05:最下層
管理迷宮を出る。
こちらからは出口、あちらからは入り口に衛兵が立っている。
いつもと変わらない風景が広がっている。
「……さすがにな、駄目だろうこれは!」
迷宮の最初の層にその迷宮で最強に分類される魔物が複数出現したのだ。
出入り口を守る衛兵への報告は最低限、それさえもなされた様子が無い。
己が安全に逃走できるようにその場にいる一番必要の無いものを切り捨てる。人道として最低のことではあるだろうがパーティーのリーダーとして、人の上に立つ者としては正しい選択といえなくも無い。
タオルからローブに名称が変わった彼もやり方は最低だったが時間を稼ぐという判断は間違っていないと、苦々しげに、死ぬのも仕事っていうのはきついなとのたまわっていた。
だから、迷宮から出たら彼等から報告を受けたギルドが探索隊を結成し迷宮前にいるだろう。そのために俺をあそこに足止めし時間を稼がせたのだからと...
「ここにいる奴等も時間稼ぎ要員とでもいうつもりか?」
「…………」
険悪な雰囲気なベテラン冒険者さんとローブさん。
「どうでもいいわ...」
ばっさりと斬り、サンド君から魔法の鞄を受け取り衛兵に向かって歩き出すテレスさん。
「ギルド職員のテレスです。一層にグレーターデーモンが出現しました。今この建物にいる最高責任者と素材鑑定の職員を呼んできてください」
事が進む。
あり得ない事態だが、証言者にベテラン冒険者が二人に最下層を攻略しているテレスさんがいる。
責任者立会いの下で倒したグレーターデーモンの素材鑑定が行われ事実と判明し、さらに事態が加速する。
ローランの冒険者ギルドの長ウィリアムに伝令が走り。
特別依頼として討伐隊兼探索隊が組まれる。管理迷宮に潜っている冒険者は出入り口を守る衛兵が把握している。
戻って来ていない冒険者の探索とまだいるかもしれない高位魔物の討伐。その場にいる高レベル冒険者が次々と名乗りを上げる。宝箱という旨味はないが準備された部隊による狩りだ。ある程度の安全を確保された状況でレベル上げと高く売れる素材が入手できる。
実際目の前でグレーターデーモン二体分の素材が披露された所だ、その報酬を受け取れるサンド君達のパーティーとベテラン冒険者二人は、討伐に参加しないこの場に残る冒険者達に生還祝いとして食事や酒をむりやり奢らされている。
テレスさんは、討伐隊に参加することとなった。最高戦力なので当然といえば当然の成り行きだ。
「じゃあ、私はカーサ達を迎えに行って来ますね」
「ええ、気をつけてね」
「はい」
「ボス部屋に挑戦とかしないでね?」
「はい」
「クロちゃん、ボス部屋に挑戦とかしないでね?」
「にゃ!」(クックック!)
「……はぁ。やっぱり私も行こうかしら」
「クロ、信用度ゼロだね!」
「キシャー!」
「やっぱり、わたしも」
「あっと、それは無理みたいですよ」
後ろを指差す。
リンちゃんの指差す方向、そちらを振り向けば遅刻ギルド長が指示を飛ばしながらこちらへ歩いてくるところだ。
「面倒臭いのがきたわ、ね...」
視線を戻せば、そこには誰もいない。
ミスリード...何気ない会話の流れの中で普通に引っかかってしまった。
まったく、簡単に欺くあの手腕、そういえば迷宮を出てからリンちゃんの存在感がいつもより薄かった気がする。
食事を集って来る冒険者達の標的にもならなかったし話題からも外れていた、最初からこのつもりだったのね。
「テレス、概要は聞きました詳しい報告をしてください」
「だが断る! 死ねクソギルド長め!」
「…………」
ガッ! と頭を掴まれる。
「離せこのクソギいたいいたいいたい!」
「なんですかテレス、よく聞こえませんでしたが?」
ギリギリギリギリ!
「くそうぅ、はなせぇぇぇ!」
「取り合えず貴女は私と来て下さいね?」
「だが断いたいいたいいたい!」
(ふたり、仲良いよね)
(うむ! 確実にテレスのほうが強いのにな)
(ギルドに残っているのもウィリアムさんのためだよね)
私達と最下層を周回しているテレスさん。ギルド職員として生涯稼げる額の何百倍、いやもっとを既に稼いでいる。
(テレスも義理堅いところがあるからな、恩返しみたいな思いもあるのだろうな)
(ままならないものだねぇ...)
隠密を発動したまま人ごみを抜け、最下層への転移カードを取り出し転移する。
管理迷宮最下層:
「ムッ! あれは侍だな。いざ尋常に勝負!」
腰の童子切を抜き放つ!
「遠当て!」
カーサが与一の弓のオリジナル武技を発動する。弓術のスキルではなく与一の弓自身が持つ武技だ!
チャキーン!
と効果音がなったような気がしたと思ったら侍の首が飛ぶ。
「あ、クリティカルが発動したみたい!」
「マジか! クリティカルすげぇ!」
「この遠当てのスキルはクリティカルの発動率が高いのかも」
「いいなぁ、俺の童子切もクリティカル付いてるけど、まだ発動した事ないぜ」
「フジワラは運か悪そうだから発動しないんじゃないの?」
「え? 発動率にそんなのあるの?」
「無いわ!」
「なんだよそれ!」
浪人が現れた!
忍が現れた!
デーモンが現れた!
くのいちが現れた!
「お! ぞろぞろ来たな。いくぜ!」
「矢の雨!」
「ちょ! 待てよ!」
飛燕!
クイックシュート!
うおぉぉ! 飛燕乱舞!
千の矢!
負けるかぁぁ! 火遁!
鉄の礫!
ちくしょー! 俺にも倒させろー!
お断りね! ついでに死になさい!
ちょ! 矢をこっち向けんな!
しばらく見ていたのだけど、そろそろ飽きてきたので声をかける。
「なんか、楽しそうだね」
「ずるいのだ!」
「あ、リン! クロちゃん! 遅いわよ!」
「楠木とオプション、おせーよ」
「あ゛! 誰がオプションだって?」
「自覚あるじゃん、ネコション」
とぅ! くるくるくる、たし! と藤原君の肩に乗るクロ君。
下から藤原君を上目遣いで見上げつつ。本人は凄んでいるつもりらしい。
「やんのかワレ?」
「あ゛? 上等だ、ネコ鍋にしちゃうぞ?」
「じょうとうだぁぁ! オモテニデロヤーワレー!」
地面に降り立ち奥に向かって走り出すクロ君。
「後悔すんなよクソネコがぁぁあ!」
後を追う藤原君。と、魔物が湧き周りを囲まれる。
「チッ! ここは一時休戦だな、ネコ...あれ?」
いつの間にか姿が見えなくなっているネコ。ネコドコ?
「クロ、縮地で戻ったの?」
私の肩に座っているクロに聞く。
「くくく、計画通り!」
悪魔の微笑み!
「てめー、ネコ! 何でそこにいるんだよ、ざけんな!」
「ガンバレフジワラ、死んでもいいぞ?」
うぉぉぉ、ざけんな! 死んでたまるかぁぁぁあ!
てか、たすけろー!
助けた。
「という訳でテレスさんがギルドの仕事で抜けられなくなったので、今日の探索は中止にしようと思います」
「そうなの、それじゃあしょうがないわね」
「はんたーい!」
「はんたーい!」
「カーサまだ日も高いし、一緒に貴族街でショッピングでもしていく? 小物とかスイーツとかの新作出てるかも知れないしさ」
「あ、いく! じゃあ一度家に戻って着替えてから行きたい!」
「いいよ、どのみち魔道具屋に転移するし」
「はんたーい!」
「はんたーい!」
「じゃあ、買い物したらそのまま私のところに来る?」
「あ、うん、行く!」
嬉しそうに笑う、今日泊まりたいというのは里に戻る事に関係あるのかな?
「俺も行きたいな!」
「はんたーい! というかシネヤーワレー!」
バッコーン! 吹き飛ぶ藤原君。
「ボス部屋攻略したいのだ!」
「俺も楠木のところにお邪魔出来ないならボス部屋周回したいぜ!」
「小僧黙れ!」
「あ゛?」
「あ゛?」
「やんのか?」
「殺っちゃうよ?」
クロ、藤原君と一緒になるといつもそれ始めるよね。
「じゃあ、一回だけやって帰ろうか?」
「うん」
「おう」
「やったのだー!」
まあ、もとから一回はやることになるだろうと思っていたからいいんだけどね。
小僧! こいこい!
なんだよクソネコ!
ごしょごしょごしょ...ふむふむ。
絶対悪巧みしている二人に声をかける。
「何してるの行くよー?」
「おぅ! 俺、このボス部屋戦闘が終わったら楠木に告白するんだ!」
「うむ! 我、このボス部屋戦闘が終わったらリンに告白するんだ!」
「む! 私だってこのボス部屋戦闘が終わったらリンに告白するもん!」
「これで魔王が出てきたら全滅しちゃう気がするよね?」
「リン! そのフラグは却下なのだ!」
ふふ、まあ、魔王が出ないことは判っている。
魔王は今アイテムボックスの中に入っている転移先の表示されていない転移カードで転移した先にいるはずだ。
はっ! まさか、はずだと言う言葉。これこそ真のフラグなの?
「リンー、早く逝くのだー!」
「はいはい、逝かないけどね」
迷宮を見つめる。
その魔眼に映る迷宮の鑑定結果には見慣れない......狂乱の文字が躍る。
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