02:日常
魔道具屋:
「カーサ、いくよ~?」
店の奥で何かごそごそしているカーサに声をかける。
「うん、ちょっと待って~!」
何か魔道具をいじっているみたいだ。
「むぐむぐむぐ!」
「ほらぁ、クロもいい加減食べるのやめて」
私の呼びかけにこちらを翡翠色の瞳でじーっと見ながらもお肉を食べる口を止める気配が無いクロ。
「むぐむぐむぐ!」
「もぉ」
お腹に手を回しひょいっとクロを持ち上げる。
「むぐむぐ~!」
前足の爪でお肉を器用に持ちまだむぐむぐしている。足も口周りも肉汁まみれだ。
「も~、べとべとじゃんか」
「むぐむぐむぐ!」
お皿をアイテムボックスにしまい横を見る。
「もぐもぐもぐ!」
……藤原君。
「もぐもぐもぐ!」
……テレスさんまで!
何してるの? いや、お肉食べてるんだけどね。
藤原君はクロに張り合ってという事だろうけど、何でテレスさんまで?
「じゃあ、今日の迷宮探索中止ね?」
「むぐむぐ~!」
「もぐもぐ~!」
「もぐもぐ~!」
なにこれ?
水魔法で宙に水の玉を作り火魔法で温めのお湯にする。
「ほらクロ、肉汁落とさないと私に触っちゃダメだからね?」
「うにゅ!」
こぽん、とお湯の中に飛び込み。んしょんしょ、と器用に猫かきをしながら泳ぎだす。
「リンー、口拭いてー!」
泳ぐだけでは取れない脂を取ってとお湯から濡れた顔を出し言ってくる。
「はいはい」
アイテムボックスから濡れてもいい小さめのタオルを出し、袖をまくりお湯に手を入れて、クロのお腹に手を沿え動かないように固定する。
「ほら、こっち向いて」
「かかったなぁああ!」
がしっとお腹の手を足で掴み、かぷっとタオルを持った手を噛んでくるクロ。
「…………痛いんだけど?」
「むふふ~!」かぷかぷかぷ!
嬉しそうに連続甘噛み攻撃をしてくるクロ君、ほんとにちょっと痛いんだけど...
ぐいっと噛まれた手ごとお湯の中に突っ込む。
「ぶくぶくぶくぶく...」
バシャバシャバシャ!
「殺すきかぁぁああ!」
「ふふふ」
お湯をアイテムボックスにしまい、掴んだ手を離さないクロを大きなタオルで包む。
「殺猫者リンめ~! 逃がさんのだ~!」
タオルの中で嬉しそうにじたばた暴れながら私の腕にしがみついてかみかみしてくる。
「はいはい、お腹拭くから手離してね~」
「うみゅ!」
クロ君、迷宮探索が楽しみで仕方が無いらしい。
そういえば格闘術のスキルが魔闘技に変化してから初めての迷宮探索だね。
私とお揃いの白のローブを魔法の鞄にしまっているテレスさんに聞く。
「管理迷宮最近おかしいんですよね?」
「ええ、ボス部屋のレア魔物出現みたいな現象が迷宮内のいたるところで起きてるらしいわ」
レア魔物とは、各階層に存在するボス部屋に入ると出現するボスが、稀にその階層では出現しない強い魔物や珍しい魔物に変わる現象。
希少なアイテムが期待できる代わりに生命の危険が数段跳ね上がる。
ボス部屋ならば倒した後に必ず脱出用魔法陣と宝箱が出現し、その中身もレア魔物に準じたアイテムが入っているので危険に見合う報酬を期待できるが、普通に通路で遭遇した場合は宝箱の出現は無いため戦い損だし普通の冒険者だと格上の敵相手では体力や魔力、それにアイテム等の消耗が激しく。しかも帰りのことも考え行動しなくてはならず、最悪何の収穫も無いばかりか赤字になってしまう可能性さえある。
「じゃあ、今の管理迷宮は冒険者ほとんど潜ってないんですか?」
「そうでも無い見たい、移動の手間が無いしドロップするアイテムも他の迷宮より良いものが期待できるから危険を承知で潜っている冒険者はいるわね」
管理迷宮に潜れる冒険者で命知らずは少ない。まあ、冒険者やってる時点で命知らずなんじゃないのって意見もあるだろうけど。
「潜る階層をいつもより浅くして危険を減らすとか、護衛を雇うとかしてるんですかね?」
「ええ、ギルドもそのあたりは考慮していてベテラン冒険者に護衛の依頼を出したりしているわ」
「護衛を引き受けてくれるベテラン冒険者をギルドで用意してくれてるって事なんだ」
「ギルドも迷宮からのアイテムや魔物の素材の供給が滞るのは困るし、実力の無い冒険者が護衛についてパーティーごと帰ってこないなんていうのは大きな損失だから」
魔物の素材というのは武器防具の材料になるものもあれば食料や工芸品にもなる。それこそこの街を支える流通の源みたいなものだ。ローラン王都は周辺の魔物出現率が低いため耕作や放牧も活発だがそれでも半分以上は迷宮産の素材が占めている。
「大変ですね」
他人事である。
「そうね、原因がわからないのが問題ね」
テレスさんもちょっと他人事な雰囲気です。
「あ、でもそんな状態だと冒険者狩りの人達は少なくなってたりするんですかね?」
魔物との戦闘後の冒険者を襲ったりする一番安全な狩りをしている冒険者さん達のことだ。
「さすがにいなくなったみたいね、先に迷宮内にいて待ち伏せする以上魔物との遭遇率は彼らのほうが高いから。一時期そういうの専門で殺しまくっていた冒険者がいたみたいで、ただでさえ最近数が激減してたしね」
テレスさんがちらりと藤原君を見る。
「ぽっ! やだ、恥かしいわ!」
テレスさんの視線に藤原君が顔を赤らめる。
「小僧キモ!」
「殺意が抑えきれそうに無いわね!」
藤原君そんなことしてたんだ。
「けど、原因はやっぱあれだな!」
「だな!」
クロと藤原君が頷き合ってる。
「なんなの?」
魔王ガー、とか言いそうだけど一応聞いてみる。
「ずばり魔王が誕生したのだ!」
「魔王の影響だな!」
「言うと思ったよ!」
「「な、なんだってぇぇぇぇ~!」」
くわっと目を見開いて驚きのポーズをとるクロと藤原君。仲良いよね!
突っ込み待ちなのかチラチラこっちを見ながらポーズを止めない彼等はほっといて。
「テレスさんは護衛役に借り出されたりしないんですか?」
テレスさんはギルド職員だから護衛役というのは筋違いなのかもだけど、最近普通に私達と行動を共にしていて仕事いいのかなあと思ったり思わなかったり。
「一応リンちゃんの護衛という名目で自由にしていいとウィリアムから許可を貰っているから余程の事が無い限り大丈夫だと思うわ」
「そんな話になってたんだ、もしかしてテレスさん独占しちゃって私ギルドの人達から怨まれてたりしないです?」
「リン! それはフラグだな! 新たなイベントの気配ビンビンなのだ!」
「え~、やだな」
妬んだギルド職員に無実の罪を着せられ色々な目にあうとかそんな感じ?
「それはないわ、私達が手に入れた最下層の戦利品の一部はギルドに売却しているから、ギルドとしては滅多に入らない物が定期的に入荷されて大助かりだしそれに貴族街ギルドでリンちゃんの実力を知らない者はいないから」
「え? 私の実力って?」
どの程度ばれてるの?
「光魔法の蘇生が使えることと近接戦でも強いってことくらいね、本当の実力に気付いているのはバカギルド長だけだと思うわ」
最近一人で生きていける実力とお金が手に入ったので自重しなくなったからまさか早速ばれたのかと思ったけど違ったみたい良かった。ちなみにバカギルド長とはウィリアムさんの事だ。
「逆に、私がリンちゃんとクロちゃんを独り占めしてずるいっていわれてるわね」
「そうなんだ、大丈夫なんです?」
「私に勝てたら代わってあげるって言うと黙るから問題ないわね」
まあ、勝てる人はいないね。
「我は余裕で勝てるがな!」
本人はドヤ顔のつもりのクロが話しに加わる。
「そういえばクロちゃん魔闘技覚えたのよね?」
「えへん!」
「何か解らない事とかある?」
「ある!」
「なに?」
「じつは...」
なにこの会話?
カーサが浮かない顔で店の奥から出てくる。
「おまたせ...」
「なんかあったの?」
「……うん、一度里に戻れって」
「何かやらかしたの?」
「わかんないの、適正が何とかって、リンと一緒にいる許可は出てるのに」
「私と一緒にいる許可って?」
「……秘密なの」
「なにそれ?」
「今日リンのとこに泊まってもいい?」
「ん? 別にいいけど」
ばふん! と話を割って飛び込んでくる黒い弾丸。
「早く迷宮に逝くのだ!」
クロ君、逝くのは君だけにしてね?
「うん、早く逝こう!」
元気に頷くカーサ、君も逝きたいのか!
「うむ、逝こう!」
フラグ? これフラグを立てているの?
準備を整える。
私は最下層への転移カードをアイテムボックスから取り出すだけだ。
行き先は管理迷宮の最下層。行き方は私の転移魔法で第一層の転移用魔法陣へ跳び、そこから持っているカードに反応して発動する転移魔法陣で最下層へ直接転移する。
「じゃあ皆準備は良い?」
「ええ」と白虎の籠手をはめたテレスさんが。
「うん」と与一の弓を手にしたカーサが。
「おう」と童子切を腰に差した藤原君が。
そして、
「うむ!」と肩の上のクロが返事をする。
じゃあ、逝こうか。
「転移!」
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