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流れ星  作者: 竹内 なな
4/5

♡ポン太

この人は、なんでこうも拾いたがるんだろう?


僕が記憶する限り、 猫 ・ 犬 ・ 亀 ・ 冗談みたいだけど白鷺やコウモリまで保護しては困っていた。その合計数は両手両足の指じゃ足りないと思う。


今度は行き倒れの青年が、彼女の運転する後部座席に横たわっている。


生命いのちあるものに係わるのは生半か可なことじゃない。彼女だって嫌というほど経験済みなのに懲りてないのだろうか。


でも、見捨てることが出来なくて頑張ったり苦労したり、それが彼女らしいのだと言ってしまえばそうなんだろう。


だけど、人間を保護してどうするんだ?



中央高速を運転する彼女のハンドルの横で、車のキーケースに付けらた僕が揺れる。

車内には、低く控えめな音で サラ ・ ブライトマンのピエ ・ イエスが流れていた。


お世話にも乗り心地の良いとは言えない軽自動車ではあったけれど、彼女がまとうフローラル系の香水の香りとカーステレオから流れる美しい歌声が穏やかな空間を作りだしていた。


右手に湖が見えると彼女は後部座席に向かって


「諏訪湖が見えるよ」と声をかけた。


彼は身体を起こすと、雨上がりの光を受けてキラキラ輝く湖面を眩しそうに見つめた。


「1度、諏訪湖の花火大会を観に来たことがあるよ」


懐かしそうに彼は呟く。


お盆休みに諏訪湖では盛大な花火大会が催される。50万人に近い観衆が湖岸を埋め尽くすなか、4万発もの花火が夜空に大輪の花を咲かせる。


「私も 何度か見に来たなぁ・・・・」


それっきり会話が途切れて沈黙が流れた。記憶は時に残酷で逆らう術をを人に与えない。

去年の夏、家族と共に来た諏訪湖の花火を思い出したのだろう。


彼女似の小学2年生の娘と8年連れ添った旦那。

彼氏のアパートから車で30分 離れた所に、ショートケーキみたいな新築の一戸建てがあって、愛犬と愛猫と生活していた。


なに不自由ない生活を捨てたのは、僅か半年前のことだ。



彼女の不貞のはて、一言で言うならそういうことになる。全てを捨てて離婚を選択した。全部を許そうとする旦那に背を向けて、一人娘を旦那の元に置いて家を出たのだ。


僕を指で弾くと、頭の片隅に記憶を押しやった。


「後 40分でアパートに着くからね」


彼女は、諏訪湖を眺め続ける彼に声をかけハンドルを握りなおす。



起き上がれるほど、彼が元気を取り戻したのは幸いだった。廃車からなんとか この車まで歩かせたものの、ぐったりと後部座席に横たわったまま動けないでいる彼を前に、小一時間前は途方に暮れていたのだ。


病院に連れて行くべきかもしれないが、財布の1つも持っていない彼が保険証を持っているようには見えなかった。病院に連れて行くにも保険証が無ければ高額の請求になるし、確認するまでもなく彼女の手持ちでは足りないだろう予測はついた。


彼女は彼氏の所へ帰るたびに、溜まった公共料金やら家賃 、当座の食費、仕事に必要なガソリン代に至るまで彼に渡してしまう。


彼女の財布に幾ら入っていた所で、帰る頃には小銭しか残っていなかったりする事も多々あった。帰りのガソリン代まで渡してしまって、ガス欠を気にしながら帰るなんてこともあるぐらいだから、3千円ほど残っている今日なんてマシな方だ。


(どうしてなの?)


僕はいつもそう聞きたかった。もう気付いているはずなのに、彼を支える続けるのは意地なのか。

何もかも捨てて手に入れたから、今更 引くに引けないのか・・・


自分を大切に出来ない人が、いくら足掻いた所で誰も救えやしないのに。



彼女は結局、コンビニに寄って飲むゼリーやらヨーグルト、パウチのお粥、水などを買い込んだ。胃に優しい物をとチョイスした結果、娘が風邪をひいた時に用意する物と大差がない。コンビニ袋の中身を見て、ふっと自嘲気味に笑い、


「自殺したいって気持ちも、ある意味風邪と同じだよね。心の風邪だったっけ」


と、車に戻りながら僕に話しかけた。


(まぁ そうかもしれない。かなり重症で厄介だと思うけど)


車に戻ると彼は身を起こしていて彼女を ほっとさせた。コンビニ袋ごと彼に渡す。


「食べれそうな物から、ゆっくり食べて」


彼は頷くか頷かないかのうちにペットボトルを開けて水をガブガブ飲み、ヨーグルトを手に取ると開けるのももどかしく、がっつくように口に入れて思い出したかのように ゆっくり食べ進めていく。


「そうそう、なるべく ゆっくり食べないと」


彼女は安心したかのように言うと車のキーを回した。


「とりあえずどうしたい?家に帰りたい?」


バックミラー越しに首を横に振る彼を見て、行き先は長野に定まった。諏訪湖を過ぎ、岡谷ジャンクションを抜けて彼女が住んでいる塩尻が近付く。


「名前、まだお互い知らないね」


と彼女が呟いた。


薬袋みない 流星りゅうせい


彼が、ぶっきら棒に名乗る。


「私は さやかだよ」


さやか・・・と繰り返して確認する彼に、


「どうみても私の方が年上だね。さやかさんと呼びたまえ」


冗談ぽく彼女は言った。



“さやか” それは本名じゃない。だから名字もない。

あえてそれ以上 聞かない彼に、僕は少なからず好感を持った。若い割には落ち着いていて口数も少ない。この状況で軟派な口を利くってのもありえないけど、おしゃべりな男だったら途中で車から降ろされていたかもしれない。彼女も僕も、おしゃべりな男は苦手だった。


名字を聞かれなかっので、結局 彼女は本名を名乗らずに、仕事で使っている源氏名しか言わなかった。そんな名乗り方をしたのは彼氏のアパートで仕事仕様のメークを施し、気持ちは既に仕事モードだったからかもしれない。


マスカラなんて付けた事もなかったのに、今ではつけまつ毛にマスカラ、アイライナーまでいれる。深みのあるワインレッドの口紅は、彼女の肉厚な唇を適度に引き締め、濃い口紅はケバイ印象を人に与えなくもなかったが、彼女の顔を鋭敏に引き立ててもいた。


仕事の為に着る服は黒をベースにしていて、短いスカートから伸びた細くすらりとした脚には高級ブランドのピンヒールが華を添えている。


意を決して、この靴を買ったとき、


「足元ってとても大事なんだよ。靴を見れば人となりが分かるって私は思うんだ」


と僕に言っていた。こんなに高い靴を買った事に罪悪感を抱いているようだったけど、そんな気持ちを抱く必要なんて これっぽっちもないと思う。


仕事や彼の為にしか お金を使えない彼女・・・そんな彼女に憐れみすら感じると言ったら、彼女は怒るだろうか。


長野で仕事を始めるようになってから、彼女はメイクと仕事用の服で完全武装するようになった。

男の視線を意識した色気重視の服とメイク。全ての感情を殺して、小夜華さやかという彼女が作り出した別人格を演じる。僕にとっては痛々しくもあったけど─── 彼女に会う人達は誰もそのことに気づかない。


本当はジーンズの似合う家庭的な人だと言っても誰も信じてくれないくらい、彼女が見に纏う鎧は強固で完璧だった。









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