聖なる少女
人は簡単には変わることができない。今まで怠けていたものなら尚更である。
それは、ルシフも例外ではない。
もちろん、彼も努力は怠らない。その証拠に、今日は早く起きが、立ち上がるのが酷く憂鬱に感じた。
仕方なく、窓から外を眺めて、やる気が出るのを待つことにした。
窓の外には住宅街しか見えないが、そこで遊んでいる子供達を見てその熱を貰おうと思ったのだ。
しかし、あるのは後悔ばかりである。
(あーあ、俺も少し前までは何も考えず走りまわっていたのに……。一体どこで間違えたのだろうか……)
ルシフは考えても仕方ないことばかりに時間わ使うことが好きである。なんといっても、時間を無駄に使う感じがたまらない。
しかし、今日のルシフは一味違う。彼ははベッドの横にある机、その上に無造作に置かれた聖典を手に取って、あろうことか勉強をし始めた。
仕事だけではなく、勉強も嫌いなルシフだ。勉強は結局1時間ほどで切り上げ、ベッドから立ち上がった。そうして掛け布団を無造作に片付けると、ドアのそばにある本棚へと向かう。
まずは部屋を丁寧に片付けることにした。なにより、部屋を整理したくて仕方がない。
それからは、散らかった本を本棚に戻したり、放ったらかしのゴミをゴミ箱へと入れたり、床を箒で掃いたり、水拭きしたり、乾拭きしたり、埃を取ったりと大忙しだ。
流石に、物凄いゴミの山だ。自分がいかに何もしていなかったのか思い知らされる。
ピカピカになった部屋をみて満足げなルシフだが、何かを忘れている気がしないこともない。
「これだけ部屋を綺麗にしたんだぞ。今日ぐらいは午後から働けば許されるだろう……。たぶん……」
とりあえず、午後から懺悔を聞く仕事をしようと考えた。
仕事をするなら、まずは腹ごしらえからだろう。
そう考えたルシフは、廊下を出てリビングへと向かうことにした。しかし、今はまだ朝の11時だ。まだご飯の準備など出来てるはずもなく、あったのは母の驚きと質問責めだけだった。
「こんな早くに起きて、どうしたの? いつもはまだ寝ている時間でしょ? どこかでかけるの?それにその服は……まさか、本当に神父として働いてくれるの? 今日だけじゃないわよね? 一体どういう風の吹き回し?」
そんなにいっぱい聞かれても、答えられるはずもない。そう思い、げんなりする。しかし、母には一大事なのだろう。
だが、今のルシフにとってはそんなことより腹ごしらえの方が重要だ。
誰にとっても信じられないことであろうが、もちろん、その後仕事をするつもりである。
「いや、ちゃんと働くよ、もちろん。でも昨日から何も食べていないから腹が減っちゃって……。
食べられるものなら何でもいいから、何か食べられるものを作ってほしいな……なんて……。ダメかな?」
流石に可愛い息子の頼みだし、マリアは作ってやるのもやぶさかではないという風だった。だが、このままでどうせルシフがサボってしまうだろう。
「いいでしょう。ただ1つだけ条件があるわ……」
「条件?」
「なに、そんなに難しいことではないわ……。誰にでも出来ることよ。もちろんあなたにも出来ること。どうする?」
それを聞いたルシフは、あまりにもお腹が空いていた。そのためか、条件を聞くよりも早く返事を返してしまった。もちろんイエスと。今思えば早まったことをした、ただ後悔はしていない。
彼女は計画通り言わんばかりで、明らかに悪役みたいな表情をしていた。彼女が息を吸い込む音がする。
「そう、条件はただ1つ」
絶妙な間にルシフは息を飲む。
「条件とは……」
「条件とは?」
「その条件とは……」
「その条件とは?」
「答えはコマーシャルの後で!!」
ルシフは彼女がなにを言ってるのか理解不能だった。コマーシャル?なんだそれ。ルシフは困惑し、一瞬言葉につまる。
「……っ! いったい、コマーシャルがなんだか分からないけど、さっさと条件を言ってくれ!!」
「ごめんごめん、あなたがとても真剣だったからつい」
「ついじゃねぇよ!!」
「条件は最低でも今日と明日は真面目に働くことよ!」
「なんだ。そんなことか……。今日から真面目に働くって何度もいっただろう?信用してないんだな……」
実の親に信用されないのは辛いことだ。だが、そもそもルシフ自身の行いが悪いので、母親を責めることは出来ない。むしろ、自分のことが情けなくなる。
こんな出来事があったからこそ、きちんと働こと考えることが出来たのだ。
いつものように懺悔室にこもるルシフだが、その顔つきは心なしかいつもと違う。今日は眠気まなこでも気怠げでもない。キリッとした真剣な表情で座っていた。
しかし、計画とは上手くいかないものだ。いつもは行列が出来る懺悔室は今日に限って暇だった。
なんでこんなに人が来ないのかと不思議に思うルシフだが、それも当たり前といえば当たり前だった。
今日は王都から、王国騎士団の団長であるジズが街を視察に来ることでパレードが行われているのだ。そんな中教会の懺悔室を訪れるものもいない。
「それにしても暇だな……。何で誰も来ないんだ……?」
そんな彼のボヤきも虚空へと消えていった。
この時ルシフは気がついていなかった。まさに今礼拝堂の方には多くの人が訪れているということに。
いつも懺悔室にこもっているルシフにとっては、外の音のことなど気にしたこともなかったのだ。だからこそ、すぐに近くで騒ぎ声が聞こえようが気にもならない。
誰も懺悔室を訪れないまま2.3時間経った頃だろうか、パレードは佳境に入っていた。丁度、騎士団長の集団が教会の前に差し掛かっていた。
これには流石のルシフも外が騒がしいことに気が付いた。
「いくら何でも、五月蝿すぎやしないか……?」
「それはそうだよ。だってパレードの真っ最中だもん。」
「……っ!?」
突然の返答に驚いたルシフは、頭を天井にぶつけてしまった。彼は頭を抑え、懺悔室を出て懺悔する者の方へと回り込もうとする。
だが、あまりにも多い来客に目を奪われた。いつも人は多いが、流石にパレードの日だ。人が多すぎる。
驚きのあまり絶句しているルシフの後ろのドアが開いた。中からは16歳ぐらいだろうか、王国騎士団の制服を着ている美少女が出て来た。そうして、笑顔を見せて言った。
「お久しぶり、明けの明星さん」
「やっぱりお前か……」
「なんだか嫌そうだね?」
「嫌ってことはないぞ。ただな、渦巻きの聖女がこんなところにいていいのか?」
「いいの。私は仕事でここに来ているのだから。それに私はそんな名前じゃないわ……」
不服だと頬を膨らませながら少女は言った。それにはルシフも言いたいことがある。
「あのな……。レヴィア、俺の名前も明けの明星じゃないんだぞ……」
「失礼、ルシフェル。」
レヴィアは悪びれる様子もなく、名前をわざと間違えた。流石にルシフも苛立ちを抱いたが、グッとこらえた。
「まあいい、それで仕事って?」
「聖女として騎士のスカウトに来たのよ」
彼女は当たり前でしょ、という風にルシフの問いに答えた。
「騎士? こんな街に騎士になれる奴なんているわけないだろ?」
ルシフは不思議に思う。まさか、漁ばかりしている街で戦力になる人間なんていないだろう。
「驚かないで聞いてほしい。実は神からの啓示があった……」
神からの啓示はもう10年近くはなかったことだ。驚かないと言われても無理があった。それはもうルシフは驚いた。
「か、神から啓示だと!? では、まさかこの街に神の刻印持ちが生まれたのか!?」
「そう、この街に神の加護を持つものがいると……。でも、生まれたとは少し違うわ」
生まれたわ訳じゃない。その言葉の意味がわからなかった。神の刻印は悪魔の刻印と同じで、生まれながら持つのが当たり前なのだ。
しかし、彼女はとてつもないことを口走る。