模擬戦
「それではルール確認を行う。参加者は領主代理の兵たちが十一人。俺たちは俺の部下の兵士二十二人に俺を含めた二十三人だ。こちらに比べて領主代理の軍が少ないがそれでもいいんだな?」
人数には倍以上の差がある。最初は人数を平等にすることが提案されたのだが、京四郎の部下たちの言葉で今ここにいる相手全員との戦いになったのだ。
「うちの部下が構わないと言っているのだからそれでいいのだろう。舐めているわけではないだろうが、何やらこいつらには勝算があるようだぞ」
「俺たちをなめているかどうかは関係ない。重要なのは勝ち負けだけだからな。舐められていてもいないとしても負けは負け、勝ちは勝ちであることに変わりはない。兵士に何より求められるのは勝利だ。勝利にこだわれない兵士は俺の部下にはいらない。これはあくまで実戦ではないが、それでも勝負である以上勝ちにこだわらなくてはな」
「同感だ。兵士には常に勝利が求められるからな。そうでなくとも絶対に負けてはいけない。模擬戦は負けても問題ないとはいえ、練習から常に勝負にこだわる癖をつけなくてはな。勝負にこだわっていなければ、勝っても負けても得るものがない。負けることで得るものは確かにあるが、それはあくまで勝つつもりで挑んで負けることで何かを得ることができるのだ。負けても構わんが勝つ気がないのは問題だからな」
「それも同感だ。まあ模擬戦だからルールは当然守るが、その範囲内でできる限りの手段をとらなければな」
今回の模擬戦のルールは簡単だ。まず武器は訓練用の刃をつぶしてある武器で、弓を使う者のために矢もちゃんと矢じりをつぶしてある。当たり所が悪ければ訓練用の武器でも死ぬことはあるが、それでも基本的には重症になっても死ぬことはあまりないので、模擬戦では大体この武器を使う。勝敗は先に相手の指揮官を倒した方の勝ちであり、上野の指揮官はもちろんこの大男、京四郎は今回審判をすることになっているので、京四郎の軍の指揮官は真之介である。
場所は兵士たちが普段から使っている訓練場であり、三十人くらいの模擬戦なら余裕でできる広さがある。訓練場には木や川などがないので、実戦のような地形を使った戦術はとれない。どこかに隠れたりということができないので、基本的には単純な真っ向勝負になるだろう。
「それはそうだ。ん?もう準備ができたって?こちらの兵士は準備ができたようだが、そっちの準備はできているか?」
「こっちはいつでも大丈夫だ。審判はあんたに頼むが、くれぐれも自分の部下たちをえこひいきしないでくれよ」
「俺がそんなつまらないことするように見えるか?」
「そりゃ悪かった。確かにあんたは中央の馬鹿どもやあんたの兄たちと違ってそんなつまらんことはしなさそうだ」
「中央の馬鹿とか俺の兄とか気になることは言っているが、まあめんどくさいから咎めはせんよ。今は模擬戦を見るのに集中させてもらうよ。ただ、そういうことは他ではあまり言うなよ」
「当然だ」
そう言って大男は自分の部下たちのもとに合流した。
「隊長!敵はまだ動いてきません。こちらから動きますか?」
これは上野の兵たちである。隊長とは、当然十一人会にも出席していた大男のことだ。
「数の不利を跳ね除けるために初手から何か仕掛けてくると思ったのだが。今は何か準備している最中なのか?しかし、こんな開けた場所で罠を張るにしても限界があるだろうし、そもそもそんな道具を持っているのか?」
隊長は敵が先に何らかのことを仕掛けてくると思っていた。なぜなら、普通真正面から戦えば数が多いほうが勝つ。数が少ないほうは奇襲を行うなり敵を罠にかけるなどして、とにかく先手を打ち続けなければならないのが鉄則だ。ましてや数の差が倍以上なのである。普通は先に向こうが何か仕掛けてくるはずだ。
もしも向こうの兵士の練度がこちらよりも高く、真正面から戦っても倍以上の兵力差を覆して勝てるのだとしても、それならそれで普通に攻めてくるはずだ。戦においては待つよりも動く方がずっと楽なのである。
「先に動いてこないとなると守りが得意なのか?それともこちらが何か準備しているんじゃないかと警戒しているのか?」
隊長が考えていると向こうが先に動いた。先に動いたと言っても、それは早く動いているわけではない。あくまで十一人で固まってゆっくりと動いている。
「なんだあれは?十一人しかいないのだからもっと早く動けるだろう?それに固まりすぎだ。指揮官をとられたくないのはわかるが、それでももう少し広げるべきだろう。行軍速度が遅いのはそのせいもあるだろうに」
真之介の軍は十一人で密集して固まり、ゆっくりと隊長たちの元まで向かってくる。密集して固まっているからか、進むのにも少しもたつきが見える。
「彼らは自信満々だったようだが、元服はしているとはいえしょせんまだまだ子供か。あいつらもそこらの取り巻きと同レベルなのか?そこまで愚かとは感じなかったのだが……まあいい。よしお前ら、武器を構えろ。敵がああ来るなら真正面から受け止めてやろうではないか」
隊長は元々勝ちにこだわる云々言ってはいたが、それと同時に京四郎の部下たちの練度を見ようとも考えていたのだ。彼らはこれから一緒に働くことになるであろう者たちなので、ここの軍事の責任者としてその実力を見ておく必要があると考えたのだ。彼が京四郎に模擬戦を頼んだのはそのためでもある。残念ながら京四郎の力を見ることはできなかったが、それでもその部下たちがどれくらいやるか見ておきたかったのだ。
この国に限らず、貴族や王族の子供には取り巻きがつく。そいつらは大抵能力がなく、使えない者が多い。それでもその子供は人を従えるということを学ぶため、もしくはその取り巻きたちの親の地位が高かったり、取り巻きのお世辞が心地いいとかの理由で取り巻きが何人かいる。
隊長は京四郎の部下たちの態度からそういった使えない者の類ではないと思っていたのだが、どうやらそれは見込み違いであったかもしれないと思い始めていた。
「だがそれにしては妙な陣形だ。普通そういう奴らなら何も考えずに突撃してくるもんだが。昔戦わされたバカたちもそうだったし」
真之介の軍がゆっくりと近づいてきて弓が届く射程まで来た。隊長が弓兵に弓を使わせる準備をさせようとしたその時!
「全軍展開せよ!」
大将である真之介がそう言うと、今までおかしいほど固まっていた十一人が一斉に動き出した。
「一体向こうは何をする気なんだ?」
隊長はそう言って真之介たちは目を凝らして見た。
「!?まさかあれは!まずい。お前たち、事前の作戦通り隊を三つに分けるぞ。早くしろ!」
彼らは最初、敵が何か仕掛けてきて戦闘になった時に隊を三つに分け、三方向から攻撃しようと思っていたのだ。
隊の人数構成は指揮官である隊長がいる十五人の本隊と、敵を左右から攻撃する四人一組の隊が二つだ。敵の攻撃は十五人いる本隊で抑え、残りの四人一組の隊がそれぞれ左右から攻撃するという作戦だ。最初からその作戦をしてもよかったのだが、隊長は相手の実力を見てみたいがためにいきなりそれをしなかったのだ。
「もう遅い!総員、撃てー!!」
開かれた真之介の軍の面々は、全員その手に弓を携えていた。弓の射程に入ってところで急速に軍を開き、敵に対応される前に矢を放ったのだ。
「くそ!早く隊を三つに分けろ。ひと塊になっていては集中攻撃を受けるだけだ。敵の狙いを分散させるのだ。それと、弓兵は矢を放て。敵はせいぜい十一人、一人でも仕留められれば儲けものだ」
弓によって何人かやられだしている。向こうはたった十一人、しかも全員が弓の名手というわけではない。弓の精度が高いと言える者はせいぜい一人二人だ。なので、そこまでなすすべないという感じではない。しかし、彼らはまったく想像していなかった突然の弓での一斉攻撃に驚いている。なのでその混乱から、兵士たちが隊長の指令を実行するのに手間取っているのだ。
「みんな落ち着け!敵はしょせん十一人、一斉に矢が飛んでくると言っても一回で十一本しか飛んでこない。向こうだって全員が弓の名手ということは無い!だから早く指令を実行しろ!」
「しかしあれだけの弓、彼らはどこに隠し持っていたというのでしょうか!?」
彼らは敵が弓を持っているだろうとは予想していたが、まさかそれが全員分とは思わなかったのだ。行軍中も弓を持っているのは見たところ三人くらいしかいなかったのだ。それがどうしていきなり全員分出てくるのか不思議であった。
「そんなことはどうでもいい!今はとにかく隊を分けてから反撃に出ることが最優先だ!手品の種を見破るのは後でいい。今は相手全員が弓を使っているということを理解できていればそれでいい」
奇襲には効果があったが、時間がたつにつれ当然その効果も収まってくる。上野の軍は数は少し減らしたが、それでも立て直してきている。これがもっと大勢の軍ならまだ混乱していただろうが、たった二十三人の軍ならこれくらいの混乱から立て直すのはそれほど難しくはない。まだ数は上野のほうが多いので、これから反撃に移るのも時間の問題だ。
「弓は終わりだ。次の展開も予定通りいくぞ!」
「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」
真之介が指示を出すと、全員が弓を捨てて前衛が槍、後衛が剣をもって上野の指揮官のもとへ突撃した。
「隊長!敵が突撃してきました」
「ち!隊を分けたこのタイミングで突撃か。いいだろう。その突撃、受け止めてやる。もちろん、俺たちが敵の突撃を受け止めた後は別動隊に左右から攻撃させろ」
上野の軍は真之介たちの軍の突撃を受け止めようとする。
「受け止められるものなら受け止めてみろ!」
「人数は減らされたが、それでも本体の数は同数の十一人いる。受け止めるどころかそのまま倒してしまってもおかしくないわ!ここで食らってやる」
上野の軍は数を十七まで減らしていた。あの奇襲で六人減らせたのだから御の字だろう。彼らは別動隊の数を四人一組から三人一組に変えることで本隊の数を維持したのである。
そして上野の軍と真之介の軍が衝突した。
「小僧どもが舐めるな!」
奇襲で数を減らされたとはいえ、同数のところに突っ込んできたのだ。彼らからすればまだまだ子供である。まだまだ若い世代には負けていられないのである。
「そのまま指揮官を狙えー!」
上野勢も奮闘を見せてはいるが、それでも真之介の軍のほうが強い。彼らは自分よりも大きな男たちを倒していく。上野の本隊は急速にその数を減らしていく。
「みんな急ぐぞ!このままだとうちの指揮官が先にやられる」
上野の別動隊は急いで左右からの挟撃にかかる。
「軍を分けるぞ。相手は三人だが二人で十分だろう。二人一組で左右からくる相手を止めろ。もちろん、できることなら倒してしまってもいいぞ」
真之介の軍から四人が添えぞれ二人一組となり上野の別動隊を相手取る。そして真之介は残りの兵を使って一気に相手の指揮官を狙う。
「行くぞみんな!指揮官はもう目の前だ」
「やるじゃないか。こちらを混乱させる戦術、そしてまだ幼さが残るながらもこちらの兵よりも強い兵士たち。指揮官としての勝負は俺の負けだな。まさかこれほどの部下、そして策を持っているとはな」
「降参するか?」
「まさか!確かに俺はお前に指揮官としての敗北は認めた。これだけの者たちを統率している領主代理のことも当然認めよう。しかし、まだ模擬戦での敗北は認めていない」
「お前の部下はもういないぞ。こちらも何人かは乱戦で失ったが、それでも四対一だ。そちらの別動隊と戦っている方も俺たちが勝つだろう。これでも負けを認めないのか?」
「ああそうだ。だから俺を倒しに来い。それがお前たちにできるのならな」
隊長は挑発的な笑みを浮かべ、そして真之介たちに襲い掛かる。
「相手は一人だ!四人で連携して倒すぞ」
真之介たちは四人である。彼らは数の有利を活かし、複数で同時に攻撃したりなどして向こうが対処しきれないような攻撃をしようと試みる。
「俺を倒して見せろ」
隊長が剣を振るう。その剣はここにいる者たちの中で最も力強く、そして鋭い剣であった。真之介たちはその剣に一瞬見惚れはしたが、それでもすぐに気を持ち直して戦闘に臨んだ。
「まさかこうなるとはな……」
気が付けば、隊長と真之介以外の全員が訓練場に倒れ伏している。隊長は孤軍奮闘し、真之介と一緒にいた三人、そして別動隊を倒して合流した四人をすべて一人で下したのだ。後残りは指揮官どうしの直接対決である。
「どうした?まさか怖気づいているのか?」
「そんなわけあるか!俺だって剣の修業を毎日欠かしていないのだ。お前にだって勝ってみせる!」
真之介はそう言って隊長に向かっていく。しかし両者の力の差は歴然であり、そこから剣を十合も交えぬうちに真之介は敗れ、そして地面に伏した。




