五話目
「あんた、私が見えるの?」
......え?
何言ってんのこの子。
「あの、見えてますけど」
「なんですとーーー!!!」
真実を伝えると、頭を抱えて地面をゴロゴロしながら悶えだした。
やばい。
俺、変な子に声かけちゃったかもしれない。
「あの、大丈夫?」
いろんな意味で。
すると、ゴロゴロしていたのがピタッと止まり、ゆっくりと立ち上がって、
「大丈夫なわけあるかー!!」
怒鳴られた。
やっぱりダメだった。
さっきまでの物憂げな美しい少女が、今はただの野蛮人だ。
さっきまでのドキドキを返してほしいわ。
勇気を振り絞って声をかける決心をした時間を返せ。
なんかすげぇ落ち込んでるよこの子。
なんで落ち込んでるのかもわからないし。
俺なんかした?
「なんで見えるのよ、あんた。もしかして最初から見える人なの?」
「あの、ごめんさっきから何言ってんの?」
すると少女はきょとんとした表情をみせたが、すぐになにかに気づいたようで、また落ち込みだした。
「そういうことか...」
いや、どういうことだよ。
「本当にさっきから何言ってんの?」
すると少女は落ち込んだまま、トーン低くめで話だした。
「私はあんたを瀕死の状況から助け出した、命の恩人の座敷わらしです」
「...っていう設定?」
「設定ちゃうわ!!!」
また怒らしてしまった。
「本当の話だから。そんで、あんたに用があって探してたの。でも家に行ってもいないし、勝手に住み着こうかと思ったけど違う人だったら嫌だし、だからあんたが帰ってくるまで待つことしたんだよ。それなのに帰ってくるの遅いし、こっそりやるつもりだったのになんでか見えてるし。なんなんだよあんたは!!」
そんなこと言われてもなー。
「なんで怒ってるかは、とりあえずわかった。じゃあひとつだけ質問していい?」
「なんだよ?」
自称座敷わらしの少女は相当ご立腹な様子で、さっきから地団駄が止まらない。
「証拠は?」
「...ふぇ?」
変な声出てんぞ。
「だから証拠は?」
「しょ、証拠?」
「うん。座敷わらしだっていう証拠」
「そ、そ、そ、そんないきなり証拠とか言われてもねー」
いままで、イライラを爆発させながらずいぶんとデカイ態度をとっていたのに、急におどおどしだした。目が泳いでる。
「え、ないの?妖怪のくせになんもできないの?」
「あんたは妖怪をなんだと思ってんだ!」
「いいから証拠は?」
「証拠って言われてもなぁ。今は妖力が空っぽでなにもできないし...」
なんかぶつぶつ言い出した。
もう帰っていいかな。
「たっちゃん何してるの?」
不意に背後から声をかけられた。
振り向くと、遥がタッパーを持って立っていた。
「お、遥。お前こそなんでいんだ?」
「ちょっと肉じゃが作り過ぎちゃってお裾分けしに来たんだ」
質問を質問で返してしまったが、笑顔で答えてくれる。相変わらず可愛いな。
すると、いままで後ろで唸っていた少女が突然俺の前に飛び出て、遥の周りをくるくると走り出した。
「ちょっ、お前!」
「ん?たっちゃんどしたの?」
「え?」
確かに俺の目には遥の周りをぴょんぴょんしたり、顔の前で手を振っている少女の姿がそこにはあった。
「遥、見えないのか?」
「え、なにが?なんかいるの?」
あんなに存在を主張しているのに見えないなんて、霊的な存在か赤座あ〇りくらいだろう。
完全にアッカリー...
おっと、口が滑るところだった。
「たっちゃん?」
「あ、いや。なんでもない。それより肉じゃがありがとな」
「いえいえ。余っちゃっただけだから。また余ったら届けにくるね」
微笑みながらそういって、遥は俺に肉じゃががたっぷりと入ったタッパーを渡した。
「家まで送るよ」
「大丈夫だよ。ちょっと寄りたい所もあるし」
「そっか。気を付けて帰れよ」
「うん」
遥は小さく手を振って、もと来た道を戻って行った。
「ふっふっふ」
なんか不敵な笑い声が隣から聞こえる。
まぁいいや。無視だ。無視。
「ちょっと待て!」
呼び止められた。
「なんだよ」
「なんだよじゃないでしょ!あんたが証拠見せろっていうから必死に体をはってやったのに。なんだその態度は!最低だ!肉じゃが貰ったくらいでニヤニヤしやがって。このチェリーボーイが!だから童貞なんだよ!」
「余計なお世話じゃボケェェェ!」
この野郎!コロス!コロシテヤル!
「あんたはあの女が好きなのか!」
「ただの幼馴染みだ!!」
「なんだとコノヤロー!」
「お前は何に怒ってんだー!!」
もう訳分からない。なにこの不毛なやり取り。
たかがチェリーボーイと言われたくらいで取り乱すなんて情けない。
違うか、原因はDTのほうか。
「とにかく、あんたに証拠見せたんだから信じてくれるよな?」
「まぁただの人間ではなさそうだな。あんまり信用できないが、普通の人間であそこまでやって気づいてもらえない人がいたら可哀想だからな。信用する」
「なんか信用する基準が気に食わないんだけど」
「で、その座敷わらしさんが俺になんの用ですか?」
すると座敷わらしは俺の近くまで歩み寄り、腕を俺の首に回してお互いの鼻先がちょこんとくっつくほどの物凄い顔の近さで囁いた。
「あんたの幸せもらうから」
「...ふぁ?」
変な声が出てしまった。
座敷わらしは腕を外して軽やかなステップで後ろに下がり、したり顔でこちらを見ていた。
「ニヒヒ。これぞ必殺『チェリーボーイはイチコロ!美少女鼻ツン攻撃』だ!これであんたは私にメロメロ。なんでも言うこと聞いちゃう従順な子犬になるのだ」
あまりに突然の出来事に頭がついていかない。
なにが起こったんだ。
「ふふっ。あまりの可愛さに放心状態か。無理もないな」
なんだよ今の。
鼻ツンだと...。すげぇ...。すげぇ...。
うざっ!!あぁぁ!!イライラする!!
「どうだどうだ?キュンキュンしすぎて直視できないか?」
俺は座敷わらしにゆっくりと近づいて頭の上に手を置き、そして、
「お?なでなでするのか?しょうがないなぁ。撫でていいぞ。優しくしろよ」
思いっきり握りつぶす!!!
「痛たたたたたたたたたぁぁー!!」
おら!潰れろ!へこめ!
「ぎゃー!ちょっ、ぎ、ギブ。ギブ!ギブだから!!」
俺はわぁーわぁー喚く座敷わらしの頭を無理矢理こちらの方へ向けさせる。
「てめぇ。次同じことやったら脳みそぶちまけてやるからな」
「は、はい...。本当にすみませんでした...」
あまりの恐怖だったのか、口はパクパクして目からは涙が溢れ出していた。
反省してそうなので手を離す。へなへなと力なく座り込みそのまま正座をして、おでこを地面につけた。
「本当にすみませんでした...」
この世で一番綺麗な土下座だった。
「反省してるならそれでいい。もう家に帰るぞ。外は寒いし中でちゃんと話聞かせろ」
「はい...。わかりました...」
ずいぶんしおらしくなったな。ちょっとやりすぎたか。まぁうるさいよりいいけど。
俺は灰と化した座敷わらしを連れて家に帰った。