39 聖竜の旅12 神秘の森と騎士の誓い
『神秘の森』
そこは、ボスコの森とは正反対の美しい場所だった。
木々から差し込む明るい日差し、鳥の声が心地よく響き、紫色の花が森中に咲き乱れていた。
新緑と花の紫の色が、幻想的な美しさを引き立たせて、うっとりして時間を忘れそうになるところだった。
「すごい・・・です。これは・・・」
「聖なる空気で満ち溢れてるわねー」
「すげえなあ・・・」
『守り人』の3人は、森の『聖なる力』を目の当たりにし、息を呑んでいた。
周りの騎士たちは、何が聖なる力なのか理解できないでいた。
魔法を使えるものにとっては、大地そのものから『聖なる力』を途方もなく感じることができ、魔力がみなぎる場所だった。
確かにここは、『特別な場所』なのが、鈍感な私でも分かる。指先がしびれて、身体がなんだか軽いもの。そして、森全体が覆う不思議な雰囲気が、身体も心も癒されるような感じ。
私の世界で言う神社の『パワースポット』のようなものだよね。
この紫の花がすっごくきれいで、花冠作ってみたい!
あ、そういえば。セイクリッドと一緒に作った白い花の花冠が確かここに・・・ゴソゴソ
優華は、エルフの村で作った花冠を荷袋の中から出して驚いた。
あれ??ぜんぜん枯れてない?作った時、そのまま。
2~3日前なのに、不思議。いつまでも、色あせなくて、生花を加工した『ブリザーブドフラワー』みたいね。
さすがエルフの村の花だなと関心していると、ディークラールハイトが話しかけてきた。
「珍しい花を持っていますね。」
「やっぱり珍しい花なの?」
「10年に一度しか咲かないもので、エルフのおとぎ話ですが、その花を常に持ち歩くと、願いが叶うと言われています。願いが叶うと、花は枯れてしまうと。」
「へーーそんな貴重な花だったんだ。」
何気に気に入って、花冠を作ったけど、この花ってそんな意味があったのね。
私の今の願いは、『聖竜さん』に会うこと!
『どうか聖竜さんに合わして下さい』と優華は花冠を手にして、心から何度も、何度も願った。
『守り人』の3人とカバリュオは、今後の事について会議をするため、天幕に長い時間こもると聞いて、優華は以前から思っていた事を実行する決意をした。
「モンソンさん、サルバティエラさん、お願いがあるんです。私に剣の使い方を教えてください!」
突然の優華からの呼び出しと、まさかの頼みごとに2人は目を合わせて、驚いていた。
2人は天幕を張り終え、剣の手入れをしようと思っていた。先日の魔物の討伐から、血をぬぐったのみで、丁寧な手入れをできないでいたからだ。すると、優華から突然、2人を指名しての呼び出しがあった。
「喜んで教えて頂くと言いたいとこですが・・・ひとつお願いが、『さん』づけでなく愛称で呼んでほしいのですが」
「愛称ですか・・・」
優華は、モンソンの『愛称』という言葉に、しばらくうーんと考えていた。
「『モンソンおじさん』はどうでしょうか?あ、ごめんなさい。失礼ですよね・・・。おじさんなんて、モンソンさんが初めてなんです。」
優華は、少し下向きかげんに目線を向けながら少し恥ずかしそうに口を開いた。
「私を特別視しない人は・・・だからすごく仲良くなりたいと前から思っていました。『姫』という肩書きじゃなくて、私自身を見てくれる人だから、ぜったい良い人って確信してたんです。」
モンソンは、少し動揺していたが『ニヤリ』と笑みを浮かべて、優華の頭をポンポンとやさしくなでた。
「『モンソンおじさん』か・・・」
優華からの提案の呼び名を口にし、モンソンは気分が浮き立っていた。
嘘偽りのない優華の言葉が、とても嬉しく感じていたからだった。
この歳になって、こんなお譲ちゃんに誉められて、満ち足りた気持ちになるとは・・・。
モンソンが騎士になろうとした動機は不純だった。
『食うに困らない』
ただその1点だけだった。
モンソンは父から、古の時代であれば、一国の王の血筋であったと、事あるごとに聞かされていた。礼儀や振る舞いには厳しく、父の言うことは絶対服従だった。そんな父に反抗し、家を飛び出し、幼い頃から得意だった剣の腕前で生計を立てる事を選んだ。
モンソンは『用心棒』という職種を選び、生活の糧にする事にした。用心棒の仕事は、世間知らずのモンソンが思っているような簡単なものではなかった。時には仲間と思っていた者に裏切られ、報酬を根こそぎ持ち逃げされる事もあった。または、依頼主に騙され、命が危うくなる事もあった。用心棒の仕事にありつけず、空腹で何日も過ごす事もあった。そんな用心棒の仕事を続けていると、信じられるのは自分自身と心に刻まれていった。
そんな生活を10年ほど続けていたある時、命を助けられた依頼主がモンソンの剣の腕前に歓喜し、城の騎士見習いの試験がある事を教えてくれた。安定的に収入が入る『騎士』という職業に興味をひかれた。
騎士見習いの試験は、手を抜いて挑んだが、それでも合格し、正式に騎士と認められ、第5オルデンに配属となった。
モンソンは、面倒な事は心底苦手で、責任ある役職に就くことを嫌っていた。そのため、魔物の討伐であっても、周りに気づかれないように、いつも手を抜いていた。
モンソンが本来の実力を発揮していれば、第1シヴァリエ隊の騎士長か、副騎士団長になっていても、おかしくはなかった。
『精霊姫』と旅の同行の騎士に選出された時は、『やっかい事に巻き込まれたくない』というのが本音だった。しかし実際、優華を目の当たりにし、裏表のない素直な人柄に好感をもてた。妹のような存在で、守ってあげたくなるよう愛らしさがあった。そんな感情を抱いた相手は、初めてだった。
モンソンはスラリと剣を鞘から出し、胸元あたりで握り、剣先を天に向けた。
それを見ていたサルバティエラは驚愕して、唖然とし、言葉を失っていた。
「我、モンソン・ネルファがこの剣に誓う。優華ちゃんに生涯その身を捧げる事を」
『騎士の誓い』
生涯唯一、ただ1人に対して、忠誠をつくす誓い。
この誓いを交わした相手を一生守り、守り抜くという清い、聖なる誓いであり、なんびともこの誓いに意義を唱えることはできない。
この世界では、夫婦の誓いとはまた別物であり、『重い誓い』であり、そういった相手に出会えるというだけで幸運であると言われている。
「モンソン・・・」
「サルーに先を越される前でよかった。」
気が動転していたため、モンソンの名前を呼ぶだけで精一杯だった。
サルバティエラは、『なぜ』『なぜ』と頭の中で何度もこだまして、モンソンの行動が理解できなかった。
いつも鍛錬は中途半端、無精ひげをのばし、口調はぞんざい。およそ、騎士とは言えないような行動をする。そんなモンソンをいつも叱り付ける役目だった。
そのモンソンが今、目の前で『騎士の誓い』を行ったのだ。
その頃、城の一室にある魔方陣がまばゆい光に包まれて、一樹と雄也が現れた。
「なんだよここは・・・?」
先ほどまで確かに、神社にいたはずなのにと不思議に思いながら、二人は辺りを見回し、どこか見覚えのある部屋だと思った。
何もない部屋で、地面の文字や円が描かれるだけ、窓や家具など一切なく簡素な室内だった。
その1室は、優華と別れることになった元のいた世界へ帰還した部屋だった。
「なあ、この部屋。見覚えないか?」
「俺も同じこと思っていた。」
おそる、おそる扉に手をかけると、2人とも頭から激痛が走り、その場に倒れこんでしまった。
雄也は、その場に倒れて、意識がない中、夢を見ていた。
この世界に友人5人で来たこと、優華がこの世界で『姫』と呼ばれていたこと。
知美の事で深く心を傷ついた優華。別れ際に、優華に自身の思いを伝えようとしたこと。
「夢じゃない!現実だ!」
雄也は、勢いよく、起きて叫んだ。
道路で倒れてからずっと、頭の中にあった『もやもや』の原因だった記憶を思い出した。
目の前には、見覚えのある顔。そう、この世界の『守り人』、シェルフトだ。
魔方陣のある殺風景な部屋で、どうやら意識を失ったようだった。
そうだ!優華はいったいどうなったんだ!
優華を残してこの世界から去ってから、幾日がたっただろうか。できれば一刻も早く、元気な姿を見たいと雄也は思った。
「あの・・・優華は?」
「姫様は、城にはおられません。今は聖竜を探す旅に。」
「聖竜?」
シェルフトの聖竜という聞きなれない言葉に、雄也は首をかしげていたが、すかさず一樹が口をはさんだ。
「雄也、ホーリードラゴンだよ!くーーーーオレも会いたかった!!」
「そのテンション・・・ひさしぶりだな。」
「おれさーーーすっかり元通りだ!」
久しぶりの一樹のハイテンションに、普段の姿といったいどっちが本当なのかと疑問に感じた。
一樹は、この世界に戻れたことが相当嬉しいのか、目を潤ませて、何度も頬をつねって、夢でない事を再認識していた。
シェルフトは、魔方陣の部屋から、感じるはずのない魔力を発している事に疑問に思い、赴くと、そこにいるはずのない一樹と雄也の姿があった。
異世界から償還する魔法は、最高位魔法で人には扱えるものではない。『守り人』であるシェルフトは、『帰還のみ』の魔法が使えるが、それも長い準備期間が必要で、簡単に扱えるものではない。
以前は、『世界』が優華を償還し、それによって一樹たちは巻き込まれる形となった。しかし、今回は、一樹と雄也の二人が償還された。
いったい誰がこの二人を償還したのか、大きな謎だった。
聖竜の旅が思ったより長くなり、すいません。もう少しお付き合いください。神秘の森はベルギーにある『ハルの森』をモデルにしました。行ってみたいところです。