面に落ちた。
「おいお前たち!向こうの指揮官を捕らえろ。情報を聞くためにも決して殺すんじゃないぞ。それと、そこにいる指揮官に見放された奴らも捕らえろ」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
バランスを崩して地面に落ちて重傷を負った指揮官とその指揮官に見放されてしまった部下たちは、大して抵抗することもなく討伐隊の面々に捕らえられた。




