5 タンゴ
(1)
鼻腔に感じた
人の気配を
尋ねたら
おまえは一言
「女性です」と
「独りのようだ」
「髪は茶色」と
年頃までは
言い淀んだが
おまえの声音の
上ずりようで
若い娘と
語るに落ちた
オグルビーの
石鹸だ
まちがいない
淡い清楚な
あの香り
香りの主は
きっと美人で
気立ても良い
チャーリー
おまえに
よくお似合いだ
俺の勘だが
保証する
(2)
ドナと言ったか
あの娘御は
にこやかに
相席を許し
礼儀正しく
受け答えをし
掛け合いもどきの
我らの口調に
声立てて
思わず笑った
上品で
物柔らかな
声だった
楽団の音が
聞こえたついでに
興が湧いて
タンゴに誘えば
頼もしいかな
脈はあるのに
惜しむらくは
尻込みしとる
「間違えるのが怖い」
と言って
気後れしとる
初々しくて
微笑ましいこと
この上ないと
言いたいが
待てよ
もう1人
近くにいたぞ
そんな輩が
チャーリー
おまえだ
ドナは
タンゴに
そして
おまえは
人付き合いの
とばっちりに
若いのにと
言うべきか
若いがゆえにと
言うべきか
揃いもそろって
怖気づいとる
いずれ
ピエロか
キューピッドか
一座の興に
この老いぼれが
率先垂範
Por una Cabeza?
旋律の明暗が
この世の禍福は
儘ならんものと
謳っとる
甘酸っぱくて
ほろ苦い
良い曲だ
さあドナ
踊ろう
---人生みたいに
ややこしくはない
タンゴは
いたって
単純なんだ
間違えたって
どうってことない
いやむしろ
間違えていい
足が絡んで
つんのめっていい
とにかく
踊りつづけりゃいい
それがタンゴさ---
(3)
彼女のことは
見てただろ?
ホールドこそ
おずおずと
怖がってたが
終わるころには
足の運びも
楽しげに
自分の意志で
ついてきた
その意気だ
その意気で
チャーリーと
踊ってみないか?
声にこそ
出さなかったが
年寄りの
嘘偽りない
激励だった
ところで
チャーリー
少しは俺も
見ててくれたか?
組んで歩こうが
8の字描こうが
回そうが
のけ反らせようが
勝手だが
左手は
何があっても
放すんじゃない
抱擁が
深いときなら
気づかんだろうが
体と体が
離れた日にゃ
2人の手と手は
唯一の糸
次に引き合う
よすがになるんだ
その手と手だけを
頼りにな
だから
放すな
左手だけは
君と踊れて
うれしいと
ついておいでと
手で語るんだ
乙なもんだろ?
そう考えりゃ
人生だって
タンゴと
大して
違いはないかも
しれんがな
。