09:職員棟
ウィリアムさん曰く。
知の最高峰は学園であり。その成果が宮廷魔術師であると言う。
「今はエリック王子配下、親衛隊所属の魔術師のほうが優秀なのですけどね」
こちらを見る。特に言うことは無いのだけどまあいい。
「宮廷魔術師の人達は勇者の召喚とか色々な偉業を成していると聞きますけど」
水を向ける。
「ええ、先代。いや、今は先々代ですね、の宮廷魔術師長は稀代と呼ばれる術者だったと聞きます。一人もしくは二人が限界だった召喚を多数の集団がいる場自体を対象とするように書き換えるのに成功したのだとか」
それは凄い、と相槌を打つべきなのか。
「凄かったんですね、で、その人が学園出身といったところですか?」
取り合えず、前置きはいいから本題へどうぞ。
少し驚いた顔をして肩を竦めるギルド長さん。様になっている。
「今回の管理迷宮の異変ですが、原因と解決法がわかりません」
彼は語る。
原因についての推察は以下。
1.迷宮内での魔人の誕生によるもの。
2.不死の軍団を派遣した組織の工作。
3.特殊な何かを吸収した事による迷宮自体の何らかの変化。
現時点での対処法。
この現象は何件か冒険者ギルド内の情報で事例があるため時間経過による沈静化の可能性が高いとされているが。
1.時間経過による沈静化を待つ。
2.工作内容が不明のため対処不能。
3.時間経過による沈静化を待つ。
1と3ならば、現在行っている対処療法で解決する可能性が高いが、2の場合は意図的に起こされた可能性があるため時間経過で沈静化しない可能性があるとの事。
「話は戻りますが、学園はローラン建国の時代にゲオルクという人物が創設したといわれています。彼は偉大な魔術師だったとされ、多くの術式を開発したともいわれています。そして召喚魔法陣も彼の発明だとされています」
「建国まで遡るんですか?」
「いえ、先々代に戻りましょう。稀代と呼ばれた彼ですが、当時彼よりも優れた師はいなかったとされています」
彼はその英知をどのように手に入れたのか?
「そういうことですか」
「ええ、そういうことです。知識の宝庫ともいわれている場」
大図書館。
ゲオルクの蔵書が納められてると噂され。
知を喰らう迷宮とも噂されている。
「なんですか知を喰らう迷宮って?」
「稀になのですが、学園で行方知れずになる者が出るのです」
「大図書館でですか?」
「いえ、昔ゲオルクの書の行方を調べていた学者が大図書館で消えたのを期にそういう噂が立ち始めました。都合が良かったというのもあるのでしょう」
「人が消える理由に?」
「ええ」
学園という物は社会の縮図。しかもそこは普段なら交わる事のない貴族と平民が同時に存在する場。つまりこれは都合が良い噂というよりもただ真実を隠すための方便のようなものなのだ。
で?
話が早くて助かりますと彼は微笑み。
先日、光魔法を担当する教師が失踪しました。
と言った。
ウィン君に礼を言い別れる。
建物へ入り周りを見回すが受付みたいなものは無いようだ。
横を見ると建物の案内図がある。目的の部屋を探す。
最上階。
やはり一番偉い人というのは居る場所も一番上がいいのだろうか。
ぼーっと考える。
「オイッ!」
背後から肩を掴もうと伸ばされた手を、すっと相手方向へ半身になって躱す。
そして無防備に伸ばされた腕に殺気を叩き込む。
斬!
そしてそして、相手から半歩下がりつつ返す刀で喉を斬りつける。
斬!
秘剣燕返しぃぃってね。
刀の形をしたただの殺気だ、殺し合いをした事が無い人は気付かない。
最近、迷宮探索の休憩中に藤原君が覚えた刀術をクロに自慢しつつクロも格好良いのだと、あれやれこれやれと注文しているのを見ていてつい真似してしまった。
「グッ...」
気配を消して近づいてきていたのは大柄な男性。ぐっと言ったまま腕を伸ばした格好で固まっている。
「どうも、こんにちは」
教師っぽいので挨拶しておく。
「…………今のは?」
「殺気で殺した事ですか?」
「…………生徒ではないのか?」
「冒険者です。ギルドからの依頼で参りました」
「…………」
いやあ、何? その沈黙。
「失礼した。てっきり生徒だと思い驚かそうと気配を消して近づいたのだが...」
素直に謝ってきた。悪い人ではないみたいだ。
「いえいえ、お見事でした」
「ハハハッ! 勘弁してくれ。武術を教えている俺が手も足も出ずに殺されたんだ。お見事も何も無い」
まじまじと見つめられる。
「しかも教えている生徒より若い女性にとは、やはり実戦を積んでいる冒険者は違うな」
「はあ、どうも」
行き先である学長室に案内してくれる事になった。
なんか意外とあっさりしているというかさばさばしているというか、負けたことも特に気にしていないようだ。
そんなことを考えていると。
「ああ、悔しくないのかって? 毎年剣術の指導にギルバートさんが来るからな、本物の冒険者という人達がどういうものか身に沁みてわかっているのさ、あれが無ければ怒り狂っていただろうな」
ギルバートさんを基準に冒険者を判断されたら冒険者が可哀相だ。まあギルバートさんが来る事はもう無いだろうけどね。
「もしかして、君がギルバートさんの代わりか? 武器を持たずにあの様な技を使えるなんて剣術のスキルはMAXの5なのか?」
「いえいえ、あれは殺気もわからないような人には意味が無いですから、誰でも理解できるという物でもないでしょう。それに私、剣術スキル無いですし」
「……え?」
「冒険者仲間のやっていたことの真似をしただけですよ。私は先日失踪したという光魔法の教師の代わりです。次の人が手配できるまでの臨時講師といったところですかね」
「前衛系の冒険者かと思ったら光魔法を使うのか! しかし...そうか、光魔法の...」
え~、何その意味深な態度!
「なんか、あるんですか?」
「ん? んんん...色々とな」
まじまじと見つめられる。
「さっきも言ったが、生徒より若い教師か...君は何歳だ?」
「女性に歳を聞くのは失礼なのでは? 16です」
「すまん。しかし見た目だけでなく本当に生徒より年下なのか...」
学長室に着く。
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺の名はゴーン。武器術全般の教師をしている。それと光魔法の教師は失踪ではなく逃げたんだ。居場所もわかっているが戻る気は無いと言うことだ」
「はあ、なんですかそれ? 私は冒険者のリンです。長居する気は無いですけどよろしくです」
コンッコンッ!
ゴーンさん、中まで案内してくれるらしい。
どうぞと言う返事の後に扉を開きゴーンさんに続いて部屋の中に入る。
豪華な部屋という表現がしっくりくる室内。
部屋の手前には応接用のテーブルとソファー。奥には大きな机に後ろを向いている立派な椅子。飾ってある装飾品の幾つかは魔道具のようだ。
「ユートス学長、冒険者ギルドから来た光魔法使いの方をお連れしました」
口調が改まるゴーン先生。
「うむ」
クルリと後ろを向いていた椅子が回転しこちらを向く。
年の頃は六十代位、白くなった総髪を無造作に撫で付けたようなオールバックで口元に蓄えられているヒゲも白い。
着ている物は髪に合わせているのか白を基調にしたローブ。その姿はまるでファンタジー映画に出てくる大賢者のような...
その威厳のある目が、ゴーン先生を見て次に私を見る。
そして、しばしの沈黙の後。
「ウィリアム殿から蘇生を使える手練を遣すと連絡を受けている」
「蘇生まで使えるのか、凄いな」
ゴーン先生が横目でこちらを見褒めてくる。
「…………で?」
ユートス学長さんがゴーン先生を見て尋ねる。
「……はい?」
ゴーン先生が意図を理解しかねて尋ね返す。
あー...うん。
「その冒険者はどこだ?」
尋ねるユートス学長さん。
「……は?」
間抜けな声を出すゴーン先生。
手を挙げ自己主張をすることにする。
「私です」
「……は?」
間抜けな声を出すユートス学長さん。
「はは」
思わず乾いた笑いが漏れる。
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