77:狂乱の迷宮8
目の前で魔獣が暴れまわっている。
これは無差別の範囲攻撃だろう、範囲外にもたまに攻撃が飛んで来るが英雄様の盾が見事に防いでくれている。
「これでは迂闊に動けんな」
英雄様は冷静に攻撃を受けながら状況を分析している。
「ダンナ、もうすぐスキルが回復するがどうする?」
騎士のスキルで敵を釘ずけにする場合は敵対心を稼いでおかなければいけない。
「……次だな。今回はこのままでどうにかしよう」
「どうにかできるんですかい?」
「フンッ、どうにかしてくれるだろうさ」
その視線は魔獣の向こうに見える光を見ている。
「あんなに嫌っていたのに。随分と信用してるんですね」
「気に食わんが実力は俺より上だ」
おっと、英雄様からそんな言葉を聞くとは意外だな。
「オィ! 勘違いするなよ、迷宮での戦闘において冒険者のほうが経験が勝っていると言う意味でだぞ?」
「ハイハイ、仰るとおりで」
「フンッ!」
「大体お前はあいつの護衛だろうが! 実力については俺より知っているだろう」
おっとと、信用しているのはお姫様のほうか。しかもわざわざ彼女を監視しているではなく護衛といったのは教会関係者がいるからか? つまり釘を刺せということか。
「どうですかね。司祭さんはどう見ますかね?」
先ほどから黙って光を見ている司祭に水を向ける。
「光の守りは...本来魔法や毒などに対する耐性を付与する効果しかありません。あの様な可視化できる形で発動する事は...リン様の光魔法のスキルは最高レベルの5なのではないですか?」
当然そうだろう。魔法の触媒も、詠唱さえも無しで蘇生の魔法を使いこなしているのだ。既にそのスキルは最高レベルに達しているであろうし熟練度も相当なものだろう。
教会が喉から手を出してでも欲しがる存在だ。
「そうかもしれんが、あいつはローランのモノだ」
手を出すつもりならここで殺すぞと英雄様が釘を刺す。
「わかっております。しかし教会もローラン王国との円満な関係を続けたいと思っております」
ローランから教会関係者を引き上げるぞと逆に脅しをかけてくる。
まったくイヤだね、権力者というのは。
それにしても、本人の意思と関係なく勝手にモノ扱いされる可哀相なお姫様は...モノ扱いか。
暴れまわる魔獣のむこう。光の膜に守られた中で平然と笑いながら話している姿を見る。目の前には最下層に出る魔物よりも確実に強い魔獣が暴れていて、後ろにもそれに劣らない魔獣がいる。その様な状況で平然としていられる度胸、いや、もしかしたら取るに足らない相手だからでは無いかとさえ思える態度。
あんなモノ、扱いきれる玉かね。
ドンッ!
ケルベロスの首が跳ね上がる。
いつの間にか暴れまわるが終っていたらしい。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
これは、格闘家の攻撃か。まさかまともに正面から打ち合っているのか?
三つの首からは鋭い牙による噛み付き攻撃とブレスによる遠距離攻撃、それに二本の前足の爪による鋭い斬撃。
いくら常人離れしているといってもブレスによる遠距離攻撃は避けようが無いはずだ。
違う。よく見れば三つの首に何かが纏わりついている...水か!
まさか、ブレスを吐けない様に水の塊で口を覆っているのか?
その様な水魔法は存在する...のか、宮廷魔術師のヨランが目を輝かせて質問しているのが見える。お姫様は光魔法だけでなく水魔法もマスターレベルに達しているということか。
それにしても、いくら遠距離攻撃が無いといっても計五箇所から来る連続攻撃にまともに打ち合って、ドンッ!
獣がこちらに後退して来る。打ち勝っているというのか。
人というのは、己の何倍もある魔物と正面から戦い、圧倒する事が出来る生き物だったのか、んなわけあるか!!!
「化け物め! こちらからも仕掛けるぞ」
英雄様が吐き捨てつつ無防備な魔獣の後ろ足を斬りつけ動きを止める。
化け物とは、誰に対しての言葉だったのか、わかりきった答えを考えつつクロスボウから持ち変えた短剣で斬りつける。
前後からの挟撃にケルベロスが力尽きる。
お姫様と目が合う。そして頷く。
「不意打ち、騙し討ち、熱血、隠密」
姿が消える。
ケルベロスがよみがえる。コンッ!
蘇ったケルベロスの鼻っ柱をひのきの棒でつつくお姫様。意を解してくれると言うことは楽だ。あちら側に正面が固定される。
魔獣のケツの前に盾を構えた英雄様が立っている。その後ろから短剣の技を発動する。
「ダンシングエッジ!」
五連続の突き攻撃だ。不意打ち、騙し討ちの効果が乗りしかも全ての攻撃がクリティカルになる。
「カカッテコイヤァァ!」
英雄様の挑発が発動し魔獣のターゲットと末路がガッチリと固定される。
消耗戦ならば、三度も生き返る敵は脅威であろうが、ほとんど消耗しない強者が揃い回復要員が二人もいては生き返る毎に効率的に倒されるだけとなってしまう。
魔獣ケルベロスの危機は、迷宮に吸収された騎士達という犠牲を払う事で収束となった。
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