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僕は君を忘れるから  作者: あやちょこ
2/5

昼時

 神山は、父親が入院している大学病院のカフェテリアで、早めの昼ご飯を取ろうと店に来た。

早めに昼食をとって、検査から戻ってくる予定の父親に顔を見せたら、そのまま会社に向かおうと考えていた。


 コーヒーと、麦芽の入ったバンズに挟まれたバジルチキンのサンドウィッチを受け取り、混み合う店内を見渡した。

病院のカフェなので残念ながら座席数が少ないし、それに対して人が多すぎて、空いてるテーブルが見つけられなかった。


 手に持ったトレーを見下ろしてから顔を上げると、二人掛けのテーブルに一人で座っている若い女性の元へ歩いて行く。

向かいに座らせて貰うのはこちらとしても不本意で申し訳ない。

けれど、時間も限られているし、受け取ったトレーを持ったまま、立ち尽くしているのも嫌だった。


 一人でパンを食む若い女性は大学生くらいの年の頃で、黒髪で飾り気のない、今時、あまり見ない感じの子だった。


 「えっと、すいません。ここの席、座らせて貰ってもいいですか? 連れがいらっしゃるなら、他にいきます」


 神山が声をかけると、その女性は顔を上げて一瞬キョトンとしてから、はっとして、サンドイッチを持ったまま、コクコクと頷いた。そして、口に入れてたものを飲み込んで「どうぞ。誰も来ませんから」

と、想像よりずっと、可愛らしい声で返事をした。


 神山は「どうも」と短く言ってから、トレーを置いて席についた。

そしてサンドイッチの包みを開けて手に取ると、バクっと一口それを噛む。


 「バジルチキンですね」


そう言って女性は、自分の持っていた同じ種類のサンドイッチを神山に見せた。


 神山はその時、チラッと見えた左手の薬指に指輪がはめられているのを見て、ついそれに視線を奪われてしまった。


 若い子が、軽い気持ちで、左の薬指に指輪を付けているのかもしれない。

けれど、指輪の雰囲気を見ても結婚指輪に見えて、その女性の顔にもう一度視線を向けた。


 女性は、視線の意味を察して自分の薬指を見て、小さくはにかむ様に笑う。


「びっくりしますよね。私、結婚してるんですよ。よく、驚かれます」


慣れた様に言ってからもう一度、照れた様子で微笑する。


 神山は『その子』と呼んだ方が似合う、若い女性に、なんと言っていいのか分からず、パンを噛んだまま言葉を探す。


 若いわけではなくて、そう見えるだけなのか。

雰囲気は学生としか言いようがなくて、とても主婦と言う言葉は似合わない。

とてもお若く見えますね?いや、違うな。


 神山は言葉を探していると、その女性は、また小さく、今度は声を出して笑った。


「私、今大学に通ってます。18で結婚したので、きっと見た目通りの年齢だと思いますよ」


 「ああ、なるほど」神山は納得して答えた。


 女性はパンをかじりながら楽しそうに頷いて「会社にはこれから?」と、スーツ姿の神山に問う。


 神山はコーヒーでパンを流し込みながら「父が入院してるんで顔を見てから会社に向かう予定です」と丁寧に返事をした。


 「お父さんですか。最近、入院されたんですか?」


女性は人懐っこい感じで会話を続けて来るので、神山も同じようにそれに乗っかって話をしていく。


 ジャズが優しく流れる店内で思ったよりも会話が弾む。


 名は理央と言うらしく、誰かと一緒に食事がとれるのは嬉しいと屈託なく笑うと、八重歯が見えた。

大学はこの病院に近く、昼時、出来るだけ毎日、病院まで足を運ぶのだと説明していく。

そして、そこまではきはきと話していた理央がちょっとだけ言い淀んで「神山さんは、明日も来ますか?」と、急に、瞬きを増やして聞いて来る。


 ああ……、と伏し目がちになってから、「どうかな? 僕は、一応外回りをしているサラリーマンだから時間の融通は利くんだけど、さすがに約束は出来ないかな」と、神山は返す。


 「あ、そうですよね……」理央は必死に落胆の色を見せない様に平静を装うとしているのが、神山には手に取るように伝わって来た。


「もしも、良ければ連絡先を交換する? その……旦那さんが気になる様だったら、きっぱり断って貰っていいんだけど」


 余りに落胆しているので、こんなことを言うのはどうなのかと思いつつ、神山は理央の指にある指輪をちらっと見ながら提案する。


 理央は、神山の視線の先にある自分の指輪をくいっと持ち上げて、自分でも見ろして答える。


「連絡先をお伝えしたら、一緒に食事がとれるときには、連絡下さるんですか?」


神山は「そうだね、連絡するよ」と返事を返す。


 理央は嬉しそうに顔をほころばせると自分のスマホを取り出す。


「一人で食べるのに飽き飽きしてたんです。迷惑でないのなら、連絡ください」


 そう言って、二人は連絡先を交換した。


 神山は腕時計を見て、スッと立ち上がり、理央の食べ終わったトレーと自分のを重ねて持つ。


「あ、置いていってください。私が片づけますから」


理央が慌ててトレーを取ろうとするので、神山が目の横にうっすら皺を寄せて柔らかく断る。


 「いいよ、もう行かなくちゃいけないし。行くついでだから。じゃあ、理央ちゃん、また」


理央は少し垂れ気味の大きな目で神山を見上げて、しっかりと頷いた。


「また」


 心配になるくらい警戒心の薄い人懐っこい理央と、ますます混んできたカフェテリアで別れて、神山は父親の居る病室に向かった。


 理央も神山の姿を見送ってから、カフェテリアを後にしていつもの病室に向かった。

ノックをして返事を待たずに引き戸のドアを横に引くと、廊下よりも濃く薬品の匂いがする。


 理央は一人部屋で横たわる潤の元へ真っ直ぐと寄って行って、ベッドの横に鞄を下ろす。


 今日も潤は目を閉じて眠っている。最近は寝ている時間が前よりも長く、会いに来ても、一度も目を覚まさないことが度々あった。口につけられた呼吸補助器を見てから、理央は潤の顔にかかっていた髪をそっと退ける。


 「潤、来たよ。今日はいつもの所でお昼を食べたら、神山さんって人と知り合いになったの。私が結婚してるのを知ってびっくりしてたよ。とてもいい人そうだった」


 顔色の冴えない潤は何の返事も返してこない。理央は潤の手を取って、自分と揃いの指輪を擦る。

潤の指から今にもはずれ落ちてしまいそうなゆるゆるの揃いの指輪を見つめて、手を元の位置に戻した。


「夕方また寄るから。学校いってきます」


潤は機械に頼った儚げな呼吸をして返す。


 鞄を持ち上げると動きを止め首をひねって、潤の顔をもう一度見つめる。


「夕方、起きてくれるよね。また来るから、話聞いてね」


不安げに影を落とした顔を振り払うように首を振ると、理央は病室を後にする。


 扉が閉じると浅く揺れる潤の胸が一瞬大きくなって瞼が揺れる。

それに理央は気が付かないまま、足早に午後の講義に間に合うように廊下を歩いて行った。



****


 それから何度も神山と理央は、昼食を共にした。会えば理央はいつも明るく、年相応の好奇心で神山に質問を重ねて来る。


どんな仕事をしてるんですか?

お住まいはどちらですか?

休日は何をしていらっしゃるのですか?

お父さんの具合はいかがですか?


神山は理央の質問に丁寧に答えては「理央ちゃんは?」と聞き返して行った。

だから自然と、神山の父親の狭心症の手術が無事に終わりもうすぐ退院すること、理央の結婚相手である『潤』が筋ジストロフィーで寝たきりであることなどを知って行く。


 理央は『潤』の話をするときだけ少し顔に影が差すが、普段一緒に居ても悲壮感みたいなものはない。

病状を隠すわけでもなく「もう、あまり長くないと思います。この病の人は、大抵20歳前後で亡くなるらしいし、潤はもう21歳で最近は本当に寝てばかりいますから」と理央は言う。


神山の方が言葉に詰まり「……そうか。それは寂しくなるね」と、ありきたりなのかこれで正解だったのか解らない言葉を呟く。


 「幼馴染なんですよ、私たち。だから、10歳で車いすになった時、彼はそう言う人なんだって思いました。彼も親も周りの人みんなが彼が20歳までしか生きられないことを理解してましたから覚悟は出来てます」


理央は若くて綺麗な指にきらりと光る指輪を指で弄びながら続ける。


「期限があるなら、その間、全力で潤と生きようって、そう二人で約束したんです。潤は病にくじけることがなかったし、毎日楽しくて……って」指輪を弄ぶのを止め顔を上げ、神山の顔を見てニッコリ笑う。


「こういうのは止めた方がいいですね。私、全然悲劇のヒロインじゃないし、聞いてる神山さんが気を使ってしまうだけでした。あ、今日お時間ありますか?」


 神山はもうすぐ病院に来なくなってしまうことを考えて、午後の予定を無理やりずらして「ああ、大丈夫」と答える。


神山の返答に理央は更に笑みを深めて「じゃあ、潤に会って行ってください。潤が会ってみたいって言ってましたから」と立ち上がった。


 連れていかれた病室は太陽の光が射していて白いベッドカバーに反射し少々眩しかった。部屋はどこも同じ、調度品や壁は白く、床だけ薄いクリーム色をしているのだと、神山は知る。

 

 神山の父親は二人部屋で、そこへ行くまでの病室も人々の話し声なんかがして常にそれなりに賑やかだった。しかし、この部屋はとても静かで、彼の付けている呼吸器を伝って漏れる、か弱い呼吸音だけがしていた。


 「潤! 起きてる?」

部屋に入って真っ先に病人の元へむかった理央は、顔を覗きこんで「ベッド起こしていい?」と、聞いている。

返事を待たずに手元にあったリモコンで、上半身の部分だけを少しだけ上げていく。


「ここでいい? きつくない?」


理央はまた潤の顔を覗くとリモコンを枕元に置いた。


「神山さん、前に話したでしょ? 来て貰っちゃった。潤も会いたいって、うん。顔みたいよね、うん」


理央は一人で話して一人で相槌を打ってから、病室の入り口に佇んでいた神山を手招きする。


 神山は青白い顔をした痩せた青年を見下ろす。青年も瞳を動かして、神山を見上げている。


「初めまして、神山です。理央さんに、昼食の時、お付き合いしてもらって居ます」


 潤は真っ直ぐに見上げて神山を見ている。


「お付き合いしてもらってるのは私の方なのに」


理央が言うと、潤が一度瞬きをする。


「ね。潤がそうだって言ってるんです。瞬き一回はイエス。二回でノーなんですよ」


 神山が頷く。


「理央さんは楽しい方ですね」


それに潤が瞬きを一度した。目がどことなく嬉しそうな気がして、ああ、これで会話が出来るのだと、神山は改めて納得した。

 

 「とても、いい奥さんだ」


神山がそう言うと、潤の瞳がゆるっと揺れたが瞬きを一度した。


 「照れた?」


理央は潤を覗き込んで問うと、潤は一瞬目を細めて瞬きを二回する。


 「一年早かったら、もうちょっとお話出来たんですよ。残念だな、神山さんも潤も気があったと思うのに」


理央の言葉に潤は瞬きを一度した。



 「お会い出来て嬉しかった。なんと言っていいか、頑張ってください」


神山の言葉に、潤は肉が落ちてしまった顔でしっかりとまた瞬きをする。


 神山が体を引くと、枕元に飾ってある写真が目に入った。

なるほど、18歳の君たちはどこにでも居るような二人だったんだと、神山は思う。


 今よりは、ずっと元気そうな潤の横で、今日と同じ笑顔の理央が指輪を見せてそこに居る。

ちょっとひ弱そうな高校生の男の子と、垂れた目が印象的などこにでもいる女子高生。二人は幸せそうに指輪を掲げて写真に納まっていた。




******


 理央は病院の自動ドアを過ぎて病室に向かおうと歩いていると、前に見知った背中を見つけて小走りになった。


 「さく!」


声をかけられたがっしりとした体つきの大学生風の男性がくるっと振り返る。


「理央、走るなよ」


困ったような笑ったような顔をして、駆け寄って来る理央を待ち受けている。


 「最近、すれ違いだったね」


二人は連れ立って歩いて行く。面会時間なのでロビーには沢山の人が行き来していてざわついている。だから理央の声が自然と大きくなってくる。


「ここ座ろうぜ」


声の大きさが気になったのか、廊下の端に置かれた椅子に朔は理央を引っ張って座らせる。


 朔は昔からちょっと暴走する癖のある理央のストッパー役だった。はしゃいでしまう理央と、叱る朔と、なだめる潤。役割がいつも決まっていて、大きくなってからもそれは一向に変わることがなかった。


 「大学、忙しい?」


理央は座るとすぐに話だす。


「お前も忙しいだろ?」


理央はうんうんと頷いて「一年の頃よりずっといいけど」と、座っても遥か上にある朔の顔を見上げる。


 朔は少しだけ考え込んでから「理央は学校で友達作らないのか? 遊びに行ったりとかしてないみたいだけど」と理央の顔を見ずに前を向いて言う。


「うーん、潤居るから」


朔は睫毛を下にして「そう言うと思ってたけど、潤が逝った後も、お前の人生は続くんだぞ? 友達も居ない、楽しいことも知らないじゃ……」そこまで言うと理央が朔の視線に自分の顔を突っ込んでくる。


「楽しいよ。友達も出来たもん」


朔は無理やり視線を合わせようとする理央を軽く押しやって続ける。


「もっとさ、今しか出来ない事とかやれって言ってんだよ。普通は俺たちくらいの年だと恋愛とかするもんだろ?」


「朔、してるの?」


「してないけどっ」


「なんだ、偉そうに」


「今はしてないけどって意味だよ。それなりにしてきたよ」


理央はそっぽを向いて「私だって今しか出来ない事してる」と珍しく不機嫌に言い返す。


「潤の事だろ? 俺だって潤は大事な友達だしやれることはやっておきたいけど……」


朔はそこまで言うとため息を着く。理央の薬指の指輪を見て、もう一つため息が漏れる。


 「この前ちょっと話してた神山って人。まだ仲良くしてんの?」


「してるよ。神山さん優しいもん」


朔は首の後ろを爪でカリカリ掻いてから「もう、寝た?」と言いにくそうに問う。


「え?」


先ほどまで不機嫌にそっぽを向いていた理央が驚いて朔に顔を向けた。


「何言ってんの? 神山さんとはそんな関係じゃないし」


理央の垂れた瞳が珍しくつりあがって怒りをあらわにしている。


「お前はどう思ってんだよ。神山とか言う人の事」


「友達」


即答する理央に朔がふーっと長い息を吐いて、顔にかかっていた髪が揺れている。


「会いたいんだろ」


「うん、優しい人だもん」


「毎日会いたいんだろ? 出来れば」


「そうだよ? 楽しい人だから」


朔は何もない病院の天井を見て「じゃあさ」と続ける。


「俺と居て楽しいか?」


「楽しいよ? ずっと友達だし」


「会いたいと思うか?」


「んー、たまにムカつくけど。まあ、会いたいよ」


「毎日?」


「……毎日じゃなくていいかな」


朔はチラッと理央に視線を走らせてから、また前を向く。


「潤は好きだろ?」


「好きだよ? 優しいし、楽しかったもん」


「毎日、会いたい?」


「……会いに来ないと心配だもん」


朔はそこで質問するのを止めて、首の後ろを掻きながら床を見つめる。理央も口を噤んでゆっくりと睫毛を伏せていく。


「俺は、だけど。好きな子とは毎日会いたいし、話して、触れ合ったりしたい」


「うん」


「お前の神山って人への感情はそっちに近いんじゃないか? 潤への感情はそうじゃないのは、潤も俺もずっと前から知ってるし」


理央は言葉が出なくて、眉間の間に小さく縦に皺を寄せる。


「責めてるわけじゃないから。潤だってずっと解ってて、ずっと感謝してたよ」


理央は口の端を下に下げて「潤の事は好きだもん」と小さく呟いた。


「神山さんって人と同じくらい? 俺は理央が神山って人を好きでも、誰も責めないと思うよ。潤だって責めない、絶対に」


理央は半分泣きそうな顔をして、それでもぐっと耐えて言う。


「そんなの……解んない。好きとか解んないけど、わからないままでいい。潤の人生は、もうすぐ終わっちゃう。私の人生はまだまだ先があるから、そう言うのは先でいい」


朔は壁にかかっている丸い時計を見上げて、針を目で追って行く。


「そうは言っても時間は動いてるから、潤に合せてると、神山さんって人が居なくなっちまうかもしれないだろ?」


「居なくなんてならないよ」


朔は言葉のあやだと言う。


「彼女が出来るかも? いや、もう居るかもしれないけどさ。年上なら結婚とかさ、しちゃうかもしれない」


 時折、前を歩いて行く人が目に涙を溜めている理央を、気の毒そうに見ていく。


「俺が潤なら、理央に言うと思うんだよね。『いいよ、行っておいで』って」


「潤は言わない」


「潤は言えないんだよ。でも、そう思ってる。理央は理央の時間をもっと大事にすべきだから」


「朔は潤じゃない」


頑なに拒む理央に朔は諦めた様に両手を広げて手を挙げる。


「お前がさ、神山さんって人の話した時。凄い嬉しそうだったから、ちょっと言いたくなっただけ。ほら、泣いてないで潤の所行くぞ。いつものように俺が怒られて、お前は慰めて貰えって」


 ゆっくり立ち上がった朔を座ったまま理央は見上げる。その理央の顔を見下ろして、朔が困ったように笑う。


「あーあ、酷い顔。潤が生きてるうちに、理央の慰めかた教わんないとな」


 ハンカチ要る?と朔が自分のポケットと探る。


理央は黙って手を伸ばして、手にハンカチを置いて貰うのを待つ。


「ハンカチ持って歩くようになったの?」受け取ったハンカチで理央は目を拭う。


「ああ、潤が持って歩けって煩かったからな」


「うん」


「お前はまだ持ってないの?」


ちょっと赤くなった鼻で理央が笑って「今日は持ってる」と、自分のポケットを立ち上がって漁る。


「毎日持ってろよ。お前女だろ?」


「いいの」


 二人はいつものように笑いながら、ゆっくり病室までの長い廊下を歩いて行った。


 


 朔は病室で、潤の隣でテレビを見ては、潤に話しかけている理央を眺めていた。


 無意識に潤に縛られている理央。それが解っていても解放してあげられない潤。そんな二人を見て、口を開けない沢山の人間たち。


 朔はまだ会話を交わせていた頃の潤を、思い出す。よく話した。なんでも、話した。だから、朔には潤の気持ちが手に取るように解る。


 今はもう、瞬きでしか会話出来ない潤。


どんなに潤の気持ちを朔が代弁してもそれを口にしているが朔だから、理央は朔の言葉としてしか聞いてくれない。


 発しているのは確かに俺だけど、言葉は潤の言葉なのに。伝えられない思いに、伝わらない思い。もどかして、苦しくて、息苦しい。


 今、潤が呼吸をするのがやっとのように、朔もまた吸っても吸っても吐き出せない様な苦しみに悶える。


 早く逝ってくれとは思わない。だけど、早く解放したい、解放されたい。


俺は最低か?潤に視線を動かして布団で見えない身体を見つめる。


 潤がじわじわと死んでいく。残酷な時間を早く終わらせて、皆で思いっきり息を吸いたい。もう自分では呼吸すら困難な潤から視線をはがして窓の外を見る。秋特有の高くて澄んだ青空が広がっていて、目の奥を光が刺激した。余りに眩しくて、目の奥がジンジンと痛みを感じた。



































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