消えた聖者
港街でのパレードが終わってから1週間が経っていた。
そんな中、王都ではある話で持ちきりだった。
なんと、王国騎士団の聖者である渦巻きの聖女レヴィア=ライが行方不明になっていたのだ。
王都にある騎士団本部、その会議室では今まさに騎士の内10人が集まっていた。皆厳格な顔つきで静かに円卓を囲んでいる。
1番の最初に沈黙を破ったのは、長い白ひげを携えた古老の軍師、魂の聖者メフィストだった。
「それで、こんな大事な時期にいったいあの娘は何処にいってしまったのだ?」
それに答えたのは、メフィストの次に長い男であるユダだった。
「確かに聖女様の力は絶対に欠かせないものです。しかし、あの方のためだけに時間を使えないのも事実です」
ユダの意見に次々と賛同者が現れた。
しかし、それに対して違う意見を持っていたものがいた。騎士団長のジゼルだ。
「確かに、ユダの言っていることは正しい。だが、あいつが、いるといないでは戦力が変わりすぎる……。もともと、こんなことになってしまったのも私の責任だ。私が探してこよう」
その意見にはさすがに皆が反対した。今この時期に団長がいなくなるのは非常にきびしいのだ。
「ちょっとまってよ団長! ここは、最年少の僕が行ってくるよ!」
そう名乗りを上げたのは、聖者ハムートだった。
その頃、教会はいつものもように大忙しだった。懺悔室を訪れるものが後を絶たない。
本来、真実を突く能力があったルシフだ。真面目に働くと彼に許しを求める者は以前よりも遥かに多くなった。
「神父様、私の懺悔を聞いて下さい……。 実は私は、故郷に待っている人々がいるのに面倒くさくて、故郷に帰らずにこの街に留まっているのです。こんな私を赦してくれるでしょうか?」
「神はお赦しくださるでしょう。って、そんなわけあるか!! お前いつまでここにいるつもりだ!!」
懺悔していたのは、今まさに噂の人である渦巻きの聖女レヴィアだった。神は働かざる者を赦しはしない。この街にずっと留まって働きもしない彼女を赦しはしないだろう。
レヴィアはすでに騎士団の制服すら来ていない、今では軽く化粧をし、ワンピースを着てその美しくも長き金髪をたなびかせている。そうして涙を溜めた青い瞳でこちらを見つめている。
「帰る気がないなら、取り敢えずここで働いとけ」
「いいんですか? ルシフさま……!」
「気持ち悪い敬語なんかつかわんでいい……」
ルシフは溜息をついた。流石に真面目に働き始めて1週間、毎日毎日、懺悔室に入ってきては邪魔をされたものじゃたまったものではない。
レヴィアも暇そうにしているし、仕事でも与えておけば邪魔もしないだろう。
「おい、レヴィア。 お前にもお使いぐらい出来るだろう?」
「私も舐められたものね。 一応これでも騎士団の聖女なんだけど……」
「お前、騎士団以外で仕事したことないだろ?」
その言葉に負けたように彼女は黙ってお使いへと向かった。
これでようやく仕事が出来ると思うルシフだが、結局やることはさっきまでと大差ない。いつものように懺悔の言葉にタイミングよく、あった言葉を投げかけるだけだ。何も難しいことなどない。
取り敢えず、懺悔しに訪れるもの達をいとも容易く捌いていくルシフだった。
やっとの思いで全ての懺悔を聴き終えた。さすがのルシフも100人もの懺悔を聴くのは疲れたようだ。
「ていうか、なんでこう毎日毎日懺悔する奴が100人近くいるんだ!? 絶対おかしいだろ!? この街は悪いことする奴ばっかかよ!?」
「1人で何騒いでるのよ? ちょっと、そんなことより掃除を手伝ってよ!」
懺悔室の外で掃除をしていたレヴィアが怒鳴り返す。まだ、働き始めてだというのに彼女はよく働いている。なにより、天職を見つけたかのように活き活きとしたその顔は、どこかいつもより可愛く見えた。
それを見てルシフは、また刻印の表す意味について考え、再び悪い感情が蘇る。しかし、今度は自分のことではなく、レヴィアの気持ちについてだった。
だが、彼女のことは彼女にしかわからないし、自分意見を無理に押し付けることは出来ない。
そこで、ルシフは彼女に直接聞いてみることにした。
「お前は、騎士団をやめたいのか?」
突然の言葉に可愛らしくキョトンとした表情がルシフはとても好きだった。そうして、不意に思い出したかのように不機嫌になるその様子も。
「突然何をいいだすの? 私は聖女よ!? やりたいかやりたくないじゃないの……。やらなくちゃいけないのよ!」
そう思い詰める彼女は昔のルシフに似ていた。
「運命ってのは変えるのは難しい。だけど、絶対に変えられないなんてそういう風にはおもいたくないな」
ルシフの言うその言葉の意味をわかった聖女レヴィアは悲しげな表情をした。
「そんなこと分かっているわ……。 あなたが永劫回帰という運命と戦っていたことも、これからも戦い続けるということもね……」
「違う! 俺が言いたいことはそうじゃない」
「だったら、どうだというの? 私にも昔のあなたの様に無駄な努力をしろというの!?」
レヴィアが吼える。それを諭す様にルシフが話す。
「俺は無駄だと思っていない。ただ、俺の様に時間を無駄にして欲しくない。だから言わせてもらう」
「…………」
「努力が無駄になることなんてない。それは、あいつを近くで見続けた俺とお前だからわかることだろう? 違うか?」
「確かにそうね……。でも才能があるのと無いのでは大きな違いがあるわ! あの人には才能があっただけ」
「いいや、違いなんかない! お前にいくら騎士の才能があるとしても、たとえお前の腕に世界平和がかかっていたとしても、お前の人生は他の誰でもないお前が決めるべきなんだ」
その言葉を聞いたレヴィアは泣き崩れた。今まで、自分の道を自分で決めていいなんて言われたことはなかった。
彼女に認められた選択肢は、王国騎士団に入るか、王国魔術師団に入るかの2つだけだった。
それに対して、自由に選べと言ってくれた彼の言葉はまさに救いの言葉となった。
レヴィアは涙が枯れるまで大声で泣き続けた。その間、ルシフはレヴィアに肩を寄せ続けた。
「俺はお前のこと、嫌いじゃないしいつまでもここにいていいぞ……だけど、それがお前の望みじゃないのなら俺は、できる限りお前の望みを叶えてやる」
そういうルシフはどこか照れ臭そうだった。
彼女が泣き止んだのは、それから1時間ほど経ってからだった。