序章
いつの頃だったか、手の甲に謎の印を持って生まれるものが現れた。
彼らはみんな不思議な力を持って生まれる。
あるものは火を操り、またあるものは常人とは思えない怪力を持っていた。彼らは人とは違う能力を持っていたため、悪魔や魔女と罵られることが多かった。それ故に、彼らとその家族は迫害され、村から追い出されることもあった。
しかし、その力に目をつけたも者達がいる。その者達こそが、各国の王達だった。
王達は彼らの力を借り、戦争を行った。戦争を行う代わりに、功をあげた者にはそれなりの地位を与えた。
彼らが戦争に出ることによって、大量の兵と武器が必要なくなる算段で、その目論見は成功した。だが、彼らは世界中で活躍したため、戦争の長期化が進むこととなる。
それから、何年もの時が流れ、謎の印を持つものはそのほとんどが戦争屋として活躍していた。
そんな時、信者が最も多い宗教に新たな経典が見つかった。その経典は後に、『悪魔の黙示録』と名付けられることとなる。
経典の内容は今までの神の教えを冒涜するもので、経典として認めその内容を公開するかで論争となった。
論争は熾烈を極めた。その大きな理由として、神への冒涜である永劫回帰を認めるような内容だったことがある。なにより、永劫回帰する対象やその理由がまずかった。
謎の印とは、神が咎人に与えるものであり、刻印を刻まれた者達は、否応なく永劫回帰の罰が与えられた。
永劫回帰とは全く同じ生を繰り返すこと、それすなわち、同じ罪を永遠に繰り返すということだ。
神は彼らを許すことは永遠にないと言っているも同然だ。
そのことが、印の持ち主達に知れることは非常にまずかった。もし知られたならば、その刻印、つまり獣の刻印を持つ者達は教会に牙を剥くだろう。
なにより、神への冒涜とされてきた永劫回帰を認めることは、民による神への信仰が揺るぎかねない。それだけは絶対に避けなければならなかった。
だが、秘密を隠すことほど難しいことはない。
なにより、以前から教会に不信感を抱いていた刻印を持つ者がいた。彼は戦争を嫌い、静かに本を読んで暮らしていた青年だった。
名前を『ダンダリオン』といった。
ダンダリオンは常に本を読んでおり、小綺麗な格好で端正な顔立ちだが、全く感情を表さないことから皆に気味悪がられていた。
そんな彼は、人の心を少しだけ読むことが出来た。それにより、教会が黙示録を隠していることを知った。
彼は黙示録を明るみに出すつもりなど一切なかった。ただ、黙示録そのものに興味が出ただけだった。
ついには、彼は耐えきれなくなり『悪魔の黙示録』を盗み出してしまった。もちろんだが、彼が盗み出したことは誰も知らない。
ただ、盗まれたために世界中にその存在が明るみになってしまった。
それからは悲惨だった。
獣の印を持つものの一部は、自分が知らぬ間に大きな罪を犯しており、それが決して許されることがないと知ると、枷が外れたかのように暴れ出した。
暴動者の数は年々増え、教会だけでは抑えきれなくなった。
だが、獣の刻印を持つ者の中には教会に味方する者もいた。
その者達は悪魔として忌み嫌われることを逃れることは出来たが、差別がなくなることはなかった。
————それから数十年後のある村では、獣の刻印を持つ者たち、すなわち悪魔の襲撃にあったようだ。
家屋は倒壊し、火の海に包まれた小さな村には人の影がない。ただ、木や肉の燃える匂いが充満していた。
しかし、そんなところにある夫婦が訪れて来た。2人とも背丈はあまり高くはなく、身なりは質素で布の服を着ているばかりだ。なにより靴にはわらじを履いているからおそらく貧民なのだろう。女の方は身ごもっているようで、お腹をかかえていた。
2人は亡き村の住民達を思い、手で十字をきった。神に仕えている者達だったようだ。
少しの間、辺りを見渡して男女は、崩壊した村に祈りを捧げるようにしゃがみ込んで手を合わせた。そうして女の方は涙を流し、世界の平和を願っている。
この、決して豊かではない村は二人の故郷だった。
夏には草がうっそうと茂り、冬には雪が木や屋根に積もったが、今や焼け野原以外なにもない。
「獣の刻印を持つ者達は、なぜここまでするのだ……!」
男が悔しそうにつぶやき、悔いるように手を強く握り込んだ。だけど、どんなに力を込めて祈ったところで、状況は良くならない。
それに、男は滅びた村よりも妻の身と新しい命を優先しなければならなかった。
故郷とはいえ、燃え尽きて何も残っていない村にいつまでもいるわけにも行かない。死体を埋めてやりたいが、どれが死体かすら最早区別がつかないほど酷い有様だった。
それに、いつ悪魔達が帰ってくるかもわからない中で、全てを埋めているほどの余裕はない。今すぐに立ち去るべきだろう。
2人は、もはや名前もなくなった村だったが、放っておきたくはなかった。しかし、どうしても去る他なかった。
誰もいなくなった後の村に寂しさ以外のなにも残ってはいなかった。時間が経てば存在すらなかったことになるだろう。思い出は優しく思い出されるが、時は残酷に流れるのだった。