ギフト
「お前たち、もっとまじめにやらぬか!相手とこちらとでは五倍の兵力差があるんだぞ。普通にやれば負けるはずがないだろうが!」
「うるせえ!それくらいわかってんだよ!」
「おいお前!山賊の分際でなんという口を利くのだ。山賊はおとなしく従っていればよいのだ」
山賊側の指揮官は怒り心頭である。その理由は簡単だ。なぜなら五倍の兵力差があるにもかかわらず、現在の戦況が全くの五分だからだ。五倍の兵力差で正面からぶつかれば、指揮官がバカでない限り普通は勝てる。今は晴天、天候などによるアクシデントもないのに、自分たちの五分の一しか兵がいない相手に互角だという事実自体が指揮官にとっては屈辱なのだ。
いくら山賊の練度が低いとはいえ、さすがに五倍なら勝てないとおかしい。
「敵指揮官は無能なり。皆の者、俺に続けー!」
「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」
反対に討伐軍の士気は高い。最初は五倍の兵力差に恐れおののいていたのだが、こちらが互角に戦えていることを知ると途端に士気が上がった。最初は無理だと思っていたところに希望が芽生えたことで、より一層兵士たちの士気が上がったのだ。
また、事前に真之介と剣八が激励して士気を上げていたことが大きい。自分たちの指揮官たちは最初から勝てると考えていたのだと兵士たちが思ったからだ。
これらの理由により、今の討伐隊の士気はものすごく高かった。
「なぜだ。いくらこちらの兵が山賊中心とはいえ、どうして百五十の兵でたった三十の兵を打ち破れんのだ。上野の兵士たちというのはそれほどまでに質が高いのか?それとも、俺の采配がだめすぎるのか?いや違う、そんなことは絶対に無いはずだ。これは山賊たちがだらしなすぎることが原因のはずだ。おい山賊ども!もっとちゃんと働け!」
指揮官の男は山賊たちを叱咤する。
「くっそ、新参者のくせに偉そうにしやがって。いくら金や部下を持っているといっても生意気すぎるだろう。敵の前にあいつを殺したろか?」
「おいやめておけ。そんなことをしようとしたら後ろの奴らに容赦なく殺されちまうぞ。前線にいる俺たちはともかく、後ろにいる奴らはあいつのれっきとした部下なんだからな」
「くっそぉ」
「今の俺たちは傭兵みたいなもんだと思うしかねえよ。それに、ムカつく奴だけど金があるのは確かだからな。ここを征服したらあいつから報酬をもらえる上に、そのあと征服したところから財や女を略奪し放題という許可ももらっているんだ。今は我慢して従うほかねえよ」
「まあそうだな。戦況は互角かもしれないが、数は俺たちのほうが圧倒的に多いからな。死なねえように、そして略奪できるように頑張るなくちゃな」
山賊たちの士気は決して高くない。しかし、彼らはこれが勝ち戦だと信じて戦っている。山賊たちのような無法者は相手が自分よりも弱いとみると調子に乗って士気が高くなる。今は互角なので始まる前よりも士気は下がったが、それでもまだまだある程度の士気は保っているのだ。
「うちの兵士たちってこんなに強かったか?」
剣八は自分たちが互角であることに驚いていた。敵との数の差は五倍、士気は高くなったとはいえそれだけで互角になるような数の差ではない。もちろん自分が育ててきた上野の兵士たちと京四郎が連れてきた兵士たちの力を信じてはいた。決して彼らは山賊には劣らないと。しかしそれはあくまで一対一での話であり、五倍の数、つまり五対一で勝てるとまでは考えていなかった。
そのため、最初は自分が一騎当千、とまでは行かなくても一人で最低でも百人くらいは倒さなければならないと思っていた。
それがどうだろう。今彼らは、まだ剣八が本格的に動いていないにもかかわらず互角の戦いを続けている。剣八は自分の部下たちの力を過信してはいない。彼らの力はこんなにすごくないことはわかっている。しかし剣八には兵士たちが強くなっていることに一つ心当たりがあった。
「真之介のギフトによるものか。っと、危ない。考えるのはいいが戦いにも集中せねばな。戦いの最中に考えすぎるのは俺らしくない」
剣八は戦闘中に全く何も考えていないわけではないが、それでも理性ではなく本能を重視して戦うのが剣八流だ。今の剣八は考えすぎている。さっきも危うく敵に一太刀やられるところ(それでもしっかり対処したの)だった。
「剣八の旦那、おいらが教えたりましょうか?」
剣八の横から佑介がどこからともなく現れた。
「兵士のくせに気配を消すのがずいぶん上手いものだ。戦闘中、しかも敵の数のほうが多い中戦場でゆっくりお話ししている暇もない。できる限り簡潔に頼むぞ」
「そっすねー、簡単に言うと『将軍の資質』ってやつっすよ。あっこれ、あいつにいろんな人に広めるのを禁止されているんで、味方の兵士以外には絶対言わないでくださいね」
「将軍の資質だと!?」
将軍の資質を説明する前に、まずギフトという概念から説明しておく。ギフトというのは、いわば特殊能力のことと考えてもらった方がわかりやすいのかもしれない。一人に一つだけ与えられるかもしれないものであり、人がギフトを得られる可能性は約0.1%、つまり千人に一人と言われている。この国の場合は人口が五千人だから、単純計算で国の中に五人前後いるということになる。
また、ギフトは基本的に遺伝するものではないので、仮にギフトを持っている者をたくさん集めたとしても、だからと言って次世代にもギフトを持っている者がたくさん現れるとは限らない。
ギフトの効果にはたくさんの種類があり、解明されているだけでも百種類以上あると言われている。ギフトには筋力強化のような肉体能力を上げるものから、火や水などを操ったりするものまである。また、同じギフトでも本人の資質や実力、経験などによって強さが変わり、その持ち主の力によってギフトが強くなったり弱くなったりするのである。
そして真之介の持つギフト『将軍の資質』とは、自分の軍隊の強化である。戦闘中自分の指揮下にある者たちの能力を強化するギフトであり、京四郎が真之介によく兵士たちを任せているのはこの能力があることも大きい。もちろん、京四郎の兵士たちの中では真之介の指揮が優れているということもあるが。
将軍の資質は有名なギフトの一つであり、過去の英雄の中にもこのギフトを使って名を挙げた者もいる。もちろんこれだけ強力なギフトは持っている者もものすごく珍しい。これだけ強力で珍しいギフトを自分の仲間が持っているというのは心強いものである。これだけの人材が仲間にいるということに、そしてそんな強力なギフトの持ち主がこの国にいたことに対して剣八が驚いたのも当然である。
「始めに模擬戦をした時からなんかいいもん持ってんだろうなと思ってはいたが、まさかそんないいもん持ってたとはな」
「でもまだまだ互角どまりっすからね。そろそろ剣八の旦那にやってもらわないと。旦那も一応真之介の指揮下に入って強化されてるんだからこんな奴ら楽勝っしょ?」
討伐隊の隊長が剣八とはいえ、彼は真之介の要望で現在は真之介の指揮下に入っている。剣八はどうしてわざわざ自分を指揮下に入れたのか気になったが、佑介に真之介のギフトのことを聞いてようやく得心がいった。
「そうだな。勘吉のおっさんが京四郎様に言ったようだからお前たちも知っているかもしれんが、こうなったら俺のギフトも見せてやろう」
「それは助かるっす。このままでも旦那が頑張れば勝てそうっすが、それだと被害が大きくなりそうなんで、そろそろやっちゃってくださいっす」
「お前に急かされるのもしゃくだが、たしかにお前の言う通りそろそろやってやらなくてはな」
剣八はギフトを発動し、本格的に山賊たちを蹂躙しにいった。




