38:大図書館5
大図書館の最深部からは意外と簡単に戻ってこれたのだけど...
「うーん、これは無理みたいだね」
手にしていたはずのファウストの書がいつの間にか無くなっている。
「持ち出し禁止と言うやつか?」
「そうみたいだね」
言いつつ最深部へと引き返す。
肩にちょこんと座っているクロが聞いてくる。
「どうするのだリン。もうすぐ夜が明けるぞ」
「んー、読破するまで篭ろうかなあ」
「いいのか?」
今日は光魔法の講義のある日なのだ。当然休講という事になるが...
「これが本来の目的だからね」
どれくらいで読みきれるかわからない。
取り合えずしばらく休むことは伝えておこう。
「所用でしばらく休講にしますと、書き書き」
魔力を込めて式を召喚する。
休講の旨を記した紙を依り代に童が召喚される。
「じゃあお願いね」
ペコリをひとつお辞儀をし出口へ向かって駈けて行く式。
「リン、ここは連絡せずに篭り、リンまで行方不明になったと外で騒ぎになるという展開が定石だぞ」
「いやあ、無いでしょそんなベタなの」
準備を始めよう。
ファウストの書は凄い勢いで魔力を吸収する。
聖魔の糸+5に付いているMP回復の効果だけでは回復する量より吸われる量のほうが少し多い。
読み進めていけば吸収量が増えるという事もありえる。減ってきたら休憩を挟みMP回復を図るというのでもいいがあまり効率的ではない。
床に魔法陣を描く。
本への同化については、片手をクロに預ける事で保険とし。
読み進める上では魔眼の記憶を使い本自体への集中を一定以上にならないように心掛ける。
こんなところかな、では...
気がつくと薄暗くかび臭い場所にいた。
「なんだ?」
俺達は新任の女教師を襲おうと夜中に部屋へ押し込んだはず...
「おい」
声に振り向けば皆揃っている。
「どうなってんだ?」
「さあな、ここは図書館みたいだぜ」
「どうなっちまったんだ...」
押し込む前に飲んだ酒が悪かったのか記憶が飛んでいる。
「酒と一緒に飲んだ薬のせいかもな」
学園の外で遊ぶ時は薬までは使わない。獲物を探す手間があり時間が無いからだ。
「一晩中楽しむために酒と一緒に薬も飲んだのが失敗だったか、無駄な時間を過ごしちまったな」
帰ろうと思った時、仲間の一人が押し殺した声で呟いた。
「そうでもないみたいだぜ」
皆がその視線の先を見る。そこには白いローブに黒く美しい髪の少女。
確認のため遠目から何度も見たその姿。
獲物だ...しかもここは人気の無い図書館。
「ついてるな」
「ああ、だが大声を出されるのは不味い」
「そうだな、ひひ」
狩りには慣れている。
駆ける。駆ける。駆ける。
まずはタックル。そのまま腰を抱え込み床に転がし押さえ込む。
ひとりは両手を押さえ、一人は両足を押さえ、最後に...
剥き出しの欲望という感情が贄となる。
洗脳状態では感情に起伏が無いためこの禁呪と呼ばれる魔法陣の贄にはならない。
仲間の一人を私と誤認するだけの状態で洗脳を解いたのだ。
「これは何の魔法陣なのだ?」
ドロドロと溶けて吸収されていく物を見つつクロが聞いてくる。
「魔力回復の魔法陣です。魔人さんの知識から拝借しました」
「凄いな!」
「んー、でも犠牲に対する効果としてはいまいちな気もするんだけどね」
「そいつもこれように開発でもしたのではないか?」
ああ、確かにこの本を読むための装置としては最適かもしれない。
「と言うか、この魔人の知識ってファウスト本人な気もしないでもないよね」
「な、なんだってぇぇぇえ! ファウストは魔人だったという事かあああ!!!」
クワッとその小さな口をめいっぱい開けてこちらを見つめるクロ君。
「どうだろうね、まあ、真実はここに記されているんじゃないかな」
クワッと開けたままこちらを見つめるクロ君。突っ込み待ち?
「はいはい、ビックリしたねぇ」
鼻の頭をちょこんとつつく。
「むうう!」
ぱくっとつついた指を咥えるクロ君。
ゲオルク・ファウストの書。知識を求め辿り着いたものをことごとく吸収してきた...魔物。
赤黒く光る魔法陣に座り込み本を開く。
右手でクロの頭を撫でる。私に異変があった場合に甘噛み攻撃をしてくれる予定だ。
Zzzz...
「ちょっとー、クロ寝ちゃダメでしょー」
「うにゅ、寝てないのだ!」
うーむ、なんとも頼りない保険だ。
早朝、連絡用掲示板前:
「あら、あらあらあら、ウフフ」
光魔法の休講の連絡を見つめながら楽しそうに笑う女生徒が一人。
ビリッ! とおもむろにその連絡用紙を破り取る。
「先日、攻撃魔法学科の方達と揉めたらしいですけど、怪我でもなさったのかしら? それとも怖くなって逃げ出してしまったのかしら」
最近、メイドが役に立たなくなって正確な情報が入ってきませんのよね。
「でも、いいわ。これで二人目の失踪者の誕生ね」
オーホッホッホッホと高笑いしながら歩き去る近所迷惑な女生徒。
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