59:決着
英雄のスキル、ロイヤルガードを発動したまま、先ほど明らかに俺に対して挑発してきた女の戦いを見る。
「ウヌゥ!」
思わず声が漏れる。
メイン盾である絶対防御を発動した騎士が二つに折れて転がっている。
大事な事なのでもう一度言おう。二つに折れて転がっている。
騎士としてある程度熟練したものでないと発動出来ない絶対防御。それこそ先ほどの戦術にしてもそうだが、戦局を一変させるほどの効果を発揮するスキルだ。どのような膨大な攻撃に晒されても全てを跳ね返す、絶対なる信頼を勝ち取る防御。それが力でねじ伏せられるなどと、冗談にしても笑えない。
神器ジャッジメント。
絶大なる神の力を納めた器。レプリカとはいえあの膨大な力の奔流を耐え切った絶対防御が、たかが格闘家一人の攻撃に屈するなどあってはならない。
いや、実際俺ならばあの女の攻撃に耐えられるはずだ。以前から思っていたことだがスキルには熟練度のようなものが存在する。スキル自体に存在する一定の効果、それは誰にでも享受出来る力だがスキルを使い続けることでそれ以上の効果を発揮する場合がある。
例えば、魔人ギルバート。
元冒険者ギルドの長であるギルバートの放つ剣技スラッシュは並の威力ではない。それこそ並の剣ではそのスキルの威力に耐え切れず砕け散ってしまうといわれている。
ただの剣士とギルバートが互いにスラッシュを撃ち合えば剣士のスラッシュはギルバートのスラッシュにかき消され剣士が敗北するだろう。
あの女は、奥義と言っていた。
つまり、格闘術の上位しかもレアでユニークなスキルである魔闘技、その奥義という事だろう。それはすなわち騎士の絶対防御と同じ位のスキルという事になる。いや、位という事で判断するならば上位スキルである魔闘技の方が位が上になるのではないか?
それにあの白銀に輝く籠手、聖獣装備。いや、もしかすると神獣装備かもしれない。もしそうならば伝説級の装備という事になる。そのような装備でユニークスキルである魔闘技の奥義を使われたら...否!
絶対防御は全ての攻撃を防ぐ絶対的な防御でなくてはならない。
絶対防御が力でねじ伏せられたなどと知られては騎士の存在価値自体が揺らぐ。
カカッとあの女の前にダッシュで移動し真の絶対防御を披露してやりたいが名目上味方という事になっている今その様な事はできない。
少し前の俺ならば二つに折られていただろうが、英雄の称号を得た今、俺のスキルの効果も上昇している。あの女の攻撃など...
闘技場が目に入る。
そうか、あの女の敵になるという事は冒険者リンと敵対する事になる。それはつまり英雄の力が発揮出来ないという事になる…………二つに折られてしまうかもしれない。
……隠蔽するか。
幸い目撃者は限られている。
後ろにいる娘達は冒険者リンの生徒であるし事態を理解していないだろうから手出しはしない。他の生徒達は既に避難してここには居ないからいいだろう。
いるのはズヴァールの関係者と、野次馬根性で残っている貴族達が数える程度。
ズヴァールの騎士達には消えて貰おう。冒険者一人に惨敗するような者達などローランには必要ない。
貴族達には監視をつけて対処はエリック様にお任せしよう。
ズヴァール卿とご子息は特に対処の必要も無いだろう。
後は、アフターバーナーの者達。国から謹慎の命が出ているのに背いてここに兵を連れてきていたこともあるが既に死んでいる、このまま処分することになるだろう。わざわざ生き返らせる必要も無い。このまま魔法の鞄に保管し国の司法機関へ引き渡そう。
合図を送る。
見物人に紛れていた手の者が頷き姿を消す。
しばらくすれば英雄となった俺の下に配属された騎士達がここへ駆けつける。
後は終わりを見届けるだけだ。
二つに折れた騎士。
死んでいないとはいえ精神的に完全敗北を喫してしまった以上、チェーンバイトの効果は既に切れてしまっている。あの女を縛る鎖は既に無い。
女が拳を振るうたびに、ズヴァールの騎士達が確実に死んでいく。
手間が省ける。
ふと思う。
いつから俺はこのように冷静に考える事が出来るようになったのだろうか。
考えるまでも無い事。英雄の称号が発現してからだ。
闘技場を見る。
冒険者リン。あいつも大概だ。
絶対防御を正面からではなく、搦め手で攻略してしまった。
しかし、騎士の要である絶対防御を破るという事に対する危機感が足りない。
隠蔽できる範囲の目撃者しか居なかったからいいものの隠し切れない事態になったらどうなっていたか。
強すぎる者の驕り。
覆してはいけない常識というものがこの世には存在する。
それを破ってしまったものは、常識を守ろうとする者達に抹殺される。
淡々と行動するあいつを見る。
……違うか。
隠蔽できる人数になったから行動を起こしたという所だな。
英雄になったから解る事というモノもある。あいつは実力の欠片も出していない。信じられない事だが解る。底が知れない。
さらに信じられないことだが先ほど感じた殺気。何の気紛れかしらんがあれはそこにいる猫からのモノだ。思いもしなかったが、この世には化け物というモノが信じられないところに存在する。
ローランが手に入れようとするのも理解できる。
英雄になったことで手に負えないものが増えるというのも皮肉なものだ。
いや、手に負えなかったものが理解できただけだ。
絶対防御の限界時間が来たのだろう。
水の玉の中の騎士が溺れ死ぬ。
平面になって二つに折れた騎士がその平面に見合うように余分な中身を穴という穴から噴出して絶命する。
冒険者リンが何かをトリンに囁き剣を振りかぶる。
「オイィ! 殺したらダメだぞォォ!」
思わず叫ぶ。
「……マイッタ」
トリンの降参の声が闘技場に響き幕が下りる。
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