19:カフェ
寮のカフェというのは、クロがいい匂いがするとか言ってた所だった。
今回はマウラさんと一緒だから隠密は発動していない。
もぞもぞ
寮という共同生活の場に自分達と同い年くらいの見知らぬ女の子がいて、しかも着ている服が貴族っぽいとなるとどうなるか?
もぞもぞ
うん、目立つ目立つ。まさしく注目の的だ。
しかし、貴族っぽいというのが幸いしてかチラチラと盗み見している人は沢山いるが、誰も声をかけようとはしない。
もぞもぞ
注文した紅茶とケーキが運ばれてくる。
紅茶の香りと、ケーキの甘い匂いが混じりあい私を包む。
ああ、事ここに至っては、私の胸のもぞもぞが抑えきれなくなってしまう。
(リンよ、我のパトスがバーニングなのだ!)
バッと、もぞもぞ君が陰陽浄衣の衿の合わせから飛び出してしまう。
もぞもぞクロ君がしたっとテーブルに降り立ちぱくっとケーキをひとくち食べる。
(うぅぅまぁぁぁいぃぃぞぉぉぉぉおお!)
がつがつがつがつ!
ケーキに顔を突っ込みがつがつ食べ始めるがつがつ君。
チラチラさん達が、ガン見さんに進化してしまったよクロ君。
「うーん、どうしろと?」
(がつがつがつがつ! リン、ミルク希望!)
(黙れ、がつがつ君)
(動物虐待なのだ!)
(使い魔でしょうが)
(使い魔虐待なのだ!)
(じゃあ、ミルクあげないね)
(なんだとぉぉぉぉ~!)
といいつつ、マウラさんのケーキに突進する動物君を取り押さえる。
(クロ、本当に止めて)
(は~な~せ~!)かみかみ!
クリームだらけの口で取り押さえた私の手を甘噛みしてくる。
大惨事だよ!
「あ、あの、リン先生。それはネコですか?」
固まっていたマウラさんが聞いてくる。
「はい、ペットのネコです。当然持ちこみの許可はもらってますよ」
当然もらっていない。
「そうなんですか、いいですね」
おっと、なんかあっさり納得された。
はっ、貴族さんだね!
貴族さん達の傍若無人のおかげなんだね! ありがとう貴族さん!
「あの! 撫でてもいいですか?」
私の手に付いたクリームをぺろぺろ舐めだしたクロ君を指差し手を伸ばす。
「キシャー!」てしてし!
「きゃ!」
返事を待たず伸ばした手をてしてし攻撃で迎撃される。
「ごめんなさい!」
ネコと私に謝るマウラさん。
「あー、うん。多分それあげれば許してくれるんじゃないかな」
キシャーとかいいながらネコ君のエメラルドグリーンの瞳はじーっとあるものを見ている。
「え、でも、こんな味の濃いものは」
「あー、大丈夫だから」
「キシャー!」
「早くよこせだってさ」
「はい、ネコさん」
おずおずとケーキの皿が差し出される。
「にゃ!」
がつがつがつがつ!
(クロ、もっと上品に食べなよ)
(この野性味溢れる食べ方を否定するなどリンはまだまだ子供だな!)
(はいはい、そうですねー)
(むっきぃぃぃ!)
今なら大丈夫だよとマウラさんを促す。
さわ、
さわさわ、
なでなでなで。
「はぅ~ん」
クロを撫でながら変な声を出すマウラさん。それは鳴き声? 鳴き声なの?
「あの!」
呼び声に顔を上げると。お皿にケーキを持った女生徒の列。
「なにこれ?」
(くっくっく、我への供物なのだ!)
「つ、つぎ撫でさせて下さい!」
「私も!」
「私も!」
「私も!」
「私も!」
「はぁ」
と返事をするしかない。
(全て我の計画通り!)
(うそつけ!)
(くっくっく!)
色々情報を得ようと思っていたのにクロのせいで台無しだよ!
カフェの一画で起きている騒ぎを少し離れたテーブルから見つめる者がいる。
「リン・エスポワール、動物で人気取りなんてさすが悪役令嬢らしくて姑息な手ね」
お気に入りのティーにシュガーを多めに入れる。
「フフフ、ちょっと怒りっぽくなってますわね、シュガーを追加しなくてはいけませんわ」
ひとくち、甘いティーを飲む。
「エスポワールさんには、どうやってこのゲームの世界から退場していただこうかしら?」
前のように、睡眠薬で眠らせて卑猥なお手紙で群がる男性達にお任せしようかしら?
けれど、前回は攻略対象まであっちにいってしまいましたわね。
「やっぱり悪役令嬢は正しく断罪されなくてはダメよね、見も心もボロボロになった挙句に打ち首とかがいいわ」
自分の無力を嘆きつつ自害というのも捨てがたいわね。
「あの汚らしい動物を餌に自制の効かない殿方達のたまり場におびき出すのもいいわね」
身も心もボロボロになった次の朝、あの動物の手だけがご自分の口に突っ込まれていたらどんな顔をするのかしら?
「クフフ、やっぱりゲームの攻略法を考えるのは楽しいですわ」
あら、
今、一瞬見られていたような気がしましたけど気のせいね、エスポワールさん、笑っていられるのも今のうちだけよ。
わたしが貴女にふさわしいバッドエンドを提供してあげるわ!
待ってなさい、悪役令嬢教師リン・エスポワール!
先ほどからおかしな目つきでこちらを見ていた女の子が席を立つ。
「ねえ、マウラさん」
「はふ~ん」
「あの人はなんていう方なの?」
「は! 彼女はマリーさんです。彼女も光魔法の生徒ですよ」
「マリーさん?」
「はい、マリーさんはフラワーネット家のご令嬢です。少し前までは光魔法を使えなかったのですけど今ではクラスで一番の使い手です」
「光魔法を使えなかった人がいきなり熟練の使い手になったの?」
「はい、フラワーネット家ではよくあることらしいです」
「ふーん」
曖昧な返事をしておく。
マリー・フラワーネットさん。フラワーネット家のご令嬢。
なんだろうね。嫌な感じだね。
だって、鑑定で見える彼女の名前は、セルビナなんだよね。
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