能力を人助けのために使うそうです
上への道は閉ざされているのだから、下に行くしかない。
幸い、(知っている範囲には)左の道にバケモノの姿はなかった。
下に出口があるかは分からないが、奥には行けるはず。
……エルフのカップルは、楽しそうな様子で階段を降りて行く。
数分後に自分たちが死ぬとは、夢にも思っていないだろう。
いや、俺が左の道に誘導すれば、彼らは死なないのか?
よく、未来は変えられないと良く耳にするが、救えるのであれば救いたい。
仲間は多ければ多いほどいいだろうし、見捨てるのは良心が痛む。
ただ、問題は彼らの俺への不信感だ。
先ほどの態度を見る限り、普通に話しかけていたのでは信頼されない。
どうにかして彼らの進路を左にずらさなければ……。
だが、長話をしていてはバケモノに遭遇してしまう。
奴が、右の道に入った時の物音を聞きつけて、向かって来たのか?
それとも、なんらかの用事で奥から出て来たのか?
……どちらかは分からない。
最悪なのは、右の道の奥からやって来たバケモノが、
左の道に進んだ俺らを追いかけて来るという展開だ。
そんなことを考えているうちに、エルフ達とはずいぶん距離を離されてしまった。
足元に気をつけながら、彼らを急いで追いかける。
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「ちょ、ちょっと!」
慌てて階段を降り、別れ道の前で彼らに声をかける。
なるべく早く走ったせいで呼吸は荒いが、幸いなことに死んではいない。
……あ、俺も、エルフ達もね?
肩で息をしながら、彼らを見つめる。
予想通り、不審そうな顔の2人が俺のことを見ている。
……よし、頑張れよ、タナカ!
息を整えながら、自分で自分を勇気づける。
「右の、道は、危険なんで……」
思い出した、俺コミュ障なんだ……。
ダメだ、何も言葉が思い浮かばない。
上手い言葉が思いつく人なら、難なく彼らを救えるんだろうなぁ……。
「……知っているんですか?」
男エルフが敬語で返答。
俺に対する警戒感は感じるものの、前回に比べ、やや柔らかい物腰だ。
「来たことあるんで」
嘘は言ってない。
前回、前々回と、入り口で死んでいるものの、洞窟内に来てはいる。
ちゃんと話したいが、この能力について説明している時間はないだろう。
その間に右の道からバケモノが姿を現す可能性は十分にあるのだから。
エルフ達が顔を見合わせている。
その表情は、俺への懐疑心が溢れている……ように見えてしまう。
くそっ、時間がないってのに!
これは、エルフ達を見捨てる選択をしなくてはならないかもしれない。
そう思っていると。
「……じゃあ、左に行ってみます」
女エルフが、ぎこちなく声をあげた。
……男エルフの方は、やや不満そうだが。
「よ、よかった! じゃ、あの、なるべく急いだ方がいいですから」
……我ながら口下手すぎる。
おかしいな、チロルには普通に話せるのに。
正直、彼らには前を歩いて欲しかったが、交渉がめんどくさいので先に進もう。
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しばらく進むと、大きなコウモリが現れた。
風こそないものの、動きの速いコウモリの攻撃は避けにくそうだ。
撃破には大分かかるだろうなぁ……。
何回コンティニューさせられるんだろうか。気がおも━━
━━突然、コウモリが激しく燃え上がった。
俺には何が起きたのか分からなかったが、後ろを見て理解した。
どうやら、先ほどの炎は女エルフの魔法によるものらしい。
「……戦闘、苦手なんですか?」
男エルフが、不愉快そうな表情で俺に吐き捨てる。
命の恩人になんて物言いだ、コイツは。
そう思ったが、彼らは命を救われた自覚なんてないんだよなぁ。
とはいえ、何の心当たりもないのにここまで不愉快そうな対応には腹が立つ。
「もう、そんなこと言っちゃダメだよ!」
女エルフちゃん、マジ天使かよ。
高まっていた俺の怒りのボルテージが、急速に鎮まっていく。
「……エル、あんまり人間を信頼するのは━━」
「だけど……」
んー、種族の因縁的なアレですか?
どこのゲームでも、エルフって人間と敵対関係にありますもんねぇ。
……今更だけど、随分と「いかにもファンタジー」って感じの世界観だよな。
なんというか、世界にオリジナルの要素が全くない。
言語も普通に理解できるし、転生だってのに身体に違和感もない。
今まで、コンティニューに気を取られていたけれど、考えて見れば随分と《・》都合が良い《・》世界だ。
「あの、もし戦闘が苦手でしたら、一緒に洞窟を探検しませんか?」
……え、マジですか?
やっぱり女エルフちゃんは天使だったんですか?