委託
「これで勝負は俺たちの勝ちだな。おいお前たち!自力で動ける奴は自力で動け。その中でも軽傷で余裕のある奴は重症で自分で動けない奴らを医務室まで運んでやれ。上野の兵とか如月から来た兵とか関係なく、協力して仲良く医務室まで行くんだぞ」
比較的軽症で動ける者たちが他の重傷者たちを運んで一緒に医務室まで行く。上野の兵たちのほうが動ける者が多く、基本的には上野の兵たちが京四郎の部下たちを運んでいる形である。特に隊長にやられた者たちはまだ意識がないようである。しかし、意識はないが重傷ではない。隊長と彼らでは大きな実力差があるので、隊長は彼らをあまり傷つけずに気絶させることができたのである。
「勝ったのはそっちなんだが、なんかしっくりこないんだよな」
京四郎はもちろん負けを認めてはいるが、なんだかしっくり来ていないようである。
「俺たちが勝ったのはちゃんとその目で見ただろう?実際今立っているのは俺だけだ。どこがしっくりこないんだ?」
「だってほとんどあんたが倒したようなもんだろ。こっちのメンバーの八割以上はあんたが倒したじゃないか。もういっそのことあんた一人で全員倒せたんじゃないか?負けは負けだが、上野の兵の半分対俺の兵士たちの戦いじゃなく、あんたとそのおまけの兵士たち対俺の兵士たちみたいになってなかったか?」
「そんなこともない。彼らだってよく頑張ってくれた。まあ、あれくらいの練度の兵士たちなら俺一人で倒すことはできたがな」
隊長は一騎当千とまではいわないが、これでもこの国最強の兵士の一角に数えられる。もしも彼の性格や口調に問題がなければ、今頃武士になっていただろう。彼はまだ若い上に名門の出ではなく農民の出なので、さすがに今はまだ武士の中でも高い地位につけたとは思えない。
しかしそれでも実力だけで言えば将来の兵士たちのトップ、この国で言うところの将軍になっていただろうと言われているほどの逸材だ。本来なら上野にいること自体がおかしい人材なのである。
「うちの兵士たちもまだまだのようだな。一対一とは言わないまでも、全員かかってもあんたに勝てるようになるにはもっと鍛えなければいけないようだな」
「そんなに追い込むこともないぞ。あの年齢にしては上出来だろう。実際、うちの兵士たちにも一対一では確実に勝っていたからな。兵士の練度だけで言えばうちよりも上だろう」
「あれはそっちが奇襲を受けて混乱していたこととこっちが攻め続けたからだ。普通に勝負していたらどうなっていたかわからないだろう」
奇襲を受けたうえで攻め続けらながら本来の力を出すことは難しい。もしも正面から戦っていたらまた違った結果になっていてもおかしくはない。
「いや、それでもそっちの兵士たちのほうが強かったと思うぞ。俺がいなければ真正面から戦っても二倍の戦力差を覆していただろう。それぐらいそちらの兵力はすごかった。それに、指揮官としてはこちらの完全敗北だったからな。なかなかにいい兵士たちと指揮官じゃないか。才能もあるだろうが、それだけじゃなくみなよく鍛えられているのがわかる」
「まあな。なんたってこいつら、あのおっさんに教わっていたんだからな。俺も教えられたが、あのおっさんの指導は確かに強くはなるが、その代わりめちゃくちゃ厳しいからな。しかも上層部にいろいろと不満があるからか、訓練中の愚痴もなかなかにひどかった」
「それはもしかして勘吉のオヤジのことか?」
「あのおっさんのこと知ってるのか?」
「当然だ。というより、武士気取りのボンボン以外の兵士たちは全員教えを受けたことがあんじゃねえか?あの人はとにかく兵士を鍛えるのが上手いからな。俺だって向こうでは世話になってたぜ」
「武士気取りのボンボンねぇ……」
この世界では姓名を持っている者は少ない。庶民は名前だけであり、京四郎の如月のような姓名を持っているのは一握りである。姓を持つのは王族や大名、武士などといった特権階級の者たちだけである。時折国に大きな影響すら与えられるような商人に国から姓を授けることはある。しかしそれも一代限りであり、親から姓を受け継ぐことができるのはその国の大名や王族、武士しかいない。よって、姓を持っているのはものすごく優秀な人か名家の出である。そしてそれはこの国も同じであり、この国で姓を持っているのは如月家と上層部の一部のみである。
この国には大名がいない。大名がいてもそれに与えるべき領土がないからだ。人口五千人、町も二つしか持っていないようなところでは、わざわざ大名に土地をやって管理させずとも十分なのである。また、この国で親から姓を受け継げるのは如月家しかいない。ただし、上層部の者には一代限りの姓を授けている。
これは主に国王が家臣の支持を強める手段に使われる。家臣に姓を与えることで忠誠心を強め、そしてその名誉を得るために他の家臣たちも頑張る。姓を与えるという行為自体が政治行為として有効になり、また一代限りなのでのちの影響力はないのだ。そしてこの国に生まれながらに姓を持っているのが如月家だけであり、家臣たちに姓を与えられるのが国王だけであるということから、国王の権力もまた強い者になるのだ。代々継承される姓を持っている家が他にないために、家として力を持てるところが非常に少ないのである。
如月にはちゃんとした、いわゆる代々続くような武士や大名はない。他の国にはちゃんと子供に姓を継承させられる武家があるのだが、この国にはそんな家はない。
しかし、先祖がこれまで何度も姓をもらっていて、おまけに親も姓をもらっていてその親が国政にも影響力を持っているといういわゆる名門の出の奴は、自分は姓を持ってはいないのだが、親や先祖がすごいというのを武器に他の人を見下し、たとえ一般兵であっても上官に大きな態度をとるのである。また、その被害者たちも彼の親が国家の重鎮であるため手を出せず、そしてその子供も実力が低くても親の七光りで結構出世するもんだからなかなか手に負えないのである。
「あんたはそういう奴らとは違うし、あんたの部下たちもそんな奴らの取り巻きとはわけが違うだろ?」
「どうだかな。大名や王族なんて奴らは究極的に言えば全員が親、というより初代の七光りだからな。庶民から成りあがった初代以外は全員その家の初代の威光にあやかっているだけだからな」
「そういやそうだわ。まあ、そんなこと言ったら庶民だって親の地位や財産、住んでいるところによって人生が違うから、大なり小なり誰にでも当てはまることなんだけどな」
「そりゃそうか。まあそれはいいや。とにかく、指揮に関してはうちの真之介のほうが上だったみたいだが、単純な個人戦闘力だとあんたの方が圧倒的に上のようだ。その辺の指導を任せたいがいいか?」
「それは俺でいいのか?俺が育てたやつらはあんたの兵士たちにやられちまった。俺の育て方じゃまずくないか?」
勝負には勝ったとはいえ、彼の育ててきた兵士たちは紛れもなく負けたのだ。負けたのは彼の指揮のせいでもあるが、それでもあの兵士たちは一人一人が上野の兵士の平均値を超えていたのだ。自分の指導で彼らを強くできるか不安なのである。
「あいつらは勘吉のおっさんの指導を受けたからな。あんたにはあれほどの指導力はないかもしれないが、それでもあのおっさん以上の実力がある。あいつらにとってはいい目標になるんじゃないか?」
「手本になるくらいなら大丈夫かもしれんが……」
隊長は不安そうに言う。
「あんたはどうやら少し勘違いしているようだ。真之介の指揮はともかく、あいつらの純粋な実力はあんたの兵士たちとそんなに変わらないぞ」
「まさかギフトか……もしかして、いくら密集していたとはいえ向こうがたくさん弓を持っているがわからなかったのもあの中の誰かのギフトのせいか?」
「さあな。弓に関してはともかく、あいつらが強かったのはギフトのおかげだよ」
「そう簡単には教えてくれんか」
「そっちだってなんか持ってんだろ?」
「領主代理に隠してはおけんか……」
「つーかあのおっさんが言ってたし」
「あのおやじめ、こちらのことを簡単にばらしやがって」
隊長は憎々しそうな、そしてどこか懐かしむような顔をした。
「まあそういうわけだから。隊長さん、あいつらの指導はあんたに任せるぞ」
「隊長さんじゃねえ。俺の名前は剣八だ」
「確かそれは昔の大剣豪の名前だったか?農民の出と聞いていたが、それにしてはびっくりするくらい立派な名前だな」
農民の名前と言うと、大抵太郎とか次郎とかが主流だ。実際如月にはたくさん太郎がいるし、世界的に見ても太郎や次郎はたくさんいる。そういった名前じゃないどころか、昔の大剣豪の名前を子供に付ける農民の親というのはものすごく珍しいのだ。
「俺もそれにはびっくりだぜ。いつか親に理由を聞いてみたいんだが、二十歳になった今でもまだ聞けていないんだ」
「えっ!まだ二十歳だったの?てっきり三十前後かと」
京四郎から見ると、彼はとても二十歳には見えない。三十を超えていても納得できるぐらいだ。
「まあ良く言われるぜ。お前は老け顔だってな。もう言われ慣れてるから全然気にならないが」
「そうか。まああんたが何歳かとかはどうでもいい。大事なのはその者がどれほどの実力を持っているかだからな。剣八、明日からうちの兵士たちも頼むぜ」
「任せておけ!それと、あんたの面倒も見てやろうか?」
「時間があったらな。俺も政務やらなんやらで忙しいから、上手く暇ができたら頼むよ」
「ああ任せておけ。確かに領主代理、いや京四郎様にはここの政務が第一だからな。あんたの兵士たちを鍛えるのは俺に任せておいてくれ」
京四郎の部下の兵士たち(政務でも必要となる部下は除く)は、明日から剣八の猛烈なしごきを受けることとなる。




