Episode-2 深夜のフタリ
火星の惑星通信では今回の新航路開拓による放送枠の拡大を目指して社員たちが必死に働いていた。
バイトである服部もこの雰囲気の変化には敏感でシフトを少し増やして職場に貢献していた。
「服部くん! それ終わったらこっち手伝ってくれるかい」
「はーい!」
くるくるとよく働く彼の評判はすこぶるいい。
「ふぅ……時給も上がったしこのままここに就職するっていうのもアリかもしれないな」
夜遅くの作業は疲れるものだ。服部は密かな楽しみであるミルク入りの缶コーヒーを買い、屋外のベンチに腰掛けた。つかの間の休憩である。物陰で見えにくいこの場所は休むのにちょうどいい。
「あの」
そこへ彼を尋ねてきたのは諜報員。元帥の言葉通り火星に滞在しているようだ。
「えっと、あなた誰です?」
「僕は佐藤健哉。OKEYAの諜報員をしています」
覚えてもらってなかったかとがっかりしたリアクションの諜報員だが服部は気づいていない。
しかしOKEYAの単語を聞いて服部も合点がいった。モニタ越しではあるがガウスとの戦いの時に顔を会わせているではないか。
「服部さんに聞きたいことがあるんです」
「と、言いますと?」
諜報員は指揮官がロエルから預かった写真をカラーに焼き直したものを見せた。
「元帥は昔、瀬尾健哉という名前の軍人だったらしいんです」
ちなみに僕の名前も同じ字を書くんですと諜報員。
「僕らが彼を知ったのは今の元帥になってからなんですけどどうやら瀬尾さん、いや元帥はコールドスリープで眠っていた21世紀の人間だとかで」
目を点にして聞いている服部。存在を忘れられたコーヒーは既に温くなっている。
「どうやら服部さんは僕らよりも前から元帥を知っているみたいですね。軍人時代のことをなにか知っていたら教えてほしいんです!」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
服部は慌ててコーヒーを飲み干した。
「そんなこと初めて知りましたよ。俺が桶屋さんと知り合ったのもそう昔のことじゃないですし。こっちがお話を聞きたいくらいですって。そもそも俺はこの歳ですよ。八十年以上も前のことなんて分かりませんから」
巨漢の服部に言われると剣幕に押されがちだ。
「では、元帥が巻き込まれたっていう冥王星でのエイリアンの事件についても何もご存じないですか?」
「モチのロンです」
言い回しが妙に古い。
こうなると諜報員も引き下がる他ない。
「そうですか……分かりました。お時間とらせてしまってすみません。お仕事頑張ってください。くれぐれも今回のことは元帥には内密に」
「はい。お役に立てずすみません。OKEYAの皆さんに宜しくお伝えください」
そそくさと立ち去る諜報員。待たせていたエアバスに乗り込みどこか別の場所へと旅立っていった。
服部は頭をかきながらコーヒーの缶をゴミ箱へ投げ込んだ。
「あっぶね。ボロ出さないようにしてたけどちょっと出しちゃったかな」
「それはご苦労なこったな」
「ふぇっ?」
いつの間にか背後に別の客人がいた。
まったく気配を感じなかっただけに驚く服部。
「あーた誰です? OKEYAの関係者の方ですか?」
鼻で笑われた。
「冗談はよしてくれ。オレはKOUTORIIのジョサイア。OKEYAを討つ者だ」
KOUTORIIの単語を聞くがはやいか服部は携帯端末を取り出そうとした。が。
ジョサイアが原子収縮で輝く刀身を抜き、目にも止まらぬ速さでポケットごと切り落とした。
「慌てるな。オレもさっきの奴と同じでOKEYAの元帥とやらの話が聞きたいんだ。なあに、素直に喋ってくれれば悪いようにはしないさ」
穏やかでない相手だというのは十分に理解できた。
「何が目的だ」
「言ってるだろ。OKEYAという組織が目障りなんだ。どうやらそこのボスを張ってる元帥とやらを潰すのがいいらしいんでな」
服部にとっては都合の悪いことにこの時間帯にこの場所を通る者はない。
今の惑星通信はてんてこ舞いのため服部がいなくなろうとすぐに誰かが探しに来るというのも期待できない。
ジョサイアはため息をついた。
「話す気がないってならそれでもいい。一緒に来てもらうぞ」
あっと言わせる暇も与えず手刀を服部の首筋に決めた。倒れる巨体。しかも何の苦もなく担ぎ上げた。
「ったく……最初が人さらいとは泣けてくるぜ」
☆★☆
軍がお金を出してくれたこともあってOKEYAは高級ホテルに、しかもそれぞれが個人の部屋をとってVIP待遇で滞在している。
もちろん元帥もその一人で、今は夕食と風呂を済ませて部屋で一服していた。
誰もが寝静まった深夜。突然部屋のノッカーが音をたてた。
「こんばんは。ルームサービスでございます」
若い女性の声が外から聞こえる。
「あっ、今開けます」
元帥は読んでいた銀河航空王国をベッドに置いて、スリッパを履きドアを開けた。
元帥が外の廊下の景色を目にする前にことは起こった。
目にも止まらぬ一閃。
「おっと」
少しでも反応が遅れていたら元帥は腰のあたりで真っ二つになっていたことだろう。
「よくぞかわした。その運のよさ、誉めてやろう」
昼間渡辺のところに現れた例の少年が日本刀を構えて立っていた。驚くべきことに女性の声で話している。
「そっちこそ。その声真似、さすがだ」
ただ、と前置きする元帥。
「このホテルにはルームサービスはないんだ。抜かったな」
続けて斬撃を繰り返す少年。紙一重で避けつつ元帥は後ろ手でベッドを探った。
「ルームサービスと言っておろうが」
元帥が飛び上がってかわした刀の切っ先が壁紙に雷光のような傷をつけた。
「ストップ」
少年の顔めがけて枕を投げつけた。
「何のつもりじゃ」
一振りで枕を裂いた。飛び散る上質の羽毛。鼻をくすぐられ少年はくしゃみを一つ。
その隙に元帥は銃をむけた。
「渡辺さんから話は聞いているよ。私のことを嗅ぎ回っているんだって? どこの雑誌だ? もしかして銀河航空王国?」
少年は拍子抜けした様子で刀をしまってベッドに腰かけた。
「銀王読者とは知らなんだ。儂はむしろ銀英とか銀帝を嗜むがのう」
女性の声をやめて、普通に話している。こちらが素なのだろうか。
斬られる心配がなくなったことを察してか元帥はレモンティーを淹れ、少年に差し出した。
「改めて名乗るぞ。儂は龍星・フロビオ・ラグロンという」
電気が通らなそうな名前だと思ったが元帥は沈黙を守った。
「試すような真似をしてすまなかった。実は儂は宇宙連盟の者でな。あ、宇宙連盟っていうのはあくまでも地球人の稚拙な訳で原語ではもっとイケてる単語なんじゃ」
妙なプライドがあるのか註釈をいれてくる。
宇宙連盟については元帥も一通りの知識があった。
「前のエイリアン対地球軍の一件についてじゃ。軍は我が手柄と威張っておるがな、儂は違う事情があるんじゃなかろうかと睨んどる」
レモンティーをグイと飲み干すラグロン。元帥はおかわりを用意した。
「そのことに関してあんたには色々と聞きたいことがあるんじゃ。儂と一緒に来てはもらえんか」
「嫌だと言ったら?」
ラグロンは刀を見せた。
「あんたを斬る……というんじゃさすがに動かんじゃろ。なんでこのホテルを丸ごと吹き飛ばす備えをしてある。現在このホテルに泊まっている客はおよそ二千人。その全部が儂の手の上ってことじゃな。もちろん嘘じゃない」
冗談めかして言っているがその目は本気だった。ハッタリを疑う余地はない。
ラグロンはおかわりのレモンティーも飲み干した。元帥は今度はおかわりを用意しない。
元帥は観念したようだ。シーツを直して立ち上がり、荷物をまとめた。
「そういうことならお付きあいするよ。宇宙連盟はカツ丼を出してくれないような渋ちんじゃないことを期待するかな」