14 ドジッコがついにバレました
いつもの朝だった。
昨日は、友人達と町の散策に出て、閉じこもる生活から開放された。
それなのに今日の優華の気分は、天気が曇りのように、もやもやとしていた。
優華は、入浴しながら「じーー」と両肘と両膝を交互に見ていた。
両手の肘にすり傷があり、左足の膝に擦り傷があり、さらに右足の膝は内出血になっていた。
メイド達にみつからないようにするには、どうしたらいいか、悩んでいた。
きっとケガを発見すれば、メイド達は大騒ぎをしてしまう。
いい案が浮かばなく、入浴後はメイドが用意してくれた服に着替えると、昨日より勢いのある足音が優華の部屋に近づいてくる。
ああ、たぶんあの人だろうな・・・と優華は容易に想像できた。
バン!といつものように勢いよく開かれた扉から現れたのは、想像通りの紅い剣士ストラヴィンだった。優華は、いつか扉が壊れてしまうのではないかと、余計な心配をしてしまう。
「姫!昨日変態ヤローに襲われたってホントか!??」
ハイ??
優華の思考は一瞬止まってまっしろになり、えっと・・・ナンパされただけで、どうしてそんな事に??
困惑して思考回路が遮断された優華の両肘に、ケガをしていることに気づいたストラヴィンは一気に表情が変わった。
「殺す!!!!」
ストラヴィンの眼は血走っていて、殺気がビシビシと伝わってきた。部屋にいたメイド達は、みんな青ざめて、子うさぎのように小刻みに震えて固まっている。
どうしてそうなるのよーーー!!
「ちょ、ちょっとまってーーー」
このままの勢いで行くと、本気で人を殺しかねないと思った優華は、部屋を出て行こうとする鬼の形相のストラヴィンを、後ろから両手でがしっと抱きついてしまった。
ストラヴィンは信じられないという驚いた目で優華の方を振り返り、立ち止まって固まってしまった。
「えっと・・・ストラヴィンさん。ちょっと、ちょっと待ってください。」
「あ・・・ああ」
「とりあえず、落ち着いてください。すいませんが、メイドさんたちは、ディーさんとベンダーバールさんとシェルフトさんを呼んできてもらってもいいですか?」
固まっていたメイド達は、優華の言葉にはっと我に返り、無言でうなずいて、子うさぎのごとく素早く部屋を出て行った。
後ろからストラヴィンを抱きついたままになっていた優華は、急に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい!」
素早くストラヴィンに抱きついた手を離した。
ストラヴィンは、いつもと様子が違い、固まって頬を赤く染めていた。優華も同じく、自分から抱きついたという大胆な行動に恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていた。
「あ、いや・・・こっちこそ・・・・デキレバシバラクソノママノホウガ・・」
ストラヴィンの言葉の最後の方は、小さい声で優華には聞き取ることができなかった。
いつもの勝気のストラヴィンではなく、借りてきた猫のように大人しくなっていた。
「姫ーーーちょっとーだいじょうぶ!?顔赤くない??」
メイド達に呼ばれて、ベンダーバールとシェルフトが駆けつけてくれた。
「姫が昨日町で異常者に拉致監禁されたとか」
シェルフトが真剣な眼差しを優華に向けてきた。
ええ??どうして話が盛ってるの?
「オレは、姫が変態ヤローに襲われたって聞いた」
続いてストラヴィンが眉をあげて発言。
いやいや、どっちも違いますから!
「2人とも落ち着いてください。」
他の2人から少し遅れて、ディーが大きい紙らしきものを持参して部屋に入ってきた。
「昨日護衛した騎士団長アウルスの詳細な報告書によると、姫が果物店で見知らぬ男性に声を掛けられて、無理やり連れ去ろうとしたと言う事です。すでにその不埒な者は拘束しております」
シェルフトとストラヴィンとベンダーバールは、うんうんと真剣な眼差しでディーの報告書を聞いている。
優華は、町で声掛けられただけなのに、報告書って、大げさすぎない?
どんどん話が大きくなってるんですけど・・・。
「そんな奴は死刑ですね」
シェルフトは、眼鏡を上にあげて、ぼそとつぶやいた。
「そうよね~~姫に手を出したんだから~それぐらい当然よね~」
あの・・あのですね・・・ベンダーバールさん・・・ナンパされただけですよ??みんな落ち着いてーーー。
「ええ、そうですね。」
どうして?ーーいつもの冷静なディーさんまで?
「当たり前だ、姫に傷を負わせたんだからな」
ストラヴィンの発言に他の3人は、表情を変えて、一斉に静まりかえった。
「ストラヴィン、この報告書には姫が傷を負わされたという記載はまったくありませんが・・・」
いつも冷静なはずのディークラールハイトまでが殺気を身にまとっている。
「姫の両肘みてみなよー怪我してるだろう?」
一斉に優華に視線がいく。
「ちょっと姫、見せて。」
「やだーー両肘を怪我してるじゃないのーーーええ!膝は内出血になって・・・」
それから部屋は、凍りついて、4人の殺気が部屋の中を充満していた。
「あの!みなさん落ち着いてください!」
「えっとですね。この膝と肘の傷は昨日自分でこけたんです!昨日の男性とは何の関わりもありません!!」
4人共目が点になって、しばらく黙りこんだかと思うと、「ぽかーん」としていた。
沈黙をやぶったのは、ベンダーバールだった。
「姫?どーしたらそんなこけ方になったのかしら?」
「えっと・・・昨日城に帰ったあと、部屋の中でつまずきまして・・・。」
「はあ?どんだけ派手にころんだのよー?」
「え、はい・・・。私はよく何もないところでこけるのは、特技でして」
「ぷっ!あははーーーそんな特技もあるのねーーー!!」
ベンダーバールとストラヴィンが腹をかかえて笑い出し、呼吸困難におちいっている。
優華の『何もないところでこける特技』という言葉がツボにはまったようだ。
「ベン・ストラヴィン失礼ですよ」
そう諭すディーも笑いを必死で堪えている。シェルフトは、何か考えているよう見えて、眼鏡の奥では微かに笑みを浮かべている。
だから、言いたくなかったのに・・・はあ・・・。
ドジッコの本領を発揮しちゃいました。トホホ・・・。
朝から悩んでいたのはこの事だった。優華は、大学時代によく転倒して、友人達の笑いの話のネタになっていた。
ストラヴィンとベンダーバールの笑いが落ち着き、ディーが優華の目の前にきて目線までかがんだ。
「姫さま、肘と膝を出してください。癒しをかけますので」
ディーが、優華の膝と肘に手をあてると、痛みが嘘のように、すーーと消えてなくなり、内出血で変色していた足がきれいになっていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
本来癒しの力って、墓穴をほってケガした事のために使うものじゃないよね?なんだか悪いなあ・・・。
そうだ!
「みなさんによくして頂いているので、何もできなくて、すいません。せめてお茶だけも飲んでいってください。」
「姫が自らお茶を入れてくれるのかよーー」
ストラヴィンが、優華の言葉で一気にテンションがあがり、殺気を身にまとったような同一人物とは思えない穏やかな表情になっていた。
この世界にきてから、メイドがすべての事を世話してくれていた。ありがたいと思いながらも、自分でできることは自分でしたいのだ。
部屋にはミニキッチンがあり、小さいが簡単な料理が作れるようになっている。
キッチンの戸棚を探すと、あった!異世界にも紅茶の葉ってあるんだ!食器棚には、ポットとカップもある!よし!!
紅茶のカップとポットに湯を注いでしばらく温めて、温めたお湯を捨てる。茶葉をポットに入れて、沸騰したお湯を勢いよく注ぐ、3分ほどポットの中で茶葉を蒸らしてから、カップに紅茶を注ぐ。
紅茶好きの父に小さい頃から教えてくれた手順だった。
「これは、美味しいです。」
「ほんとね!」
「姫がいれてくれたってだけで、オレは美味しいけどな。」
シェルフトはストラヴィンの言葉に無言でコクコクとうなずいている。
「ねーねー姫。これがほんとの特技って言うのよ~」
ベンダーバールが優華にウインクして、励ましてくれた。
この数日間は、メイドが何でも先にしてしまい、紅茶さえも自身でいれる事ができなかった。予想外の事態で、紅茶を4人にふるまう事ができて、優華は満足だった。
シリアスのはずなのに、キャラ達がどんどんくずれていってます。