07:新しいお仕事
今日、お揃いの部屋着を買った。
クロの瞳の色に合わせた薄緑色のパーカーとショートパンツ。
パーカーはクロにフードだけは譲れない。我の指定席なのだと押し切られた。
幸せそうに寝ているクロを撫でながらカーサが囁く。
「リン、私もね同じなの...」
何が?
と無言で問いかける。
「貴女が何かに捧げられる巫女だったように...」
本来は話してはいけないことなのだろう、私を見ずクロを見ながら囁く。
「私も一族に捧げられる巫女なの」
あちらにいた私は、それを使役する為に、そして、使役に失敗した時の為の生贄。
目覚めた鬼を鎮めるための巫女……だった。
「だから、少しだけ自由が与えられているの」
自由?
「ひとりだけ選べるの。普通は異性を選ぶものなんだって姉さんに笑われちゃったけど」
ひとり?
「私達より遥かに短命な、そのひとの生きている少しの刻だけ一緒にいられるの」
もしかしてわたし?
うん、と微笑みながらうなずくカーサ。
何勝手に決めてるの?
え?
迷惑千万なのだ! クロも加わる。
え、え?
私が魔人になったらずっと一緒にいるの?
え、う、うん。
なにを嬉しそうにしているのだ!
リンと一緒にいるのは我だけなのだぁぁぁ!
クロが楽しそうに暴れまわる。
神樹の巫女っていうの。
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「うう~ん...」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「むぅ~ん...」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
がしっ!
「クロやめて!」
顔を舐めまくってくるクロを取り押さえる。
「リンが起きないのが悪いのだ!」
取り押さえた手に絡み付いてくる。
「わかった、起きるから暴れないで」
カーサがいなくなってから気が抜けてしまったのか、数日何をするでもなく怠惰に過ごしている。
「リン、迷宮に行くのだ!」
「う~ん...行くなら次元の迷宮になっちゃうけど」
管理迷宮は今ある意味大盛況なのだ。
「魔王に挑戦したいのだ!」
「だから、無理だって。一層の転移魔法陣には必ず誰かいるし、あの魔物ってレベルドレインっていうの使うんでしょ?」
鑑定ではそんなスキル無かったのになぜかクロと藤原君は必ずあると退かない。
「うむ! 攻撃を受けた時点で負けなのだ!」
「じゃあ余計ダメじゃん、今のクロって敵に突っ込んでいくのに生き甲斐を感じているでしょ?」
「うむ! 縮地からの連続攻撃が格好良いのだ!」
「ダメじゃん。気を飛ばすカメカメ破とか遠距離攻撃に嵌りなよ」
「リン、違うのだハメハメ破なのだ!」
「そうなの?」
「うむ!」
まあ、クロには既に念動力があるから必要ないんだけどね。
久しぶりにギルドで治療士をすることにしました。
(迷宮に逝きたいのだ~!)
(そんな気分じゃありませ~ん)
(むぅぅ!)
ぷにぷにぷに!
貴族街ギルドの扉をくぐる。ギルドに来たのは久しぶりな感じだなぁ。
「おはようございます」
室内を見回していると顔見知りのギルド職員が話しかけてくる。
「リンちゃんおはよう。久しぶりね、今日は...」
「治療士の仕事をしようかと」
「あら、助かるわ! 今日来るはずだった人、管理迷宮に借り出されちゃってね」
「そうなんですか、なんか大変そうですね」
「けどあれなのよね、テレスが討伐組のパーティーにいるから危機感無くお祭り騒ぎしているのもいるらしいし」
「そうなんですか、テレスさんから聞いたんですけど、グレーターデーモンとかが出るんですか?」
知らない振りして聞いてみる。
「たまに、出るらしいけど。探索隊が早期に発見するから単体で狩る事が出来てるらしいわね。レベルの高い冒険者も揃っているしそんなに危険はないみたい」
「へー」
(我もお祭りに加わりたいのだ!)
(ダメでーす)
(いけずなのだ!)
先日あった最下層攻略でレベルの高い冒険者が街に残ってたのが幸いしてるのだろうけど。そう長くは続かないと思うんだよね、普通の冒険者は全力の戦闘を連戦できない。
私とクロはHP回復とMP回復を持っているしテレスさんは再生、藤原君もHP回復5を持っている。カーサは...まあ大変そうだったけど私とクロでフォローして手を抜かせてた。
だからこそ出来るボス部屋の周回作業だけど、それでも連日は出来ない。いや、クロなら出来そうな気がするけど普通は精神的に参ってしまう。
(どうするんだろうね?)
(魔王を倒せば解決なのだ!)
(いやー、あれは違うと思うんだけどなぁ)
(じゃあ、どうすればいいのだ?)
(うーん、私に聞かれても困るよ)
(リンよ...)
(なによ?)
(なんでもないのだ!)
「リンちゃん、ギルドカードを更新したいので預ってもいいかしら?」
「あ、はい、どうぞ」
ギルドカードは身分証明書兼キャッシュカードみたいなものだ。Dランクの冒険者にもなればほとんどの国をこれだけで行き来できる。国からしてみればDランク冒険者はその国に存在する管理迷宮から貴重な素材を持ち帰ってくれる労働力なのだから。
(リン、それは罠なのだ! お金を盗まれちゃうのだ!)
(私の魔力を通さないとそういう操作は出来ないからそれはないかなぁ)
(ちっ!)
(ちょっと、なにそれ?)
比較的、暇に過ごす。
それはそうだ、今Dランク以上の冒険者は管理迷宮がある建物に出張っているのだから。
なので、お客の少ない治療室は、顔馴染みのギルド職員さんや冒険者さんが入り浸り雑談やお菓子を食べたり、クロと遊んだりしていた。
騒がしい治療室を覗きにきて雑談の輪に加わってきた新人の冒険者さん達とも何人か知り合いになった。
いつもは治療以外の目的の人はすぐに追い出してしまうテレスさんがいないこともあり、今日の治療室は一日中騒がしかった。
夕刻、街の外の迷宮に行っていた冒険者さん達が戻り、治療室が本来の仕事で少し賑わった後。そろそろ店仕舞いしようとしていた所にウィリアムさんが現れる。
「お疲れ様です。リンさん」
ニッコリ笑って挨拶してくる。
「どうも、ウィリアムさんこそお疲れみたいで」
エリック王子やウィリアムさんみたいに、考えている事が表情に出ない人と話すのは疲れる。
「リンさんと組むようになってからテレスの暴走が酷くなっている気がするのですが、気のせいですかね?」
「気のせいじゃないですかね」
「余程の無理にも対応できる人がいるようですね」
「どうなんですかね」
「……まあ、いいです。今回は別の用件がありますので、取り合えずギルドカードをお返しします」
Dランクだったギルドカードを返される。
「…………はぁ」
思わずため息が漏れる。ウィリアムさんが登場した時点で何となく予想は出来ていたのだけど。
「私、申請もしてないし試験のようなものも受けていませんけど、それにBランク以上位から何か推薦者というか後見人みたいなのが必要といってませんでしたっけ?」
Aランク、そしてローラン家という不吉な名前の書かれたギルドカードをウィリアムさんに突き返す。
「試験に代わる実務経験があればギルド長権限で試験の免除は可能なのですよ、それに後見にローラン家が付いてますからねローラン国が認めたようなものです」
(ギルドカードを要求された時点でリンも解っていたのだろう?)
クロが聞いてくる。まあ、更新といってたしランク勝手に上げちゃうんだろうなとは思ってたけど、CとBを飛ばしてAになるとは思わなかった。
たしか、何か色々制限が付くという話だったはず。
待遇が貴族のそれになる代わりに後見人の依頼は断れないとか面倒臭いのが色々とあったと思う。
ランクはDより上にあげる気なかったので詳しく確認していない。
「私、貴族からの依頼とか受ける気ありませんし、ましてや王家からの依頼とか嫌ですよ。それに義務とかそういうのは負う気無いですし」
「ええ、そう言うだろうと思いまして、実は解決策も用意してあるのですよ」
こんな強引な手で囲い込みに来るなんて少し意外に思いつつ解決策とやらを聞く。
Sランクになれば、一切のしがらみから開放される。
「ギルドからの特別依頼を解決して頂ければ...」
「じゃあ、はい」
と、ギルドカードをウィリアムさんに渡す。
「受けていただけるのですか?」
「いえいえ、冒険者辞めます」
「は?」
「えーと、なにか違約金みたいなの発生するならギルドに預けてある預金の中から」
「ちょっと待ってください」
「んー、どうしようかな」
カーサにお別れ言えないのはあれだなあ、魔道具屋の転移設定も変えちゃったんだよねぇ。次元の迷宮のを消して魔道具屋の裏手にでも設定しておこうかな、そうすれば他の街にいっても戻ってこれるし。
あとは、何か身分を証明する物作らないとダメなのかなぁ、どうすれば作れるんだろ?
(というか、やっぱり私この世界の事知らなすぎな気がするなぁ)
(我に聞けば即座に正解が返ってくるぞ?)
(じゃあ、カーサの言ってた神樹の巫女ってどういうものなの?)
(しらーん!)
(凄い正解だね!)
(てれてれ!)
「リンさん!」
ウィリアムさんの呼び声に思考を中断する。
「え? はい。あ、今までお世話になりました。テレスさんにも挨拶したいしまた改めてきますね」
(リン、テレスとお別れ?)
(んー、かなぁ? なんか急展開だね)
(Sランクの依頼受ければ?)
(有名になりたくないじゃん)
(リンは既に有名だと思うのだが?)
(それはこの街限定でしょ、Sランクで登録されたら全世界のギルドに知られちゃうじゃん)
(そういうことか)
(そういうことだね)
「あのー、リンさん?」
珍しく困った声のウィリアムさん。
「じゃあ、今日はこれで失礼しますね」
「えーと、待ってください。わかりましたランクは元に戻させていただきます」
「いえいえ、いいですよ。なんかタイミングも丁度いいのでどこか他の国にでも行ってみようかと思っていたところなんです」
「えーと、ちょっと待ってください。話し合いましょう。このままでは私がテレスに殺されてしまいます」
「大変ですね、……ガンバ!」
「にゃんにゃ!」
「えぇぇぇぇ...」
本気で困っているウィリアムさんは初めて見たかも。
話し合いの結果。
冒険者ランクはDで後見としてのローラン家はそのままとなった。
ランクの低いDなので貴族や後見の依頼を強制的に受ける責任も発生せず、逆にローラン王家が後見についているので国内での揉め事のほとんど全ての免罪符になるというおまけつき。
ある意味ローラン国に囲われたようになってしまったけど、まあ、面倒になったならどこかに行ってしまえばいい。
ウィリアムさんの真意がどの辺りまでであったかは見当が付かない。
Sランクにしてしまおうというのはついでだろうから、ローラン家に縛り付けるのだけが真の目的だったのかもしれない。それならば狙い通りということだし。
この新しい依頼を受けるのも予定の内だったのなら私は完全に掌の上で踊らされていた事になる。
まさか色々裏で動いていた事への御礼だったという可能性は...ないか。
その様な事を考えつつ国が運営する唯一の学園。
ローランアカデミーの門をくぐる私とクロ。
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