22 友人達が帰還する日
シェルフトから元の世界へ帰還する「魔法陣」の準備が出来たと報告があった。
その報告を受けて、一樹は牢から解放され、さゆりと優華と雄也と共に知美の部屋の前にいた。
重苦しい緊張の中、沈黙をやぶったのはさゆりだった。
「とりあえず、私が声かけてみる。」
3人とも無言でうなずき、さゆりが知美の部屋の扉を開けた。
知美はベットでうずくまって、生気がなく、以前より痩せ細っていた。
「知美?」
「出て行って!私を早く元の世界に返してよ!」
「うん、知美、帰る準備ができたから。」
それを聞くと、がらりと表情を変えて、さゆりにものすごい勢いで抱きついた。
「ほんとに!?もうこんなところに居たくない!早く戻りたいの!優華のせいよ!あの子のせいで私はこんなところに!」
大きい声を張り上げて、さゆりの胸でわんわんと大泣きしてしまった。
それを見ていた優華は唇をぎゅっと嚙締め、厳しい表情になった。
「・・・知美ごめんなさい。」
わんわんと泣く知美には、その声は届いていなかった。
雄也が、耳元でささやいた。
「優華のせいじゃない」と手を『ぎゅっ』と握ってくれた。
「魔法陣」があるのは、シェルフトの実験室の1室だった。
そこは、書庫とは違い、余計なものが一切ないさみしい、がらーんとした空間だった。
床には大きな魔法陣の文字だけが浮かび上がっていた。
「この魔法陣の中に入ってください。」
シェルフトは、雄也たちに告げた。
さゆりは泣きじゃくる知美を抱えながら、ふたりで立ち、雄也もそれに続いた。
一樹は、泣きながら魔法陣に入ることを拒んだが、結局兵たちによって、強制的に魔法陣に押し込められた。その様子を見ていたシェルフトは、一言も発しなかったが、さみしげな目線を向けていた。
シェルフトが、呪文を唱えると、魔法陣の文字が少しづつ光を強めていった。
光が強くなり、雄也たちの姿が見えにくくなった時に、雄也はいきなり優華に叫んだ。
「優華!おまえに言いたいことがあるんだ!」
「え?何聞えない?」
「優華のことが・・・・」
その言葉が最後まで優華の耳に聞えることはなく、魔法陣はまばゆい光を発して、優華の友人達は、光とともに姿を消した。
優華は、友人達が消えた魔法陣をいつまでも、いつまでもじーと見つめていた。
雄也達が元の世界に帰ったあと、ふわふわの毛のウサギをなでなでしながら、優華は部屋にひとりでいた。
『優華のせいよ!あの子のせいでわたしはこんなところに!』
知美の言葉が繰り返し、繰り返し頭の中で響いていた。
『ぎゅっ』と手を握ってくれたいつも優しい雄也は、もうこの世界にはいない。
「姫、ちょっといい?」
「はい」
突然の訪問者は、ベンダーバールとディークラールハイトだった。
「泣きたかったら、泣いてもいいのよー」
「そうです。私たちに甘えて下さい。」
優華は、一瞬何の事が分からなかった。
「泣いちゃいなさいー我慢する方が身体に悪いんだからー」
ベンダーバールにそう言われて、優華は押し殺していた気持ちがあふれだし、その目に涙をうかべていた。
「わたし、わたし、しっかりしなきゃって、知美のことも、しっかりして、だから・・・泣いたらだめって・・ヒクっヒク・・・強くなって・・・みんなの役に立たなきゃってヒクヒク」
「ハイハイ、がんばったと思うわー」
ベンダーバールは、優しく優華を抱きしめて、包み込んだ。優華は、腕の中で大泣きし、その日はベンダーバールとディークラールハイトに付き添われながら、眠りについた。
「姫のことをよろしくねー」と小屋の中にいる白いウサギにウインクして、ベンダーバールはディークラールハイトと部屋を出ていった。
夜遅く、王からの呼び出しがあり、王の執務室にて、めずらしく『守り人』全員が集まっていた。
「姫は、泣きつかれて、今はぐっすり寝ておられます。友人の方に『優華のせいよ!あの子のせいで私はこんなところに』と言われたのが辛かったようで、この世界にこられてから、いろいろありましたから。」
「そうか・・・」
王は、優華が泣いていたと知り、心が締め付けられていた。優華は、何も分からない中、この世界に召還され、戸惑いながらも、必死で受け止めようとしていた。
「姫は優しいのよ。優しいから・・人の痛みを自分の痛みとして捉えてしまうのよねー。」
ベンダーバールのその言葉は、以前ストラヴィンによって、遮断された言葉の続きだった。
「しばらくは、私とベンダーバールとストラヴィンで、気にかけて姫の部屋へ伺います。」
「へ??オレも?」
「そうよー当然じゃない?姫の事が心配じゃないの?」
「はあ?そんな分けないだろ!」
ストラヴィンは、ふたりの言葉に動揺していた。泣いていた優華に対して、どう接していいのか、分からなかったからだ。不用意に言葉を発すると、優華を傷つけてしまうではないかと、不安だったからだ。
「じゃあーきまりねー」
ベンダーバールはストラヴィンが動揺していると知っても、決定事項にしてしまった。
心の中でストラヴィンに対して、『ほーんと不器用なんだからー』とつぶやいていた。
普段からあまり言葉を発しないシェルフトが突然口を開いた。
「姫のせいではありません。引きこもったご友人はおそらく『目に見えるものだけ信じる者』だったのではないでしょうか?この世界は、彼らのいた世界で認識されていないものが存在するところです。今まで、信じていなかったものが、目の前にあり、現実となって存在しています。目の前にあるのに、それを否定し、自身でカベを作ってしまわれたのではないでしょうか?」
「なるほどー『目に見えるものだけ信じる者』とはやっかいねー。」(ベンダーバール)
「視覚というのは、少しの事実しか映し出さないものです。それだけで物事を推し量るというのは、とてもさみしいものですね。」(ディークラールハイト)
シェルフトが突然言い出した仮定の話にみなが納得していた。
「そうです。忘れるところでした。姫のご友人の『雄也殿』から、みなさんに伝言を頼まれました。『どうか優華を守ってほしい、お願いします』と深々と頭を下げられました。」
ディークラールハイトから伝言を聞いた他の『守り人』と王は無言になった。
その友人は、魔法陣で別れる時、心が引き裂かれそうになったのではないか。いま優華が突然目の前からいなくなったら、どうだろうか。その空いた穴を埋めるすべはあるだろうかと、それぞれが思いをめぐらしていた。
その沈黙を破ったのはベンダーバールだった。
「そうねーアタシたちが姫を守らないとねー。そのための『守り人』でしょー」
それを聞いた他の『守り人』は無言でうなづいて、優華への思いをめぐらした。
王は、『守り人』を見回して、何かしら決意を込めて発言した。
「すまぬがそろそろ本題に入らせてもらう。今日集まってもらったのは、以前『玉座の事件』の黒い渦のことだ。詳細な報告をそれぞれ合わさって、詳しいことが分かってきた。」
王から聞いた『守り人』全員の表情は険しくなった。
これから『守り人』と優華に試練が待ち受けていた。
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ここは、雄也達が元いた世界。
そこでは、ごく当たり前の日常が過ぎ去っていた。
雄也達は、気づいたら病院に運ばれていた。道路の真ん中で集団で倒れていたため、発見した人が救急車を呼んでくれたのだ。
なぜ道路で4人とも意識を失って倒れていたのか、警察の事情聴取はあったが、記憶が抜け落ちて、何があったか思い出せず、明確な言葉を発するものはいなかった。
次の日にそれぞれが自宅に戻り、いつもの生活に戻っていた
あれから、雄也は、心の中が「ぽっかり」と穴が開いたような空虚感があった。
「なんか大事なこと忘れてる気がする・・・」
それがいったい何であったか、思い出そうとしても、思い出せなかった。
今回で第1部が終わった感じです。読んでいただいている方へ、分かりにくい文章ですいません。