一話目
階段を下り、アパートの駐輪場へ向かう。
乱雑に置かれた自転車の群れから自分の物を見つけ出して引きずり出す。
宮守 拓斗はポッケから鍵を取り出し、ロックを外してサドルにまたがった。
足に力を込め、ペダルをこぎはじめる。
地面に落ちた桜の花びらがタイヤに巻きこまれて少し舞い上がった。
高校に入学してからもう一年が経った。
今日は春休み明けの始業式。
高校二年生になって初めての登校だ。
入学と同時に始めた一人暮らしにもだいぶ慣れてきたし、これからの学校生活がもっと楽しくなるに違いない。
自転車をゆっくりこいでも10分で着く所にある学校へ到着し、駐輪場に自転車を置く。
玄関に入り、下駄箱で上履きに履き替える。
「たっちゃん、おはよう」
「おう、遥」
「今日は寝坊しなかったの?」
「新学期早々から寝坊なんかしねぇよ。ってかいつも寝坊なんかしてねぇし」
微笑みながら挨拶してきた彼女の名前は五十嵐 遥。小学校からの幼なじみだ。
学校でも随一の美しい容姿を持ち、勉強も出来てスポーツも出来る。
面倒見も良くて、学年のみんなに慕われていて、先生達に信頼されている。
簡単に言うと完璧だ。
「たっちゃん、ちゃんと薬飲んできた?」
「あぁ、飲んだよ。そんなに心配しなくても大丈夫だから。ほら、そんなことより早く教室行くぞ。初日から遅刻なんてごめんだからな」
「そうだね。あ、たっちゃん新しいクラス確認した?」
「やべ、してない」
掲示板に貼ってある名簿を確認して教室に向かった。
遥は2組で、俺は1組だった。
教室に入ると朝礼までは少し時間があるが、ほとんどの生徒が集まっていた。やはり新学期の初日はみんな浮かれている。
自分の席を探していると、前から誰かが近づいてきた。
「た〜く〜と〜くん」
それにしても席が見つからない。
「たくとくーん」
名字がマ行だから、窓側のほうだと思うんだけど。
「もしかして聞こえてないのか?」
「聞こえてるわ。無視してんだよ」
「そんな…」
ちょっと無視しただけで座り込むほど落ち込むな。めんどくさい。
「ってかまた沼野と一緒のクラスかよ」
「本当は嬉しいくせに。拓斗はツンデレだな」
「お前、これから俺に話しかけてきたら卒業するまで口聞かないから」
「喋っても喋らなくてももうコミュニケーションがとれない!!」
「そういえば、俺の席どこだかわかる?」
「わかるよ。俺の後ろ」
マジかよ…。
「そんな露骨に嫌な顔しないで」
ため息をつきながら席に座った。沼野はそんな姿を見て今にも泣き出しそうだった。
朝礼のチャイムが鳴ると、ドアを開けて担任の先生が入ってきた。
「ほら、みんな席に着いて。朝礼始めるぞ」
先生は出席番号一番の子を指名して号令をかけさせる。この時期は毎年クラス委員長が決まるまで、ずっと号令をかけなければいけないなんてかわいそうだ。マ行でよかったと毎年感謝する瞬間だ。
先生の指示で教室から体育館へ向かう。
始業式が始まり、校長先生やいろいろな先生の話をただひたすらに早く終わる事を願いながら聞き流し、また教室へ戻る。
「トイレ行こうぜ」
沼野はそういってトイレへ向かっていった。
トイレくらいひとりで行けよ。俺は心の声を口に出さずに教室の方へ向かう。
「待ってて!!」
トイレへ一緒に行ってくれない友人を引き止めるために叫ぶほど必死になるなんて。
「わかったわかった。外で待ってる」
沼野は満面の笑みでトイレの中へ入っていった。あんなに嬉しそうにトイレに行く人を今まで見たことがない。楽しそうでなによりだ。
壁に寄りかかり、ポケットから携帯を取り出した。
沼野がトイレに入ってから五分以上が経過した。長くね?もしかしてあいつ…。まぁいいや。待つと言った以上、待っていなければ申し訳ない。
時間をどう潰すか考え、沼野に勧められて最近インストールしたゲームを始めた。
もやしを育成するゲームだ。
霧吹きで水を吹きかけ、少しずつ育っていくもやしを眺め、最後に成長したもやし引き抜くのだ。
特に面白くもないのだが、なぜかハマってしまう人が続出していて、巷で結構流行っている。
勧められた時は、「なんだこのクソつまらないゲームは」と思っていたが、俺も少しずつもやしの魅力に気づき始めた。
ニョキニョキと頑張って生えてくる姿がなんかかわいいんだよねー。
手塩にかけて育てたもやしを収穫していると、遠くから足音が聞こえてきた。
先生か?もしかしたらもうホームルームが終わってみんな帰ってるのかもしれない。
初日から抜け出したみたいになってしまった。
トイレに付き合っただけなのに、最悪だ。
足音が近づいてくる。やばい怒られるかも。
どうしよう。トイレに隠れるべきか。
不意に視界の端を誰かが通り過ぎた。
バッと顔を上げる。廊下を見回すが、周りには誰もいなかった。意識しすぎたかな。
すると背後からドンッと大きな音がして何かが飛び出してきた。
「うわぁ!!」
俺は思わず声をあげた。
「お待たせー」
飛び出してきたのは、スッキリした顔の沼野だった。
「ん?なんでそんなに驚いてんの?」
驚きすぎてなんかイライラしてきた。
「うるせえ。早くしろ」
沼野をおいて先に歩き出す。
後ろを駆け足で沼野がついてくる。
「ねぇ、なんでそんなにびっくりしたの?」
うぜぇ。興味津々で聞いてくる顔がうぜぇ。
「なんで?なんで?」
イライラが限界に達したので、沼野のみぞおちにひじ打ちをおみまいしてやった。