頼る人
ショートカットで、少し垂れ目の女子が話の途中にタイミング悪く部室に顔を出した瞬間から少しだけ部屋の雰囲気が静まりかえり、咄嗟に部室にいたメンバー全員が浩也の失言をどうにか誤魔化そうと、各々目で合図をしあった後、速やかに行動を開始した。
「もしかしてあなたが......」
その言葉を遮るように、この事態の原因である浩也を突き飛ばして、翔が依頼人に対応した。
「いっいらっしゃいませ! 護衛部にようこそ。ささっ、どうぞこちらにお掛けください。」
「えっ、あっ、はい、どうも......。それより、今あの人すごい勢いで押し飛ばされましたけど、大丈夫ですか? それと雷神様がどうとか......」
やはり、この程度じゃ誤魔化しきれませんか。
翔の顔つきが少し険しくなったのをみて、今度は、京華が行動に出た。
「あーもしかして、外人を雷神と聞き間違えたんじゃないっすか?」
「外人って外国人ですか? 確かに雷神って言葉に似てますけど......」
まだ何かを疑っている様子の彼女を見て、京華がさらに話を続けた。
「それがですね、あの人、外国の方にとても憧れていましてね。その強すぎる思いから、いつしか自分を本当に外国人だと思うようになってしまったという、少し困った方なんすよ。」
「まぁ。」
理由はあれだが、限りなくなくはないニセ事情をでっち上げた京華のおかげで、大分雷神から意識がそれた。横目でチラリと翔の方に良太が目をやると、その様子を見た翔が、上手い、と言わんばかりに、小さくガッツポーズをしていた。そのすぐ後に、もう一押しと判断した翔が、京華の話に便乗した。
「本当に困ったものです。確かに日本以外の国から見たら、私たちも外国人なわけですけど。それにしたって、あの顔立ちで外国人を日本で名乗るだなんて、無理にもほどがあります。」
少しだけフォローを入れつつ、見事に話を合わせ、より話に信憑性を出すことに成功した翔だったが。こともあろうに、突き飛ばされて少しだけ意識が朦朧としていた浩也が、翔の発言に無駄に食いついた。
「誰が外国人だこの野郎! どっからどう見たって、歴とした日本男児の顔つきだろうが!!」
「こっ、浩也落ち着いて!」
「あなたは黙っていなさいっ!!」
段々話がややこしくなってきた頃合いで、今までその様子を無関心な表情で眺めていたラミルダが、翔の袖を後ろから引いた。
振り返ると、どこから取り出したのか、漫画などでよく見る銃の先端が丸い形をしたおもちゃの様な物を片手に持っていた。
「何ですかそれ?」
「......記憶を、......消せる機械。」
そんなものがあれば一番手っ取り早くこの事態を終わらすことが出来る。
しかし、あまりに唐突に、本物ならば世紀の大発明で、アカデミー賞確実であろうものを出してくるので、翔は一瞬思考が停止しかけた。
「......本物なんですか?」
小声で耳打ちすると、ラミルダはコクリと頷いた。
翔は腕組をして使うかどうか相当迷った。ラミルダが今回のようにいきなり発明品を出してくるのは珍しいことではない。
だが、使うのに大分抵抗感があるのだ。
ラミルダが冗談を言うタイプではないのは分かっているし、実家の絶大な化学力があれば、必ずしも不可能ではないと思える。
それを差し引いても、使った後に起きるであろう現象に、恐怖感を感じて、使うに使えないのだ。
最終的にまたその考えに辿り着いた翔は、今回もラミルダの発明品を使わないことにした。
「そう......、わかったわ。」
そう言うと、ラミルダは部屋の奥へと歩いて行った。
さて、断ったものの、依頼人の疑いを晴らす良い手段が思いつかない状態に戻ってしまった。
今は、先ほどの翔の発言に興奮状態の浩也を良太が押さえている光景に意識が向いているが、長くは続かない。早急にどうすればいいか考えなければ。
焦りと不安で、翔は頭を抱え込んだ。
その時だった。
依頼人が座る椅子の前のテーブルがコトンと、二回ほど音をたてた。
不意になった音に皆が音の方を向くと、今しがた奥へと行ったラミルダが、お茶の入ったティーカップとお菓子が盛られた器を置いていた。
「ラミさん......。」
それから、依頼人の向かいの席にゆっくりと腰かけると一言、
「何か、......困ってるの?」
そう静かな声で尋ねた。
いきなり投げかけられた質問に戸惑う様子の依頼人だったが、相手をじっと見つめる眼差しと、どこか不思議な感じのするラミルダの雰囲気に惹き込まれ、依頼内容を話し始めた。
「あ~あ、あれだけお芝居して苦労したのに、たった一言で解決しちゃうなんて、ラミさんには敵わないっすね。」
いつの間にか翔の隣に立っていた京華が、手柄を横取りされてがっかりしたのか、小さくため息をついていた。
感情があまり表に出なくて、いつも何を考えているかわからない先輩だけど。思い返してみれば、部の誰かが困っているのをちゃんと気づいてくれて、最終的には、さらっと解決してしまう。
「本当に......。全く、敵いません......。」
そんな頼りになるラミルダを見て、京華と同じようにため息をついた翔だが、その表情は優しく綻んでいた。
「さぁ、私たちも席について話を聞きましょう。ラミ先輩だけに聞かせておくと、面倒くさがって部分的にしか内容を話してくれなくなるかもしれませんよ。」
「はいっす。」
ようやく正体がバレるかも知れないという危機が去って、スッキリした気持ちで椅子へと向かう二人に、予想だにしない言葉が飛んできた。
「おい待て翔!! まださっきの話が終わってねぇぞ!!」
翔の発言に対して収まりがまだついていなかった浩也が、良太の制止を振り切って、わざわざ目の前まで来て大きな声で叫んだ。
「ちょっとコウさん、その話は自分が......」
説明しようとした京華よりも早く、浩也への不満が今の一言でメーターを振り切った翔が、無言で浩也の胸ぐらをつかんだ。
「いい加減に......、しなさい! このっ、ワガママ大魔王がぁぁぁーーー!!!」
先ほどの浩也の叫びよりもはるかに大きな声と共に、思いっきり背負い投げられた浩也の体は、先日治ったばかりの部室の扉を派手にぶち破った。
なんやかんや騒動の後、改めて各々席に着いた状態で、依頼人の話を聞ける状態までやっとのことで落ち着いた。
すっかり護衛部のいつも道理のやりとりに委縮してしまった彼女に申し訳なさそうに、翔がオホンと咳ばらいをすると、ラミルダが聞いた依頼内容を簡潔にまとめた。
「えーっと、気を取り直しまして、田武智友子さん? 先ほどは本当にお見苦しいところをお見せしてしまって......。」
浩也を思いっきり投げ飛ばしたことを思い出して赤面した顔を隠すように、座ったままの姿勢で深々と頭を下げる翔に、
「いえいえ! こちらこそ、色んな事に驚いてしまってすみません。」
と、前に出した両手を左右に振ると、同じように頭を下げた。
すると、冷静な表情を取り戻した翔が、依頼内容を再度確認した。
「それで......、お話しいただいた依頼内容ですが......。いわゆるストーカー、というやつですか?」
翔が話を切り出した途端、苦笑いを保っていた表情が、僅かに曇った。