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01:冒険者

管理迷宮:

冒険者ギルドが管理するこの迷宮には、ランクD以上の冒険者しか入る事ができない。それはギルドから一定以上の戦力を有すると認められた者達、冒険者として一人前と判断された者のみが入る事を許された迷宮。


ここは己の命を賭けることで富と名声、そして更なる力を得る場所。



最近、冒険者の間で囁かれている噂がある。


この迷宮の壁は(ほの)かに輝いており、灯りがなくとも周囲を確認出来る程度の光量を壁自体が発しているのだが、最近その壁の輝きが(あか)く変わる時があるというのだ。


そして迷宮が(あか)く輝いた後には、その階層では出現するはずのない魔物が出現するという...



冒険者は二種類存在する。

命知らずな者と慎重な者、前者が一般的な冒険者のイメージだがその様な者は余程の運が無い限りいくら実力があったとしても淘汰される。


生き残る資質のある冒険者は噂を軽視しない。実力以上の敵に遭遇する可能性があるならばその対策をする。

懐に余裕のある冒険者は管理迷宮に潜らないという選択をし、余裕のない冒険者は別の迷宮に潜るという選択をする。しかし、管理迷宮以外で冒険者が潜れる迷宮は街の中に存在しないし日帰りでいける場所は管理迷宮と比較すると迷宮としての旨味も少ない。


慎重な者の中で管理迷宮に潜るという選択をした冒険者はどうするのか?




第一層、管理迷宮の最初の階層を出口方面へ向かい走る一団がいる。

先頭を走るのは狩人風の男、そして騎士、侍、魔術師と続いて殿(しんがり)は明らかに先を走る四人より数段上の実力を持っているとわかる軽戦士、その彼が後方を睨みながら叫ぶ。

「もう少しで出口だ、走れ!」

「は、はい!」

一見すると少女と見紛(みまご)う外見と声の魔術師が息を切らせながら返事をする。


「グゥゥ...」

呼吸とも唸りとも取れる声を発しながらその巨体からは想像がつかない速さでこちらへ迫る魔物、初めて見るが鑑定スキルが無くてもその異様な存在感から魔物の名がわかる。


大悪魔(グレーターデーモン)

最下層のボスとして出現が確認されている魔物だ。迷宮の通路内しかもこのような第一層ではどう間違っても遭遇するはずの無い最悪の魔物。


飛燕連弾(ひえんれんだん)!」

侍が振り向きざま刀術のスキル、遠距離攻撃である飛燕を連続で放つ。


斬斬!

グレーターデーモンの胴に当たるが、ダメージを受けた様子が無い。


「ガァァ!」

逆にグレーターデーモンの咆哮と共に宙に炎の槍が三本出現しこちらへと放たれる。


「ウィンドストーム!」

炎の槍ごとグレーターデーモンを巻き込みウィンドストームを発動する。


効果を確認するまでも無く振り向き叫ぶ。

「止まるな、あんなもの足止めにもならん!」


ただでさえ物理耐性、魔法耐性共に強い悪魔族。

下位からレッサーデーモン、デーモンと続いて最上位に存在するグレーターデーモンだ。並みの攻撃などかすり傷もつれられない。

ウィンドストームも炎の槍を消す効果とめくらまし程度しか期待していない。


少しでも相手を足止めできれば...


走る、走る、走る!


突然、先頭を走る狩人が「何かいる! クソクソクソ!」

叫びながら脇道へと進行方向を変える。

「待て! そっちは行き止まりだぞ!」

「わかっている! けど!」

選択肢の無い意味を悟る。そうか、あの狩人は気配察知のスキルを持っていたな。



出口へ向かう通路から見覚えのある異形が二体こちらへ進んでくる。

気配察知でこちらが先に感知できたためまだこちらには気付いていないが、その手には冒険者だった物が握られていて、それを咀嚼(そしゃく)しながらゆっくりとこちらへ進んでくる。





脇道の終点に到達する。

そこは転移魔法陣が刻まれた袋小路。

この魔法陣は特定の転移カードに反応し起動する。しかし下層への一方通行だ。

「僕達は転移カードを持っていません」

パーティのリーダーである騎士がわずかな期待を込めた目でこちらに報告してくる。

「すまないな、俺も持っていない」

死の宣告と同等の返答...

「そうですか...」

目を伏せる騎士。

「ま、どうせ下層に転移しても結果は同じだろ」

狩人がおどけてみせる。

「死にたく無いなぁ」

魔術師が諦めたような口調で呟く。

「武士道と云うは死ぬ事と見付けたりでござる」

侍が訳の分からない事をいっている。


全滅するというのにずいぶんと肝の据わった連中だな。既に何某かの死、例えば仲間の死を体験しているのか?

「お前等まだDランクなんだろ? 妙に達観しているな」

「やだな、全滅する気なんて無いですよ?」

「?」

騎士が仲間達と目を合わせ頷き合いこちらを向く。


覚悟を決めた者の目。


「僕達が全力で隙を作ります。貴方は全力で出口に向かっていただけますか?」

護衛役に雇った相手に言う言葉ではない。

「逆だろ?」

「可能性の問題だ、俺等じゃ逃げ切れない」

「誰かが現状をギルドに伝えないと、犠牲者だけが増えてしまうしね」

「でござる」

まだ学生と言う話だったが十分に立派な冒険者だな。


「すまんが頼む、必ず援軍をつれて戻ってくる」

護衛役としては失格だが冒険者として彼等の提案を受ける。冒険者は可能性を諦めない。


「あの、我が儘だってわかってますが蘇生魔法の依頼先だけは指定させてください」

「あ、僕も」

「あ、俺も」

「拙者も」

ある者の名前を告げられる。


ニッっと笑い答える。

「俺も死んだら彼女に頼むつもりだ!」

「ハハッ!」

笑い合う。絶望的なこの状況でなぜか心が和む。


……不思議な魅力のある少女の笑顔が思い浮かぶ。



ズン...

三体の大悪魔(グレーターデーモン)が現れる。

大人が両手を広げて三人並んでも手に余る通路がその巨体で完全に塞がれている。


彼等の背後に回り隠密を発動する。

「隠密まで持ってるのか、すげーな!」

「じゃあ、全力で死のうか!」

「なんだそれ!」

「まず僕が範囲魔法で...」



ゴァアアアアアアアアア!!!


その叫びは聞いた者の動きを止める。

「クッ! まさか威圧の効果が...」

隠密が、呪文の詠唱が、スキルの発動が、その全てがキャンセルされさらに動きが止まる。



そして、彼等はそれを見る。



威圧スキルを伴う咆哮を放ったグレーターデーモンの横で高位魔法を発動する二体のグレーターデーモン達。


二体の口が大きく開き、その先の宙に浮かぶ大きな火球。

それは火魔法の上位である炎魔法の爆炎の火球。全てを焼き尽くし灰さえも残さないといわれるそれは...絶望の炎。



目が離せない。

死にたく無いと思うが体が動かない。

何か手は無いかと思うが上手く頭が働かない。

呆然と己の死を見つめる。


背後で何かが光ったような気がする。

ありえない、ここの転移魔法陣は入り口専用だ。誰かがここに転移で出てくることは無い。

確実な死が、蘇生も出来ない完全な消滅が、そのような起きえない希望の幻影を見せたのか?




ひぅん!




と、何かが空気を切裂いたような音がする。


ズッ...と、死の火球が真ん中からズレる。何が起きているのか?


ふわりと白い影が冒険者と魔物のあいだに降り立つ。


ゴゥ!!!

ズレた火球がその場で爆発する。

グレーターデーモンを巻き込み炎が吹き荒れる。そして通路を奔流する爆炎がこちらへ迫る!

「水の壁!」

緊張感の無い声で水魔法の初歩である水の壁を唱える白いローブの少女。


そんな物では炎魔法など防げない! バカか!

などとは誰も思わなかった。


なぜか?


振り向いた少女がにへらと笑いながら。

「絶体絶命の危機でしたね?」と緊張感の無い言葉を掛けてきたから。

その少女の肩で翡翠色の瞳の黒い獣が、「にゃ~!」と鳴いたから。


絶望的な状況は変わらないはずなのに、威圧の効果で動けないはずなのに、その場にへたり込む冒険者達。


本来ならば人ひとり分の大きさの水の壁が通路全体を塞ぎ爆炎を完全に防いでいる。


その青い水の膜の向こうで吹き荒れる炎。高位魔法である炎魔法を下位魔法の水魔法で防ぐ理不尽。

そして魔術師だけが気付いた事だが少女が水の壁と言う前から既に構築されつつあった水の壁。それはつまり無詠唱で水の壁を発動したという事。無詠唱でこんな強化された水の壁を作るなんで反則だよと無言で抗議する魔術師。



ありえない。


このようなありえない事をこともなげに行う者。


一体この白いローブの少女は何者なのか!?

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