王国騎士団
レヴィアの様子に気がついたのか、ルシフが言った。
「もう一回言っておくが、努力は無駄にはならない。 それが俺の持論だ」
そんな慰めも、今の彼女には意味がない様で、ずっと黙り込んでいる。ルシフはとりあえず、話を切り替えようと別の話題を切り出した。
「そういえば、よく知らないんだけど王国騎士団の聖者ってどんな奴がいるんだ?」
そのあまりにも下手な話の切り出し方には、流石のレヴィアも呆れる他なかった。
「それって……。まあいいわ、私のことは……いいわよね? それに、団長のことも貴方は知ってるはずよね?」
「ああ。知っている」
「じゃあ、後の2人ね。 1人は殆ど戦の場には出ないから、知っている人も少ないかも知れない。
魂の聖者メフィスト様、ただ彼は謎が多い人で、聖者としての力がどんなものなのかは知らないわ。もしかしたら団長は知ってるかもしれないけど、私はあまり興味もないし」
騎士団に居ることは知らなかったが、ルシフはメフィストの名に聞き覚えがない訳ではなかった。
「まさか、誘惑するものメフィスト卿のことか?」
メフィスト卿といえば、最強の悪魔として名を馳せていた誘惑する悪魔のことだ。200年前に世界を震撼させたらしい悪魔で、教科書にも載っている。
その事は騎士を目指すものなら誰でも習うはずだ。もちろんそれはレヴィアも例外ではないが、彼女は何のことか分かっていない。
「魅力するもの?」
だが、彼女が知らないのも無理はない。
彼女は本物の天才だから、教科書なんてものを読む必要もないし、覚える必要もないのだから。
彼女は最強の聖者だったために王都立防衛学校に入学することもなく、騎士団に入ることが決まっていた。
だからこそ、彼女が刻印を持つものの歴史もしらず、獣の刻印持ちを差別する様なこともない。
その代わりに選択する権利は奪われ、聖者として街を護る事を義務付けられている。
「やっぱり知らないのか?」
「魅力する悪魔は知ってる。 でも、それとメフィスト様は関係ないでしょ? 名前が同じだけで」
「……そうか。 やっぱり歴史に疎いんだなお前は」
「歴史について勉強なんて、最低限しか教えてもらってないんだもん。知らなくて当然よ」
自信なさげにそうボヤく彼女からは、その悲しさが伝わるようだ。
「仕方ない、簡単に説明してやる」
ルシフのその言葉は、一瞬にして彼女の元気を取り戻した。
「魅力する悪魔は、別名魂を喰らう者と呼ばれ、他の悪魔の寿命を奪って自分の寿命にしている。つまりは、悪魔を殺す悪魔なんだよ」
「悪魔を殺す? それって聖者の仕事じゃないの?」
「そうだ、今でいう聖者がやっていることと変わりない。だが、今から200前には聖者という考え方がなかったから、メフィスト卿は悪魔を殺す悪魔として生かされていたらしい」
「じゃあ、メフィスト様は悪魔なの?」
「それは知らない。 ただ、魂の聖者という2つ名だから無関係とは思えないけどな」
「確かにそうね。 でも、さっきも言ったとおり、メフィスト様の能力は知らないわ」
メフィストに対する謎は深まるばかりであった。
「じゃあもう1人の方はどうなんだ?」
ルシフの声になぜか不機嫌になるレヴィアは、
「あいつねー……あいつ……」
「なに不機嫌になっているんだよ。俺はただ聖者について聞いているだけだぜ?」
「私はあの子が苦手なのよね……。あの地角の聖者がね……」
地角の聖者、その言葉にもルシフは聞き覚えがあった。
「そうか、もう1人はあの最年少の聖者だったか」
「うん。彼は私よりも才能がある子なんだけどね。」
そう言う彼女はどこか歯切れが悪い。
「変な奴なのか?」
「そういうことでもないわ。基本的にはいい子だし、努力も怠らないし、言わば努力する天才児ね」
ルシフには彼女の言いたいことが理解出来なかった。今聞いたところでは悪い所などないように思える。
「だったら、一体なにが問題だと言うんだ?」
「うーん……。 別に問題はないわよ、でもあの子ずっと私の後ろについてくるのよね」
「いやなのか?」
「いやってわけじゃないけど、あの子と私がね、自分で言うのも烏滸がましいけど最強の十大聖者の2角だってことがまずいのよ。
主力の二人が王都を離れるわけにはいかないでしょ?」
最強の十大聖者とはその名の通り、300人程いる王国で最強を名乗ることを許された聖者のことだが、いまいちピンと来ない設定の1つである。
「そう言われても、俺ら庶民には十大聖者とかよくわかんねぇからな」
「大丈夫よ、私にも分からないから」
全然大丈夫じゃないと思うルシフであった。
「というか、そんなことどうでもいいから……とにかくその地角の聖者について教えろよ」
ひとまず、凄い聖者ってことはわかったが、まだ名前すら聞いていない。ルシフは苛立ちのためか、強めな命令口調で言ってしまった。
それでも、レヴィアは丁寧に答えた。
「彼の名前はハムートっていうの。聞いたことぐらいはあるよね?」
「ああ、噂程度にはな」
「そして彼が地角の聖者と呼ばれる所以、それは彼の頭にある角なのよ」
「角だって?」
角を持つ人類など存在しない、もちろん悪魔だろうが聖者だろうが例外ではない。それがこの世界での常識だ。
「驚いてるところ悪いけど、続けさせてもらうわよ」
「あ、ああ……」
「彼は唯一この世界で角を持つもの、そして、私と同じように魔法を使える魔法騎士でもあるわ」
「そりゃ聖者なら魔法ぐらい使えるだろうよ」
そんなルシフの言葉に、甘い甘いと言う風に指を左右に振った。
「魔法は魔法でもそんじょそこらの魔法とは違う。こればっかりは実際に見るより他ないけどね」
「一体どんな魔法なんだよ、自然でも操るのか?」
「さてね、でもルシフはあまり驚かないかもしれないけどね」
そう意味深そうな言葉を吐いたレヴィアだったが、彼女が魔法についてそこまで褒めるというのは相当凄いことだ。
レヴィア自身、剣術の腕はゴミみたいなものだったが、魔法だけは天才の域を脱している。だからこそルシフはハムートの魔法が見たくなっていた。
「いつか見てみたいな……」
「まあ、その内見れるよ」
ルシフはそう確信を持って言うレヴィアに違和感を覚えた。
「なぜそう言い切れるんだ?」
その言葉にレヴィアは苦笑いをして冷や汗をかいていた。
「ごめん、今のなし……それよりもハムートの話よね!」
彼女は失敗するといつもそんな顔をしていたから、何かを隠していることは確実だ。だが、話したくないことを無理に聞出すほどルシフは野暮ではない。
「ああ、どんどん話してくれ」
そう言って、彼女の誤魔化しに乗った。
「たぶん、ルシフはハムートの本当の恐ろしさを知らないと思うから言うよ。おそらくだけど、ルシフが悪魔の力を使ったとしてもハムートには勝てないわ」
唐突にそう話すレヴィアにルシフは呆然とした。
「さすがに俺は聖者に勝てるほど強いなんて、そんな自意識過剰なことは思ってないぞ……」
それもそのはず、ルシフは聖者を尊敬こそすれど、自身の戦闘向けではない能力が通用しないことを知っていた。
「聖者。そう言えば聞こえはいいし、必ず強いものだと思い込むのも仕方のないことだと思う」
「そりゃあそうだろ」
ルシフは呆れたように返す。
「でも、彼はまだ5才なのよ? それを聞いても勝てないと思うの?」
レヴィアはルシフを挑発するように言った。
「悪いがその挑発にはのらないぞ。お前と一緒にいることで俺がどれだけ怖い思いをしてきたことか……」
そう言ってルシフは苦い思い出を振り返り、寒気がするのを感じていた。
「ルシフって、時々とても失礼なことをズケズケと言うよね?」
「そうか? 俺は思ったことしか言わないぞ?」
レヴィアの思いは鈍感なルシフには届かない。それは出会った頃から知っていることだ。
「言ってもしかたないわね」
そう呟くと、話を戻すように「とにかく。」と続けた。
「ルシフはハムートには勝てないの!」
だから分かっている、と思うルシフだが口には出さず取り敢えず同意した。
「そうなんだろうな」
「・・・分かったならいいわ」
少し不満気だったが、なんとか納得したレヴィアだった。
だけど、レヴィアがそこまで言うのだ。ルシフが全く気にならないわけがなかった。
「ところで、俺が勝てない理由ってのはなんだ?」
「そうね……。簡単言えば、対悪魔ようにステータスがあがることかしら?」
そんな明らかに反則的な能力だ。バランスは気になるものだろう。それはルシフにも言えることだった。
「ちなみにどれぐらいだ?」
「具体的にと言われればわからないけど、私の目で見た限りではスピードは倍近くだと思うわ。それはもう、ゴキブリ並みのスピードだと言っても過言ではない筈よ。」
さすがにゴキブリ並みのスピードは寒気がする。ゴキブリと同じスピードなら相当な速さだろうと思うルシフであった。
しかし、本当に脅威なのはその速さでは無く、それに耐えうる肉体を5才という若さで獲得していることだ。
そこまで凄い肉体ともなると、相当成長の妨げとなることだろう。ルシフはなんとなく可哀想だななどと同情するだけでなく、自身に重ね悲しさすら浮かぶ。
「悲しき運命を抱えているんだな」
「大丈夫よ。ルシフよりは成長すると思うから」
「それはどういう意味だ!?」
そんなやりとりのおかげで、レヴィアは元気を取り戻したようだ。
(よかった、だが俺の身長のに触れてしまったことだけは生涯恨んでやる)
1人でそう静かに誓うルシフであった。
「でも、確かに俺では勝てなさそうだな。そんな肉体の持ち主に勝てる気がしないぜ」
「なんか勘違いしている気がするけど、まあいいわ。」
レヴィアは呆れて立ち上がった。
「もう時間も遅いことだし、私はそろそろ今日の宿を探してこないとどこにも泊まれなくなっちゃうわ」
ルシフに対してそう言い残し礼拝堂のドアを開け出て行こうとする。その言葉にルシフが衝撃的な言葉を発した。
「家に泊まっていけば?」
その言葉の意味することをルシフは知らなかったのだ。
「たぶん、ルシフの言う泊まっていけっていうのは普通の意味なんでしょうね?」
「普通もなにもないだろ?」
ルシフにとっては何気無しに言った言葉だが、その言葉はレヴィアにとってはありがたい。
「でも、おばさんにご迷惑なんじゃ?」
彼女にとっては気になるところだろう。
「いいんじゃない。私は気にしないわよ」
ドアの向こう側から聞こえた言葉にレヴィアは振り向くと、そこに立っていたのはルシフの母、マリアだった。